菖蒲の章 第一幕と半 もうひとつの
「明日は隣り村に行こうと思いまして」
最近、なんだかいつもの場所になってきた役場の入り口。
わたしはリーダーさんと、次の話をしていた。
「もう一つの定期便ですね」
「はい。こっちはすぐなんで、老ハンターさんと籐吾兄さんとわたしで行ってきます」
「最小ですねー」
「お試しですし、あちらで決めないといけないので」
「そうです。まだお話もしてませんもんね」
「はい。そこらへんを決めて来ます。なので、一泊してきますね」
「よろしく頼みますよ、菖蒲さん」
「はい!」
今度は隣り村。
蓮の村。
小さな荷車で行き来する、近くの村との定期便。
とりあえず今回は、うちの薬草を持って行こう。
あとは――老ハンターさん。
食堂へ向かう。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、菖蒲さん」
蓼さんが迎えてくれた。
「蓼さん! 元気です?」
「はい、元気ですよ。お母さんからのお手紙、ありがとうございました」
「これからも定期便で繋いでいきましょう」
「はい」
「次のキャラバンくらいで、こちらにご招待とかね」
「そんなことも出来るといいですねー」
故郷を離れたって、行けなくなるわけじゃない。
道があればいい。
行ったり来たり出来ればいい。
そんなことを話していると、見慣れた姿が目に入った。
「あ、老ハンターさん! お願いが!」
「ん? また試しか?」
「はい、お話が早い! 明日です」
「あい、わかった。で? どこへ?」
「隣り村です」
「なんじゃ、すぐ近くか」
「近くです!」
これで一人確保。
よし。
翌朝。
朝ご飯を食べながら、今日の予定を確認する。
「今日は隣り村に行ってきます」
「お、もう一つの定期便じゃな」
「はい。老ハンターさんと籐吾兄さんと行って来ます」
「おれも?!」
籐吾兄さんが顔を上げた。
「ですよ。御者さんがいりますから」
「聞いてないけど?」
「今、聞きましたねー」
「じゃあ用意しなきゃだな」
「お願いしますねー」
うん。
これで二人目も確保。
出発の準備を済ませて、馬さんのところへ。
今日はニ頭だけ。
「ごめんなさい。今日は一人、お留守番なの」
鼻先を寄せると、すりすりしてくれる。
よしよし。
今度は近いからね。
「さあ、出発!」
小さな荷車が走り出す。
馬さんはさらに軽快。
タタン。
タタン。
タタン。
軽い荷車を引いて、速いリズムで道を進んでいく。
「速いですねー、兄さん」
「だなあ。歩きだとお昼までかかるのに――ほら、あそこ」
籐吾兄さんが前を指差す。
木の壁。
防護壁。
「もう?」
「ああ、隣り村だ」
高い木の壁に囲まれた村。
「へえー! うちの村と違うねー」
「守り方はそれぞれだな」
それぞれが、村の特徴。
正門の前で荷車を止める。
一度降りて衛兵さん達に挨拶をして、定期便のお試しで来たことを説明する。
話が通ると、そのまま中へ。
荷車で中央の広場へ入っていく。
役場もここにあるらしい。
そして、そこには――
蓮がいた。
蓮が立って、待っていた。
「隣りからキャラバンが来たって聞いたんで」
目が合う。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
なんだろう。
ちょっと変な感じ。
「元気?」
「もうぜんぜん普通」
「そう。よかった」
「うん、菖蒲のおかげ」
「さん」
「あ、菖蒲さんのおかげです」
お互いの顔を見る。
目を見る。
笑顔。
笑顔。
「いらっしゃい! うちの村へ」
「やっと来れたよ! 蓮」
「う、ん。待ってた」
「へへへ」
――あ。
「わたし、役場に行かなきゃ」
「案内するよ」
「お願いします」
役場へ入って、入り口横の部屋で待つこと少し。
「はい、お待たせしました」
入ってきた人に合わせて、わたしも立ち上がる。
「よろしくお願いします」
「お若い。キャラバンの責任者で?」
「はい! わたしが責任者です!」
「で? ここへは?」
「定期便を。二つの村を行き来する定期便を始めたいと思いまして」
「定期便?」
「はい。馬さんと荷車はこちらで用意します」
「ほう、そこまでそちらでご用意を?」
「はい。そちらは交換品をご用意していただくだけで」
「交換品ね。何をご希望で?」
「こちらは、新鮮なお魚が美味しいそうで」
「魚と? 交換で?」
「はい。たくさん獲れると聞いています」
「確かに。あふれるくらいにな」
「そのあふれた分と、うちの薬草を交換してもらえないかと」
「薬草と? 防護林か?」
「はい。うちの特産とここの特産。特産品同士の交換です」
「特産品同士」
「はい。どちらも余剰品ですが、お互い得る物が多いと思いますが?」
少しの間。
相手の人が、わたしの顔をじっと見る。
「んー。若いのにしたたかだな。少し甘く見過ぎたようだな」
「光栄な評価をありがとうございます」
「ははは! 負けたな。そちらの要望、全部受けてみよう」
「ありがとうございます! ご期待にお応えしますよ」
「はははは! 負けたな、今回は」
よし。
定期便、出来そうです。
「さて、では細かいことを」
「何から?」
「時期は?」
「半月。上弦と下弦の月毎くらいで」
「ふむ。かなり小さな荷車のようだが?」
「安全と新鮮のためですね」
「速く走るためか」
「はい」
「どれくらいの量をご希望で?」
わたしは持ってきた袋を三つ、テーブルの上へ置いた。
「こちらは?」
「うちの薬草です」
「薬草! こんなに?」
「うちの余剰品です」
「おたくの品は高品質なのに、こんなに」
「防護林です」
「なるほど。すぐ近くにある森の一部か」
「うちの宝です」
村を守ってくれる。
食べる物も、使える物も、薬になる物もくれる。
だから、宝。
「しかし、これほどの量にはどれくらいの魚が?」
「今回はお試しですから、量は調整しましょう」
「あとは、どうやって運ぶおつもりで?」
「水ごと」
「……水ごと?」
「はい。ここには生簀というのがあるそうで?」
「ああ。少しの間だが、魚を活かしておく桶だな」
「はい。荷車にそのまま積もうかと」
また、じっと見られる。
「変な娘さんだな、あんた」
「それは、褒め言葉?」
「それはご自由に」
「では、決まりということで」
よし。
今度こそ決まった。
役場を後にする。
「んーーーーっ」
外へ出たところで、大きく身体を伸ばす。
終わったー。
「菖蒲!」
声がして振り返る。
「あやめさん!」
……ん?
「はい、菖蒲さん! お仕事は終わり?」
「とりあえずはね」
「あとは自由?」
「んー、少しはね」
「宿屋に入ったら、夜は?」
「晩御飯。それくらいなら大丈夫かな」
「わかった! またそれくらいに」
「うん」
蓮は嬉しそうに手を振って行ってしまった。
わたしも荷車へ戻る。
みんなはすでに宿屋さんへ行ったらしい。
「おかえり!」
「ただいま戻りましたー」
「疲れてるな」
「まあ、初めての人との交渉だから」
「で? どうじゃった?」
「うまくまとまりました!」
「ん、菖蒲だな」
「そうじゃな」
「もう、なんなんですか!」
みんなで笑う。
この村の定期便。
半月定期便?
決まったようです。
宿屋さんの一階は食堂になっている。
そして、その片隅に――
「あっ」
水の中を魚が泳いでいる。
「女将さん! これ、生簀って言うのですか?」
「そうだよ」
「見ても?」
「ああ、ご自由に」
近寄って覗き込む。
「わあ、お魚が泳いでる。ここの村の特産ですか?」
「そうだね。新鮮な魚はうちの自慢だねえ」
「大きいですねー」
「それは、そこに合わせて作ったからね」
「お水の交換、大変そう」
「そうでもないさ」
「そうなんですか?」
「ああ。ここは水源より下にあるから、上から水を流して、下から捨ててるだけさ」
「ずっと流れている?」
「そういうこと」
「へえー」
便利だなあ。
ずっと新しい水が入ってくるんだ。
「生簀に興味があるみたいだね」
「荷車に積もうかと」
「生簀ごと荷車かい?」
「そうなんですけど、重そうで」
「すぐ食べるのを持って行こうとするからさ」
「え?」
「小さい小魚を、生簀で大きくするんだよ」
「あ、ここで飼ってる?」
「そういうこった」
「小さな魚なら、生簀も小さくて済むんだ」
「食べるのはしばらく後になるけどね」
なるほど。
大きい魚をそのまま運ばなくてもいい。
小さいうちに運んで、向こうで育てればいいんだ。
「そっか。樽でもいける?」
「まあ、いけるけど後が大変さね」
「後?」
「そこが深いと、どうやって取るんだい? 中に落っこちまうよ」
「いろいろ深いねー」
「あはは、面白い娘だよ、あんた」
「えへへへへ」
生簀。
これは帰ってから、もう少し考えよう。
その日の晩御飯。
籐吾兄さんは相変わらず、ご飯とおかずの山の中。
「ほんと、食べますねー」
もぐもぐもぐもぐ。
「家より倍以上食べてません?」
もぐもぐもぐもぐ。
「あー、喋らなくていいですよ。なんとなくわかります。御形姉さんがいないからですね」
もぐ……。
止まった。
「大丈夫ですよ。言いつけたりしませんから」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
――変な返事。
そんなことをしていると、
「あ、あやっ」
ばっと振り返る。
「あやめさん」
――言い直した。
蓮だ。
「わたし、あっちで食べてきますねー」
席を立って、少し離れた小さなテーブルへ。
二人で座る。
向かい合わせ。
「今はなにを?」
「あー、とりあえずはキャラバンの手伝いと」
「と?」
「裁縫を習ってる」
「お裁縫?」
「うん。おれ、こう見えて手先が器用なんだぜ」
「へえー」
蓮の手を取る。
まじまじと眺める。
確かに。
なんとなく器用そうな手。
ふと顔を上げる。
なんか、蓮の顔が赤い。
「ん? 顔赤いよ」
「なんでもないよ」
「そう?」
変なの。
「弟子入り?」
「んーん。まだ、試験中みたいなの」
「そっか。蓮も頑張ってるんだ」
「菖蒲ほどじゃないよ」
「わたしも好きなことしてるだけだよ」
顔を上げる。
蓮もこっちを見ていた。
お互いに見つめる。
「ふふふ」
なんだか笑ってしまう。
二人の夜は、
のんびりと過ぎていく。




