第一章 みっつ満月
第一章 みっつ満月
朝。
わたしは相変わらず食堂にいる。
「あら、和尚。珍しいね」
「たまには顔出さんとな。忘れられちまう」
「あんたの顔忘れるほど耄碌してないよ」
「そうかい」
和尚は店の中を見回して、わたし達に気づいた。
「御形達もいるな」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
いつもの挨拶。
でも、和尚の顔を見ればなんとなく分かった。
「老ハンターの件だ」
「うん」
「一旦、捜索は打ち切りになった」
「そっか……」
和尚は静かに続ける。
「手がかりになりそうな物が見つからん。近隣の村へも使者を出してみたが、見つけることが出来なんだ」
「探してるってことは、生きてる?」
「そうさな。わしは生きとると思っておる。ただ、あまりにも何も無さすぎる」
「そうだね」
「都合の良い考え……いや、願いかもしれんがな。病気で倒れたところを、我々の知らぬキャラバンに拾われた。それが一番しっくり来るさな」
「キャラバンに?」
「ああ。この時期に移動するキャラバンとは付き合いがないでな」
「そうか。それなら何にも残らないのか」
「たまたま、ロングソードだけ忘れられただけならな」
和尚は少しだけ笑った。
「まあ、こんなところじゃ。年寄りの希望的観測ってことだとは思うとってくれ」
「うん」
それから――
三度目の満月が来た。
満月の定期便の日。
正門の前には、出発を待つ荷車と馬。
今日は蓼と萱も一緒だ。
「蓼、気をつけなさいね」
「はい。女将さんも。必ず戻りますから」
「萱、蓼を頼むよ」
「はい」
わたし達は定期便を見送る方だ。
菖蒲に頼んだんだけどな。
わたし、馬に乗れないからな。
「姉さんも練習すればいいのに。兄さんが御者で、姉さんが先導。素敵と思います」
「そうだな」
ちょっといいかもしれない。
「菖蒲、蓼をよろしくな」
「はい。しっかりと送り届けます」
蓼がわたしを見る。
「御形さん、必ず戻りますから」
「ああ。食堂で待ってる」
「そうです。わたしの戻る場所ですから」
やがて定期便が動き出す。
正門を出て、防護林の向こうへ。
わたし達は手を振って見送った。
防護林の端から姿が消えても。
見えなくなるまで。
見送りの帰り道。
和尚と並んで歩く。
「これから老ハンターはどうなるの?」
「ん? 捜索打ち切りになったことか?」
「うん。諦めちゃうの?」
「諦めるとは言っとらん」
「じゃあ?」
和尚は前を向いたまま歩いている。
「近くの村にはお願いを出しておる。この村に来るキャラバンにもお願いを出す。交易で外へ出る時も、行く先々で確認する」
見かけた人はおらんか。
似た人でも知らんか。
何か聞いた者はおらんか。
「これからも気に留めてもらう。もちろん、定期便の連中にもだ」
「うん……でも」
「人を出して探してまわるわけにもいかんのじゃ」
「……」
「村にも村の仕事がある。お前さんにも」
「……そうだね」
みんなには、みんなの仕事がある。
わたしにもある。
和尚にもある。
それでも。
「じゃが、待つのは辞めんぞ」
「?」
「探すのは一旦止める。じゃが、諦めるわけじゃない」
和尚がわたしを見る。
「諦めるのと、待つのは違う」
「うん!」
そうだよね。
さっき、わたしも蓼に言った。
食堂で待ってるって。
「きっと帰ってくるよね」
和尚は足を止めると、青く遠い空を仰いだ。
「どこにおるんかのう」
風が強く吹く。
木々の葉を揺らし、
わたし達の横を通り抜け、
遠くへ、遠くへ吹いていく。
思いを載せて、
どこかまで吹いてくれているように。




