第零章
今日は雨が降っている。
温暖季でも、雨は降る。
夕方にザッと降る雨とは違う。
雨季の雨とも違う。
静かな雨。
湿った空気が部屋へ入ってくる。
外を見ると、
薄く白く霞んだ世界。
ずき。
え?
お腹が痛い。
血。
。
。
。
。
。
。
第零章 少し後
温暖季。
世界に生命があふれる季節。
花は咲きほこり、
実を結ぶ。
男が走っている。
ただ、走っている。
大きな革のエプロン姿のまま。
ほんの少し前。
「萱! 蓼が!」
鍛冶屋に飛び込んできた女性の声。
泣きそうな顔。
男は立ち上がる。
「行ってこい!」
親方の声にうなずいて、
そのままの格好で外へ飛び出した。
食堂へ。
そのまま二階へ。
時を同じくして。
正門前。
一人の衛兵が外界へ続く道を見ていた。
「おい、あれ……馬だけじゃないか?」
一頭の馬が、
外界の道から防護林へと入ってくる。
そのまま正門を抜け、
厩舎へと駆けていった。
食堂。
「女将! 蓼は?」
女将が首を振る。
親方が二階を見上げる。
階段には、
泣きながら頭を抱えている御形が座っていた。
そこへ衛兵が飛び込んでくる。
振り返る二人。
「老ハンターが行方不明です!」
たったそれだけ告げると、
衛兵は村の中央へと走っていった。
世界は、
ただ静かに見守っていた。
村の中央。
役場。
衛兵の報告を受け、
人々が集められる。
引退した御形の祖父。
ハンター。
鍛冶屋の親方。
厩舎の当番。
和尚。
そして、報告に来た衛兵。
「いつ出かけた?」
「朝早くです」
「誰と?」
「お一人で」
「どこへ?」
「馬の散歩がてら、そこらを見てくると」
「馬が戻って来たのは?」
「先ほどです」
「うむ……一時ほどか。帰って来た方角は分かるか?」
「はい。たしか東からと」
「隣り村とは反対か」
少しの沈黙。
「捜索隊を編成する。最低二人一組だ。馬も使え」
「はい」
「手がかりになりそうな物は触るな。見つけたら、すぐ知らせろ」
「はい!」
人が動き出す。
食堂。
二階から産婆さんが降りてくる。
女将が顔を上げた。
「どうだったかい?」
「……今回は、残念だったねえ」
「そうかい。ありがとうございました」
「すまないねえ。力になれんで」
女将は首を振る。
わたしは二階を見上げる。
昨日までの蓼の笑顔が、
涙でにじむ。
なんで……。
なんで蓼が。
馬二頭が先に走る。
その後を、
馬一頭と六人のハンターが徒歩で続く。
向かうは東。
念のため、
隣り村へも二人が向かった。
半時ほどして。
先行した一人が、
馬を駆って戻って来た。
「落馬したらしい場所を見つけました!」
「すぐ行くぞ! 馬と荷車を出せ!」
再び、人が走る。
昼過ぎ。
捜索隊は村へ帰って来た。
食堂にも、
結果が伝えられる。
詳しい原因は不明。
落馬したと思われる場所は特定。
そこで見つかった物。
ロングソード。
ただし――
鞘に収まったまま。
そこへ至る道にも、
その周囲にも、
争った跡はない。
血の跡もない。
そして、
老ハンターの姿もない。
結果。
行方不明。
老ハンターが、行方不明?
……あの老ハンターが?
なぜ?
酒に酔って、
がははは、と笑う。
あの老ハンターが?




