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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
花の 編

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御形の章 第二幕 あいて

晩御飯のあと。


食卓にはまだ湯気の残るお茶が並んでいる。

みんなでのんびりと過ごす、いつもの時間。


そんな中、菖蒲が湯呑みを両手で持ちながら言った。


「明日はお店、お休みしようと思います」

「そうか。たまには休んだ方がいいな」


そう答えると、菖蒲はすぐにこっちを向いた。


「で、姉さん。明日は採集に連れてってください」

「おい、休まないのかよ」

「わたしが休んだら干からびちゃいますよ」


「まあ、そうだな」


菖蒲なら、本当にそうかもしれない。


けれど、菖蒲は少しだけ湯呑みに目を落として。


「……明日は家族と一緒にいたいです」


そう言った。


「なら、ばあちゃんも行くか?」

「連れてってくれるかい?」

「もちろん。じいちゃんは?」

「ばあさんが行くなら行くさね」


じいちゃんが当たり前みたいに言う。


「相変わらずだな、じいちゃんは」

「いつまで経っても仲良しですねー。うらやましい」


「だよなあ。籐吾もついて来いな」

「もぐもぐ」


「……まだ食べてた! そんなに食べ――」

「も……」


箸が止まった。


なんだ、その悲しそうな顔は。


「あーもう、そんな悲しい顔するなよ。自分の分は食べていいから」

「もぐもぐもぐもぐ」


すぐに復活した。


「姉さんは兄さんに甘いですねー」

「みんなに優しいだろ?」

「いえ、兄さんには甘いんです」


――なんか違うのか?



翌朝。


美しい青い空。

穏やかな朝の太陽。


爽やかな風が吹いている。


外へ出て、空を見上げながらみんなを待つ。


「菖蒲ー、用意出来たかー?」

「はーい!」

「じいちゃんとばあちゃんはばっちりだな。籐吾ー、まだー?」


返事がない。


「あれ? 籐吾は?」

「慌てて用意してますよ」

「え? 昨日言ったよね」

「食べてましたからね」


「まあ、そっか。食べてたね」


しばらくして、籐吾がばたばたと家から出てきた。


「さあ、みんな行こうか!」

「……お前がそれ言うのか」



正門までやって来る。


「おはよう!」

「おはようございます! ……って、何事ですか?」


衛兵がこっちを見て目を丸くした。


じいちゃん。

ばあちゃん。

わたし。

菖蒲。

籐吾。


ずらりと並んだ、わたしの家族。


「え? 外苑にちょっと」

「まあ……気をつけることもないでしょうけど、お気をつけて」

「はーい」


門を抜ける。


――なんだ? あの反応は?


変なの。



今日は先頭にじいちゃん。

しんがりに籐吾。


わたしは菖蒲とばあちゃんと三人で、真ん中を歩く。


風が草を揺らす。

朝の光の中を、のんびり歩いていく。


「あ、おばあちゃん! あれ」


菖蒲が林の方を指差した。


「目がいいね、菖蒲は。御形、あの蔦とれるかい?」

「はいよ」


林へ少し入って、背を伸ばす。

枝に絡みついた蔦を一本つかんで引き寄せる。


「菖蒲、ほら。取って」

「はい」


菖蒲が蔦を引く。


「ここ?」

「そう、その脇芽のとこだよ」


ばあちゃんに言われたところへナイフを入れる。


さくっ。


切った蔦を菖蒲がくるくると巻き取って――


ぽい。


後ろを警戒しながら歩いている籐吾の、背中の籠へ放り込んだ。


次は。


「あ、あの薬草!」

「よく見つけたねえ」


穏やかな風の中。

家族でわいわい。

のんびりと歩いて回る。



「籐吾」


じいちゃんの声。


「後ろ!」


わたし達三人が振り向いた。

じいちゃんだけは前を向いたまま。


林の近く。

ヘルハウンド。


一頭。

二頭。

三頭。


こちらを見ている。

櫓を見る。

見張りもこちらを見ていた。


手を上げる。

向こうも手を上げる。


まだ、半鐘は鳴らさない。


籐吾が大剣に手をかける。

けれど抜いたのは、腰に下げたハンターナイフ。


わたしの肘から先くらいはある。

籐吾専用の予備の武器。


わたしも剣に手をかける。

今日は長刀を持ってきていない。


ロングソード。


そのとき。

一番後ろから。


しゃらり。


ロングソードが抜かれる音。


後ろから、なんともいえない何かを感じた。

ヘルハウンド達が動きを止める。

やがて一頭が向きを変えた。


残りも続く。


三頭ともこちらから離れ、林の中へと姿を消していった。


じいちゃんもそのままの位置から林へ入る。


しばらくして。


何事もなかったように戻ってきた。


「野原に戻って行った。もう大丈夫だ」

「そっか」


やっぱ、じいちゃんはおっかない。


櫓へ向かって手を上げる。

向こうも手を上げて応えた。


それだけ。

また歩き出す。


「あれ取ってー」

「はいよ」


取って。

籐吾に、ぽい。


「そっち引っ張ってください」

「これか?」

「そうそう。丸めてー」


丸めて。

籐吾に、ぽい。


さっきまでヘルハウンドがいたことなんて、どこかへ行ってしまった。


また、わいわい。

菖蒲が誰にともなく声に出した。


「こんな休日なら、休んでもいいですねー」

「そうだな」


わたしも応える。

穏やかな休日の朝。


こんな休日も悪くないな。



昼下がり。


「菖蒲ー」

「なーに?」

「食堂行くけど、ついて来るか?」

「あ、行きます、行きます」


二人で食堂へ向かう。

扉を開ける。


「蓼ー、来たよー」

「あ、御形さん。毎日ご苦労様です。今日は菖蒲さんも一緒?」


「姉さん毎日来てんの?」

「そうですよー。雨が止んでから毎日」

「そんなに?」


「なんだよ、いいじゃないの」


蓼が笑う。


「わたしの心のお姉さんしてくれてます」

「好きで寄ってるだけさ」

「やっぱ、姉さんはお姉ちゃんですね!」

「だよねー」


「なんだよ、それ二人して」


――なんかめちゃくちゃ照れるな。



昼下がりの食堂には、誰もいない。

三人でひとつのテーブルを囲む。


「で? 菖蒲さんもずいぶん戻ったね」

「え? 知ってるの?」

「ああ。定期便から戻った時に、蓼には話してる」


「ああ、それでずっと気にしてくれたんだ」

「んーん。わたしも見てただけだから」


「それよりも、蓼さんですよ」


「わたし?」

「赤ちゃん」

「ああ、触る?」

「いいの?!」


菖蒲の顔がぱっと明るくなる。

そっと蓼のお腹へ手を伸ばした。


「まだ、動かない?」

「わたしはわかるけど、外からはまだかな」

「赤ちゃんだあ」


嬉しそうにお腹を見つめる菖蒲に、蓼が聞く。


「菖蒲さんも欲しい?」

「うん」

「そっか」


菖蒲が顔を上げた。


「大丈夫! キャラバンで探すから」

「まあ」


「そういや蓼もだよなあ」

「そうですねー」

「キャラバンってそんなにいいか?」

「村の男達より新鮮ですね」


「菖蒲もキャラバンだしな」

「たまたまですよ。でも確かに新鮮ですね」

「だよねー。小さい頃から一緒だとどうもねえ」


「でも、こないだのキャラバンの時、誰からも声かけられなかったな。姉さんは?」


「わたしにもぜんぜん」


菖蒲と顔を見合わせる。


「蓼さん」

「はい?」

「わたし達、結構いけてますよね」

「まあ、見た目はばっちりだと」


「ぜんぜんモテないですよね」

「まあな」

「なんででしょうか?」


蓼が少し考えて。


「見る目がないんじゃない」

「え?」


わたしと菖蒲が揃って蓼を見る。


「なんだよ?」

「御形さん達の方が珍しいと思う」


「ですよね。小さい頃からずっと一緒に暮らしてるんですよ」


菖蒲がこっちを見る。


「全部知ってる相手ってどうなんですか?」

「え? 籐吾か?」

「他誰がいるんですか、姉さん」


「あいつ、うるさいだろ」


「そうなの?」


「風呂上がりとか、早く服着ろとか」

「あー、それわたしにもよく怒る」

「うるさいよねー。しばらくはいいじゃん」

「ですよねー」


蓼が黙った。

わたしと菖蒲を交互に見る。


「あの、お二人はもしかして、風呂上がりはすっぽんぽん?」

「だよ」

「だよ」


「そんな事だと思う。モテないの」

「なんで?」


「まあ、お二人とも、えー……なんと言うか……」

「がさつなのと突っ走りって、はっきり言ってやりな」


カウンターの後ろから声がした。


振り返る。

女将が笑っている。


「あんたら、昼間っからなんて話ししてるんだい」

「女将さんも混ざります?」

「楽しいですよー、女将さん」


「遠慮しとくよ」


だーれもいない昼下がりの食堂。

風だけが聞いていた。



晩御飯。


今日も家族揃って、わいわい。


ふと籐吾を見る。

もりもり食べてる。


相変わらずよく食べる。


……ん?


ほっぺたにご飯粒。

手を伸ばして取る。

そのまま自分の口へ。


ふと。

菖蒲と目が合った。


にやにやしてる。

なんだよ。



「姉さん」

「ん?」

「今日は最後まで一緒にいていい?」

「ん?」


「今日は一緒に寝ましょ」

「ああ、いいとも」


――今日はやけに甘えるな。



夜。

わたしのベッド。

籐吾の上。


下の籐吾は布団に入るなり、


「んごー」


相変わらずすぐ寝る。

一度寝ると、起こしても起きない。


菖蒲と二人、布団に入る。


「ねー、姉さん」

「ん?」

「兄さんとはどうなんです?」


「どうって?」

「恋人してるんですか?」


「は? 籐吾とか?」

「ですよー」


「いや、ぜんぜん」


「手を握ったりとかは?」

「まあ、そりゃするさね」


「隣に座ってとか」

「それもいつもだな」


「キスとか!」

「んー、まあまあ昔な」


菖蒲が勢いよくこっちを向いた。


「したんだー! どうでした?」

「なんもないよ。ほっぺたに」

「え? ほっぺた?」


「キスだろ?」

「キスですよ」


「ん?」


「口同士」

「ないないないない」


「え? 隣に座って、そんな雰囲気にならないんです?」

「ないよ。あいつ食べてるもん」

「そんな雰囲気はわかるんだ」


「なんだよ。なんか変だって、菖蒲」


菖蒲が少し黙る。


それから。


「なんか、ほっとけないんですよ。姉さんと兄さん」

「いや、ほっといてください」


「やだ」

「なんだよ、それ」


姉妹の夜は静かに――


ぜんぜん静かじゃあない!



下からは。


「んごー」


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