蓼の章 第四幕の途中
「親方ー」
鍛冶場へ入るなり声をかける。
「お、帰って来たか。呼び出しなんか珍しいな」
親方が手を止めて、こっちを見る。
「親方ー」
「なんだよ」
「おれ、父親になる」
「は?」
親方の顔が止まった。
「今、女将さんに娘さんくださいって言って来た」
「は?」
さっきより大きな声。
「いま?! 今頃か?!」
「はい……」
「おまえ、てっきりここに来た時に、そりゃ済ませてるもんばかりと……」
「え? そんなもんですか?」
「当たり前だろ! よそから連れて来て、ほっとく気か!」
「いや、そんなことないですけど……」
「じゃあなんで今なんだよ!」
「いや、その……」
親方が頭を掻く。
「女将が面倒見るって言ってたから、姪っ子だからだと思ってたが……おまえか」
「おれですか?」
「聞かなかったおれも悪いが。まったく……」
なんだか、親方まで困った顔をしている。
「で、赤ちゃんか?」
「はい」
「知ってたのにか?」
「今、知りました」
「はあ?」
また親方の声が大きくなった。
「おまえ、することしてんだろ?」
「まあ、それは……はい」
「気づかなかったか?」
「まあ、最近、時々調子悪いって断られることはあったけど」
「……おまえなあ」
親方が深いため息をつく。
「見てるんだろ? 腹も」
「まあ、はい。全部」
「だよなあ……」
親方が額を押さえた。
なんでだろう。
さっきから親方がどんどん疲れていく。
「だって、おれ、蓼ちゃんが初めてだし。そんなこと言われても」
「なにが蓼ちゃんだ。おまえがかわいく言ってどうすんだ」
「ええ……」
親方はしばらく俺の顔を見ていた。
それから大きく息を吐く。
「あー、ちょっと女将に詫び入れて来るわ」
「え? そんな大事ですか?!」
「大事だよ!」
今までで一番大きな声だった。
「赤ちゃんだぞ! それ以上の大事がどこにあるってんだ」
「……すみません」
「まったく。おまえだけの話じゃねえんだぞ」
親方はそう言いながら、鍛冶場の外へ向かう。
「留守番しとけよ!」
「はーい」
親方はそのまま、女将さんのところへ行ってしまった。
鍛冶場に一人残される。
火はいつもと同じように燃えている。
鉄もいつもと同じように赤い。
なのに。
俺は父親になるらしい。
まだ、なんだかよく分からない。
でも。
親方があんなに慌てるくらいには。
ものすごく大事なことらしい。




