御形の章 第三幕 きづいてない
今日も穏やかな朝。
いつもの温暖季の一日が始まる。
「籐吾、今日は?」
「特になんもないな」
「じゃあ、一緒に見回りしない?」
「そうだな。外苑行ってないな」
「じゃあ、今日は外苑だね」
「おう」
今日は長剣を携える。
籐吾の背中には、いつもの大剣。
並んで正門へ向かう。
「おはよう!」
「おはようございます!」
いつもの衛兵達との挨拶。
「今日は外苑回って来る」
「はい、お気をつけて」
籐吾が片手を上げる。
そのまま二人で正門を出た。
外苑。
防護林の内側。
防護壁の外側。
村と外の間にある、緩衝地帯。
短い草が一面に茂る、緑の帯。
時々生えてくる木はすぐに切り取られ、この空間が維持されている。
防護林側を二人で歩く。
暖かな朝の太陽が林を照らし、葉の間から差し込む光が揺れている。
「綺麗だね」
「そうだな」
前を歩く籐吾の大きな背中が、ゆっくり揺れている。
「籐吾、背中でかいな」
「そうか? 自分じゃ見えんからな」
「そりゃそうだね」
大剣まで背負っているから、余計に大きく見える。
「籐吾、大剣重くない?」
「もう慣れたよ」
「ずっと背負ってるもんね」
「昔からな」
昔から。
そうだね。
ずっとそうだった。
「籐吾?」
「んー?」
「なんでもない」
「そっか」
また歩く。
半分くらい回ったところ。
「ここ、農地の裏かな」
「だなあ」
遠くに櫓が左右に見える。
「ここって櫓からあんまり見えないね」
「そうだな」
風が吹く。
草が一斉に同じ方向へ傾いた。
なんとなく。
籐吾に手を伸ばしてみる。
籐吾は何も言わず、普通に握ってくれた。
――うん、これくらい普通だよね。
そのまま、しばらく手を繋いで歩く。
――これじゃ、いざって時だめだよなぁ。
でも籐吾は何も言わない。
いつものように歩いている。
わたしも歩く。
いつも一緒の歩幅。
いつも一緒。
「籐吾の手、大きいね」
「御形の手はかわいい」
「かわいいのか?」
「ああ、かわいい」
「そっか」
西の櫓が見えてくる。
手を離した。
今度はわたしが前。
後ろから籐吾の大きな気配がついてくる。
――安心なんだよねー、これ。
お昼前。
正門へと戻ってきた。
「ただいま」
「お疲れ様でした!」
衛兵達の詰め所へ顔を出す。
「外苑、異常なし」
それで朝の見回りは終わった。
昼からは村の内側。
外壁側を回る。
途中で馬の厩舎を覗く。
馬達の様子を見て、その隣の池へ。
仕切りの中では、魚達が太陽の光を受けてきらきらと泳いでいる。
池の横に置かれた丸太の長椅子に、二人で腰掛けた。
「籐吾、はい」
包みから、でっかいおにぎりを取り出して渡す。
「ん、うまそう」
「味わって食べろよ」
もぐもぐもぐもぐ
「……聞いてないな」
わたしも普通のおにぎりを食べる。
横を見る。
籐吾はまだ、もぐもぐしている。
「ほら、ほっぺたについてるよ」
もぐもぐ
頬についたご飯粒を取ってやる。
――うん、普通だよねえ。
籐吾が、もぐもぐしながらこっちを見る。
「あ、おかわりね」
次のでかおにぎりを渡す。
嬉しそう。
丸太の長椅子。
籐吾と二人で座ると狭い。
お尻同士がくっつく。
――これもなんでもない普通。
もぐもぐ。
籐吾がまた、じっとこっちを見ている。
「食べる?」
あ。
にこってした。
仕方ないなあ。
結局。
わたしのおにぎりまで食べちゃった。
おにぎりを食べた後は、残りの外壁を回る。
ぐるりと一周して、また衛兵達の詰め所へ。
「外壁、異常なし」
これで外回りは終わり。
「後は中を回ろっか?」
籐吾がうなずく。
村の中を歩く。
あちこちに顔を見せて、話をする。
話すのはわたし。
籐吾は後ろで、ただ立っている。
不思議なんだよね。
籐吾一人で回る時は、ちゃんと話してるのに。
わたしと一緒の時は、わたしだけ。
「じゃあ」
そう言って別れる時も、籐吾は手を上げるだけ。
そしてまた、わたしの後ろをついて来る。
なんか大きなのを連れて歩く人。
知らない人が見たら、どう思うんだろう。
……。
ここがこの村でよかった。
昼下がり。
食堂の向かいにある丸太の長椅子に、二人で座る。
目の前には、ほとんど出来上がった家。
「出来たねー」
「家だな」
「蓼と赤ちゃんの家だよ」
「?!」
籐吾がこっちを見た。
「なんだよ」
「赤ちゃん?」
「赤ちゃんだよ? なんだ、知らなかった?」
「知らなかった」
「家作ってたろ?」
「家だなーって」
「まあ、そうだけど」
ほんとに家だけ見てたのか。
籐吾が、もう一度家を見る。
「赤ちゃんかあ」
「なんだ、籐吾でも興味あるの?」
籐吾が、まじまじとわたしの顔を見る。
なんだ?
なんか赤くなった。
「なんだよ?」
「いや、別に」
また家を見る。
変なの。
「籐吾も家作る?」
「え? まだだろ?」
「まだって?」
「いや、その……御形はほしいのか?」
「家を?」
「いや、まあ、なんだ」
「なんだよ?」
「まあ、いいか」
「変な籐吾」
「……」
ふと、向かいを見る。
蓼が食堂の店先からこっちを見ていた。
なんか、にこにこしてる。
……。
これも普通なのか?
ポツリ。
「あれ?」
腕に水滴。
空を見上げる。
黒い雲。
「あ、雨だ」
二人で立ち上がる。
次の瞬間。
ザーーーー。
「うわっ」
一気に降り出した。
と思ったら、身体が浮いた。
「え?」
籐吾がわたしをひょいと抱き上げ、そのまま向かいの食堂へ一気に走る。
「籐吾!」
食堂のデッキへ飛び込んだ。
店先にいた蓼が笑っている。
「降ろせよ」
「あ」
籐吾がわたしを降ろす。
「仲がよろしいようで」
「ほっとけ」
籐吾はそのまま食堂の中へ。
「鳥ももください!」
……。
わたしと蓼。
二人で顔を見合わせた。
「あはははっ」
笑った。
籐吾が鳥ももを食べ終わる頃には、雨も上がった。
空には、また青い色が広がっている。
濡れた地面も、すぐに水を吸い込んでいく。
なにもなかったように。
「じゃあ、またね」
「はい。また!」
蓼に手を振って別れる。
蓼の中には、なにか残ったみたい。
まだ、にこにこしてた。
家への帰り道。
もうすぐ夕方。
空が少しずつ赤くなり始めている。
「姉さーん! 兄さーん!」
後ろから元気な声。
振り返る。
菖蒲が走ってくる。
「菖蒲、今帰りか?」
「はい! 姿が見えたから走ってきました」
「元気だな」
「はい!」
三人で並んで帰る。
いつもの道。
いつもの村。
赤くなり始めた空。
「姉さん、今日はどうでした?」
「ん? 普通だったよ」
「なんだ、そうなんですね」
「つまらなそうだな」
「だって、あれだけ言ったから、少しは違うかなって」
「なんもなかったよ」
「残念だなぁ」
なんだよ。
そんなに残念そうにしなくてもいいだろ。
籐吾はいつも通りだった。
わたしもいつも通り。
手を繋いで。
おにぎり食べて。
村を回って。
雨が降って。
一緒に帰って。
いつも通り。
「いいじゃないか」
赤い空の下。
三人で歩く。
「普通が一番なんだよ」




