御形の章 第一幕 まだまだ
明るい太陽。
緩む空気。
穏やかな風が村を渡っていく。
温暖季。
今日は、半分の月定期便の日。
菖蒲が作った定期便。
あれこれ考えて、あっちへ走って、こっちへ走って。
いろんな人を巻き込んで。
ようやく走り始めた、菖蒲の定期便。
その荷車に、わたしも乗っている。
ごとごと、ごとごと。
馬に引かれた荷車が、温かな風の中を走っていく。
隣には菖蒲。
なんだか朝から固い。
いつもなら、もう少しうるさいくらいなのに。
肩を抱いてみる。
「菖蒲、寝てないなあ」
「え?」
「寝てないだろ?」
「……まあ、ちょっとだけ」
「緊張してんのか?」
「まあ……そんな感じです」
定期便だからかな。
なんて思って声をかけてみたら。
今日、告白するらしい。
――そりゃ寝れないよね。
着いた先。
食堂の外。
菖蒲が固まっている。
ほんとに固まってる。
あんな菖蒲は初めて見る。
小さい頃から見てきた。
いつも笑っていて。
あっちへ行って、こっちへ行って。
何か思いついたら、すぐ走り出す。
雨季の前のことも、菖蒲本人から聞いている。
いろんなことがあった。
泣いたこともあった。
それでも、また好きな人ができた。
そして今。
わたしの大事な妹が立っていた。
自分の足で。
だから、わたしは何もしない。
頑張れ。
それだけ。
次の日。
「おはようございます!」
「おはよ! あら、元気だね」
「もちろん!」
「無理はするなよ」
「……」
「ん?」
「もう、姉さんには敵いませんね」
「当たり前だろ、お前の姉だぞ」
「はい……」
「うん。なんかあったら言いな」
「……」
「ほら、みんなに笑顔見せて来い」
「はい!」
「帰ったら頭撫でてやるから」
「楽しみにしておきますね。行ってきまーす!」
「おう、行ってらっしゃい」
手を振って出ていく。
いつもの菖蒲みたいに。
元気に。
笑って。
今日は見回りの日。
まずは塀の中を歩いて回る。
村の内側。
朝。
農地の方を歩いていると、菖蒲がいた。
野菜を抱えて、農家さんと笑っている。
少しして。
食堂の前を通る。
いた。
今度は蓼と笑っている。
それからしばらくして。
馬の厩舎。
馬の鼻先を撫でながら、また笑ってる。
昼からは池の近く。
そこでもまた、誰かと笑っていた。
……。
菖蒲のやつ。
無理してる。
ほんのちょっとだけど。
いつもの笑顔じゃない。
たぶん、他の人には分からないくらい。
でも。
わたしは姉だからな。
「籐吾!」
「んー?」
「お前、今日八百屋の店番な」
「え? おれ?」
「なんだよ」
「いや、なんで?」
「菖蒲からじゃないといやか?」
「なんで御形が?」
「ほら、ほら、行って来い。菖蒲に早く帰って来いって言ってこい」
「え? ちょっと待て、なんで――」
「いいから、行った行った」
「……?」
頭をひねりながら、籐吾が八百屋の方へ歩いていく。
よし。
さて。
頭、撫でてやらなきゃ。
昼を過ぎて。
まだまだ夕方までも時間がある頃。
「ただいまー」
「お、おかえりー」
「姉さん、なーに?」
「ほら、風呂入ろう」
「え? お風呂? こんな早く?」
「ほら、一緒にいくぞ」
「えー! 一緒に?」
「たまにはいいだろ?」
「はい! 用意してきます!」
元気に奥へ走っていく。
――まったく。
うちのお風呂はでかい。
なぜ?
籐吾が入れるように。
あいつが普通の風呂に入ると、たぶん風呂じゃなくなる。
だから、でかい。
二人で湯に浸かる。
「ふうーー、あったか」
「いいだろ、明るいうちの風呂は」
「なんか贅沢してる気分ですー」
窓から明るい光が入ってくる。
まだ外は青い。
昼の光の中で入る風呂は、いつもとちょっと違う。
ゆったりと、お湯に揺られる。
しばらくして。
「で?」
「んー?」
「なんで?」
「なんもないよ」
「……ありがとう」
「なんもないって」
「うん」
それっきり。
菖蒲が、わたしの肩に頭を乗せてる。
たぶん泣いてる。
顔は見ない。
頭を撫でる。
ゆっくり。
何度も。
静かな時が流れている。
今日はこれでいい。
晩御飯まで、まだまだ時間はある。
ゆっくりすればいい。
窓の外には、まだ青い空が見えていた。
晩御飯。
いつものように、みんなでワイワイ。
今日のこと。
村のこと。
どうでもいいこと。
籐吾は。
もぐもぐもぐもぐ。
相変わらずよく食べる。
「で、姉さん達は?」
「なにが?」
「赤ちゃん」
「は?」
「赤ちゃん欲しいんでしょ?」
「おや、御形はそうなのかい?」
「ばあちゃんまで……」
なんでそうなる。
ちらりと籐吾を見る。
もぐもぐもぐもぐ。
……。
食ってる。
「まだ、無理じゃね」
「姉さんの赤ちゃん見たい。きっとかわいい」
「わたしもひ孫を抱っこしたいねえ」
「もう、二人してなんなの」
ちらり。
もぐもぐもぐもぐ。
……。
「まだまだかね」
「まだまだですかね」




