第四章 いただきます
食堂で、女将さんと和尚さんが話していた。
今回の温暖季は、畑の方も豊作だそうだ。
「じゃあ、次の温暖季までは心配しなくてよさそうかい?」
「ああ、量も質もいいらしい」
「味もかい?」
「芋も甘いらしいぞ」
「甘い芋かあ……」
「食べたそうだね、御形」
「あ、防護林も豊かだったよ」
「外苑もいい実りか?」
「ああ、ばあちゃんが言ってた。今回の温暖季は当たりだって」
「ますます安心だね」
「菖蒲んとこの魚もいいんだろ?」
「んあ? あ、はい。予想以上にたくさん残ったし、大きくもなってますよ」
「ひょうたん池の水が合ったんじゃろうな」
「……」
「どうした? 菖蒲」
「え? いえ……豊作で、たくさん実って、大きくなって……いいなーって」
お芋も。
木の実も。
お魚も。
みんなたくさん。
……あ。
「女将さん」
「なんだい?」
「なんか、この実りの時に、ぱーっとみんなで料理を楽しみません?」
「ぱーっとかい?」
「そうですぱーっとです!」
肉が獲れた時には、お肉を。
魚がたくさん入った時には、お魚を。
そのたびにみんなで食べてきた。
だったら。
「肉だけとか、魚だけとかじゃなくて、いろいろ収穫した時にはみんなに振る舞ってますけど、それを一堂に集めて――ぱーっと! です」
「あんたも忙しい娘だねー」
女将さんが呆れたように笑う。
「でも、それいいね」
「でしょう?!」
今なら木の実もある。
お芋もある。
お魚もある。
「なんなら、隣りの村の人達も呼んで――ぱーっと!」
思いついたら、なんだか楽しくなってきた。
よし。
そうと決まれば。
わたしはそのまま役場へと足を運ぶ。
「こんにちは!」
受付で、奥まで聞こえる声で呼ぶ。
「んー? あ、菖蒲さん!」
「あ、リーダーさん! 偉い人呼んでください!」
「いきなりですね」
しばらくして、お偉いさんも奥から出てきた。
「どうした、菖蒲」
わたしは役場の受付で、お偉いさんとリーダーさんを捕まえて力説する。
「豊作なんです!」
「うむ」
「外苑も豊かです!」
「そうだな」
「お魚達も大きくなりました!」
「聞いてますよ」
「あと、狩りでお肉を獲って――みんなで、いろいろ、たくさん食べましょう! 隣りの村の人達も呼んで、みんなで!」
「……」
二人が顔を見合わせる。
「まあ、皆に実りを還元するのはいいことだな」
「いろいろ一度にってのが菖蒲さんらしいですね」
「でしょう?」
「褒めたんでしょうかね」
「褒めたんですよね?」
「まあ、構わんが」
お偉いさんが腕を組む。
「隣り村となると、安全を第一に考えることが条件だな」
「ハンター達に護衛を頼みましょう」
「どうやって移動するんだ?」
「キャラバンの荷車を出しましょう」
「で? いつやるんだ?」
「次の半分の月定期便でご招待とか、いかがですか?」
「定期便を一時大きくするわけだな」
「そうです。これなら向こうの村も通知が楽かと」
「なるほど。それなら規模を大きくするだけだと」
「はい!」
「では、各所への人の依頼はわたしがしましょう。菖蒲さんは品物の手配をお願いしますね」
「はい!」
「うむ。大体決まりだな。菖蒲、美味い料理期待してるぞ」
「はい、そこは任せてください!」
よし。
決まった!
晩御飯の時。
「御形姉さん! 籐吾兄さん! 狩りに行きましょう!」
「ん? 狩りか?」
「感謝祭に出すお肉を獲りに」
「感謝祭?」
「いろんな美味しい物を全部集めて食べる祭りです」
「いいな! それ! 是非やろう!」
籐吾兄さんが即賛成した。
「面白そうだな。だけど菖蒲も狩りに?」
「感謝祭なんで、お肉もお魚もお芋もあります。お肉だけじゃないから大物は要りません。鳥とか、小ぶりなビッグボアとかが欲しいんです」
「じいちゃん、どうかな?」
「ばあさん、いいか? 菖蒲も経験させとくか?」
「安全が第一なら、いい経験だね」
「おれと御形がついてる」
「籐吾兄さん……」
「よかったな、菖蒲も一緒に行けるな」
「ありがとうございます!」
今日は半分の月定期便の日。
次の定期便の日に、うちの村で行う祭りの説明に行く。
久しぶりの馬さんの荷車に揺られる。
ガタン。
ガタン。
なんだか、この揺れも久しぶり。
隣り村へ着いたら、まず一番に役場へ。
「こんにちはー!」
受付で声を上げる。
奥から担当者さんが出てきた。
「おや、久しぶりに菖蒲さんじゃないですか」
「お久しぶりです」
「ぜんぜん来ないから」
「何かあればすぐ来ますから」
「ということは、今日は何かあるんですね」
「お察しがいいですねー」
お互い笑顔。
「実は、次の定期便の日にですねー……」
「ほう。それはまた、突拍子もないことを」
「みなさんへ還元ですよ」
「うちの村も果実が豊作なんですよ」
「あの、甘いのですね!」
「そうです。うちの品も持って参加させていただきます」
「よかった。是非お願いします」
「では、どれくらいの人数を?」
「来たい人みんなとか」
「え? 大人も子供も?」
「是非」
「みんなで行くと村が空になりますよ」
「あ。それは、それで困りますね」
「希望者はこちらで調整しましょう」
「そうなっちゃいますね」
「移動は?」
「定期便を一時拡大して、キャラバンの荷車四台を使おうかと」
「なるほど。うちのも出しますか」
「それなら、なるべくたくさんの人が参加できますね」
「となると護衛ですか?」
「そこはハンターさん達にお願いになりますね」
「そこも、お互いに出し合いましょう」
「よろしくお願いします」
よし。
隣り村への説明とご招待も終わり。
役場を出た足で、
「あ、ちょっと顔出して行こ」
そのまま衣屋さんへ。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい――?! って、菖蒲!」
「さんね」
「菖蒲さん」
「久しぶり。頑張ってる?」
「どうしたー?」
奥からお店の奥さんが顔を出す。
「あら、隣り村の」
「ご無沙汰してます。例の服はどうです?」
「なかなかの好評だよ」
「ありがとうございます。安心しました」
「で? 今日は蓮にかい?」
「あはは。違いますよ服ですよー」
「そうかい。まあ、ゆっくりも出来ないか」
「あー、帰りますからね。実は次の定期便の日に、うちの村で感謝祭をするんで、そのお誘いです」
「感謝祭?」
「はい。この時期の美味しい物、いろいろいっぱい持ち寄って、みんなで食べようと」
「へえー。あんたもいろんなこと始めるねー」
「えへへ」
蓮がなんだか感心して、後ろでわたしを見ていた。
感謝祭の少し前の晩御飯
「姉さん、明日なんかどうでしょう? 狩り」
「そうだな。朝から出て戻れば、見回りにも間に合うか」
「わしが見回りは代わろう」
「じいちゃん、いいのかい?」
「ああ。弟子達が新しいことで頑張る時だ。なあ、ばあさん」
「ああ、いっといで。見回りはあたしら二人でしとくよ」
「ばあちゃんも?!」
「なんだい。わたしじゃ不満かい?」
「そんなことない、ないけど」
「あんたらが小さい時は毎日しとったで」
「はい。ではお願いします」
「おばあちゃん、ありがとうございます」
「弟子のためだよ。気にしないでいっといで」
「はい!」
夜。
「明日は狩りですよー!」
「楽しみか?」
「です! 初めてだもん」
「採集とあまり変わらないけどね」
「獲るものが違います」
「まあね」
部屋へ行くと、
「んごー」
「兄さん、もう寝てる」
「寝てるな」
「一緒に寝るか」
「ですねー」
ベッドに潜り込む。
「姉さん、押しますよー」
「あいよ」
籐吾兄さんを真ん中へ動かす。
「んが」
寝返りをうった。
「よし。姉さんが兄さんの前へ」
「はいはい」
「わたしは背中の方へ」
もぞもぞ。
よし。
「姉さん、おやすみなさーい」
「菖蒲もおやすみー」
夜が更けてゆく。
朝。
「んうわ!」
「籐吾うるさい!」
「兄さん静かに!」
いつもの朝。
「おまいらほんとに……人の気も知らないで」
「すやー」
「くー」
ぼりぼり。
「ったく、二人でかわいい顔しやがって」
「籐吾、用意できたー?」
「おう!」
「お、気合い入ってるねー」
「あれ、姉さん。長剣、背中?」
「ああ。最近、馬に乗るだろ」
「練習頑張りましたよね」
「馬の時は腰より背中の方がな」
「へえ、そうなんだ」
「慣れるために今日は背中ってわけさ」
正門から外苑へ。
衛兵さん達と朝の挨拶。
「おはようございます!」
「うむ」
籐吾兄さんが頷く。
「おはようございます、御形さん」
「おはよう」
「おはようっす、菖蒲さん」
「なんか、わたしだけ軽くなってない?」
「そんなことないって」
「まあ、いいけど。おはようございます」
「狩りですか? 三人で?」
「ふふふ。ハンター菖蒲ですよ」
「へえー。スパイクは変わらないんすね」
「刺すよ」
「いやいやいや! 菖蒲さんのスパイク腕は聞いてますから」
「そっ」
「菖蒲、行くぞ」
「あ、はーい」
「いってらっしゃーい!」
手を振って、外苑へ出る。
まずは防護林の内側から。
鳥を探す。
「菖蒲、あそこ。見えるか?」
「はい」
「届くか?」
「やってみます」
「静かに近づけ。気配を消すんだ」
「……どうやって?」
「ん?」
御形姉さんが少し考える。
「んーーーー……籐吾はどうしてる?」
「ん? 朝御飯のことを考える」
「だそうだ」
「……集中し過ぎないってことで」
「うん。いってこい」
「はーい」
静かに。
静かに。
鳥なんて見てませんよー。
そんな顔をして近づく。
腰からスパイクを三本。
構えて。
――シュッ。
トサッ。
「うわ! 当たった!」
「うん。初狩りおめでとう」
「えへへ、やった!」
……って。
「姉さん、いつの間に?」
御形姉さんが、もう一羽の鳥を手に持って立っていた。
しばらく狩りを続けていると、見回り中のおじいちゃんに会った。
「あ、おじいちゃん! 見回りご苦労様です」
「おう。たくさん獲ったな」
「はい!」
「あ、籐吾。ちょっと付き合え。菖蒲と御形は詰所にそれ預けて来い。もう持てんだろ」
「あ、はーい」
籐吾兄さんから鳥を受け取って、正門へ引き返す。
「こんなに?」
「はい」
「菖蒲さんが?」
「わたしは三分の一。あとは御形姉さん」
「それでも、こんなに……」
「じゃあ、お願いしまーす」
鳥を預けて、また防護林へ。
元の場所まで戻ると――
「え? なにあれ?」
大きな塊が転がっていた。
「んー。若い雄のビッグボアだな。まだまだ小さい」
「えー、あれで小さいの?」
「ああ」
「それより、なんで?」
「おー、戻ったか」
「おじいちゃん! これ!」
「ああ。見かけたから獲っておいた。衛兵んとこ行って、運んでもらってくれ」
「見かけたからって……」
籐吾兄さんを見る。
「籐吾兄さんが?」
「いや、おれは、ばあちゃんの護衛だけ」
「……」
御形姉さんがぽつり。
「じいちゃん、やっぱおっかねー」
そして、また正門。
「……」
衛兵さんが固まってる。
「今度は小さいってビッグボアを……」
「小さいらしいですよ?」
「これが?」
「はい」
「……」
次の日から、衛兵さん達の挨拶が軽くなくなりました。
そして――感謝祭の日。
青い高い空。
薄い色の雲。
穏やかな風。
村の中央近くの広場。
食堂の前。
うちの村の人達。
隣りの村から来た人達。
子供も。
大人も。
たくさんの顔が集まっている。
「さあ! 始めましょう!」
わたしは荷車の上へとよじ登る。
見渡す。
みんな、キラキラしてる。
わたしは一息吸って――
「それでは!」
大きく声を上げる。
「感謝祭を開催します!」
「うおぉー!」
「待ってました!!」
「美味しそうー!」
「どこから行く?」
「あっちに甘いのあるって!」
「いこいこ!」
一気に広場が動き出した。
隣りの村からは、たくさんの甘い果実。
子供達は真っ先に果実へたかっている。
食堂の女将さんは店の前で肉を焼く。
魚を焼く。
じゅうじゅう。
いい匂いが風を呼ぶ。
お酒を片手に、あっちにふらふら。
こっちにふらふら。
親方さんや棟梁の連中だ。
村の人達も。
隣りの村の人達も。
みんな笑顔。
そんなみんなを眺めていたら、人混みの中から声がした。
「菖蒲! ……さん」
「蓮……」
「来てたんだ」
「うん」
「おや、いらっしゃい」
後ろから御形姉さんの声。
「あ、ちゃんと紹介してなかったね。こちら、御形姉さん。覚えてる?」
「こんな美人な人、忘れないよ」
「へえ」
――なによ。
「こっちが籐吾兄さん」
「……でか」
籐吾兄さんは、後ろでもぐもぐしてる。
「姉さんと兄さん?」
「わたしと籐吾兄さんは修道院育ちで、御形姉さんの家に弟子入りしたの」
「修道院なんだ、二人」
「あ、でもあたしは兄さんが出た後だから、一緒だったわけじゃないけどね。でもずーっと一緒」
「うん」
「で、姉さんと兄さんは小さい時から一緒で、今はいい関係ね」
「菖蒲、なんだ、いい関係って」
「姉さんはこう言ってるけど」
「おい」
「で、兄さんはわたしの憧れの人ね」
「……」
蓮が、わたしの後ろに立っている籐吾兄さんを見上げる。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
ごっくん。
籐吾兄さんが、わたしの頭に手を置いた。
「妹が世話になったな」
「あ、はい……え? ちょっと待って。話が多すぎて」
蓮が御形姉さんを見る。
籐吾兄さんを見る。
わたしを見る。
「美人とでかいのがいい仲で、菖蒲もいい感じ?」
「でかいのじゃない、籐吾兄さん!」
「あ、はい……」
しばらく考えて。
「あれ、おれ、もしかしてめっちゃ後悔する時なの?」
「そうよ。こんな美少女振ったんだから」
「……」
蓮がわたしを見る。
「うわ! 俺の馬鹿!」
「あははは!」
笑い声が広場に混じる。
お肉の匂い。
焼けた魚の匂い。
甘い果実。
たくさんの料理。
たくさんの人。
たくさんの笑顔。
実ったものを持ち寄って。
みんなで食べる。
温暖季の終わりの太陽が、
そんなわたし達を、
暖かく見守っていた。




