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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
花の 編

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39/63

蓼の章 第四幕 これから

次の日。

お昼下がりの食堂。

お昼の喧騒が終わって。


食器を片付けて、テーブルを拭いて。

あとは夕方までは、少し空いた時間。


お店の中央のテーブル。

わたしと萱が、向かい合わせに座っている。


カウンターには女将さん。

その隣には御形さん。


いつにないわたしの顔を見て。

萱も少し不安そうな顔をしている。


「あのね、萱」

「うん」


一度だけ息を吸う。


「いま、わたしのお腹にね。赤ちゃんがいるの」

「え?」


萱の目が、わたしのお腹へ落ちる。

それから、わたしの顔。

また、お腹。


「え?」

「ほんとよ。ここに赤ちゃん」


自分のお腹に手を当てる。


「ほんと?」

「うん」

「……」

「あのね」

「あ、うん」

「萱はどうする?」

「ぼく?」

「そう。あなた」

「あ、うん……」


萱の視線が、わたしの後ろへ動く。

女将さんのほう。


だから。

出来るだけ優しい声で言う。


「あなたが、自分で決めて」


萱がわたしを見る。


「わたしは求めないし、強制もしないから。あなたのこと、あなたが決めて」

「……ぼく、父親になるの?」

「なれるよ」

「なってもいいの?」

「……ん?」


萱は少し俯いた。


「ぼく、まだ見習いで。まだ……」

「それは相談しなきゃね。でも、その前に決めてからじゃない?」


「うん……そうだね」


言葉を探している。

ひとつ言いかけて。


やめて。

また考えて。


なかなか出てこない言葉を待っているうちに。

だんだん、わたしのほうが不安になってくる。


やっぱり。

急だったかな。

困らせちゃったかな。


そんなことを考え始めた時。


萱が、わたしをまっすぐ見た。


「ぼく、まだまだ見習いで。まだまだ頼りないけど」

「うん」

「君のことは、絶対守りたいです」

「うん……」


頬を何かが伝った。


あ。

泣いてる。

わたし。


萱が立ち上がる。


「蓼さん」

「……うん」

「ぼくのお嫁さんになってくれますか」


ポロポロ。

ポロポロ。

涙が止まらない。


言わなきゃ。

ちゃんと返事しなきゃ。


そう思うのに。

声が出てこない。


「……はぃ……」


やっと。

これだけ言えた。


「気づかなくてごめん。気にしてあげられなくてごめん。不安にさせてごめんなさい」

「ううん……」


萱が振り返る。


「女将さん!」

「なんだい?」

「蓼さんを。娘さんを、ぼくに守らせてください!」


女将さんは少しだけ笑って。


「任せたよ、萱」

「はい!」


萱が、わたしの横へ来る。

向かいじゃなくて。

今度は隣。

わたしのお腹を見ている。


「ここ?」

「うん」

「赤ちゃん?」

「そう。あなたの」

「そっかあ……」


そっと笑う。


「よかった」

「うん」

「早く言えばよかった」

「そんな」

「一人前になってからとか、のんきだった」

「うん」

「ごめんね」

「ううん」


カウンターを見ると。

御形さんが笑っていた。


「よかった。いらない心配だったな」


女将さんも笑っている。


よかった。

ほんとに。

よかった。


「あれ?」

萱が何かに気づいた。


「じゃあ、あの家は?」


女将さんが答える。

「蓼と赤ちゃんの家さね」


「ぼくは?」

「それは家の主人に聞きな」

「え?」


萱がこっちを見る。

「あの、蓼さん?」

「はい?」


「ぼくは、あそこに一緒にいてもいい?」


思わず笑ってしまう。

「親方さんに了承を得てからにして。それは」

「あ、そっか。まだぼく見習いだった」

「あんた、ずっとぼくになってるぞ」

「かっこつけなんですよそれ」

「なんだい、普段からそうしなよ似合ってる」


みんなから笑い声がこぼれた。

やっと。

わたしも笑えた。


まだまだ、やることはたくさんある。

これからが大変。


でも。

ひとつ。

大きなことが決まった。


萱が仕事場へ戻っていったあと。

わたしは御形さんのほうを見る。


「ありがとうございました、御形さん」

「わたしは何にもしてないよ」

「そこに座っててくれました」

「ん?」

「どんなに心強かったか」


御形さんが少し笑う。

「そっか。役に立ってたか」

「はい」


御形さんがいてくれた。

ただ、そこに。

それだけで。

わたしはちゃんと萱に聞けた。


「で、どうなの? 女将さん」


御形さんが女将さんを見る。

「なにがだい?」

「萱の仕事のこと」

「さあ、どうだかねえ」

女将さんは、知らないみたいな顔をする。


その時。

御形さんが店の外を見る。

「あれ? 親方さんじゃね、あれ」

「ん?」


女将さんも外を見る。


「なんだい、血相変えて」


こっちへ向かって。

親方さんがものすごい勢いでやって来る。


店に入ってくるなり。

「おー、女将! すまねー!」


「なんだい、急に」

「萱の野郎からいま聞いた!」


親方さんがわたしを見る。


「蓼! 赤ちゃんだってな! おめでとう!」

「あ、ありがとうございます、親方さん」

「そして、すまねー!」

「はい?」


「てっきり、もう挨拶くらい済ませてると思ってた! なんだあいつ、今して来たって言うじゃねえか!」

「なんだい、そのことかい」

「いやいや、俺の指導不足だ。すまねー!」


女将さんが呆れた顔をする。

「親方はそこまで面倒見るのかい?」

「あんただって家建ててるじゃねえか! まさかそこまで進んでるとは気づかなんだ」

「家と萱は関係ないよ」

「そりゃ、まあ、そうだろうけど」


親方さんは頭を掻いて。

もう一度、わたしを見る。


「蓼。ほんとすまん。心配だったろ」

「大丈夫ですよ」

「そうか?」

「御形さんが、ずっと側にいてくれてますから」

「御形が?」

「なんだよ」


親方さんが御形さんを見る。

それから、少しだけ黙って。


「はあ。似合わねえことを」

「なんだと」

「あはは! 冗談だ、冗談! でも、御形にも迷惑かけたな。すまん」

「いーよ。好きでやってるし。萱は関係ないから」

「そうか。なんかあれば言えよ」


御形さんが、すぐに返す。

「そう? ならさ。萱はどうなの?」

「どうとは?」

「あいつ、まだ見習いだろ?」

「ああ、そのことか」


親方さんが女将さんを見る。

「女将から聞いてないのか?」

「え?」

女将さんを見る。


女将さんは、そっぽを向いている。

「女将さん、知ってたんですか?」

「さあ。なんのことだい?」

「あー」


親方さんが言う。

「萱は次の乾季に、自分の店を持たそうと思ってる」

「次の乾季か」

御形さんが呟く。


「そうだ。なんかあるのか?」


女将さんが、さらっと答えた。

「産まれる頃さね。乾季は」


「あ、そうか!」

親方さんが手を打つ。


「なるほど。偶然だが、いい時期だな」

御形さんが女将さんを見る。


「なんだ。やっぱ知ってたんじゃん」

「そりゃ、知っててもこういうのは親方から言うもんだ」

「まあ、確かに」


親方さんが笑う。


「よかったな、蓼」

「はい」


次の乾季。

その頃には。

このお腹も、今とは全然違っている。


家も出来て。

萱も自分のお店を持って。


そして。

赤ちゃんが産まれる。


「次の乾季までは大忙しですね」

そう言うと。


御形さんがすぐに答えてくれた。

「手伝うよ。その身体じゃ大変だ」

「お願いしますね、御形さん。頼りにしてます」

「任せとけ」


その言葉に。

また少し安心する。


「御形さんには、ほんと、たくさんしてもらってばかり」

「そんなことないさ」


御形さんは笑う。

「わたしも蓼にはいろいろしてもらってる。今のままで充分さ」

そう言ってくれる。


ひとつ。

不安が減った。


まだまだ、たくさんあるけど。

大事な不安が、ひとつ少なくなった。


ひとつずつ。

ひとつずつ不安を減らしていけば。


いつかきっと。


でも。

その頃には。

また次の不安が出来てるのかな。


この村に来て。

わたしは、たくさんの人に支えてもらってる。


女将さんに。

御形さんに。

村のみんなに。

そして。

萱にも。


だから。

わたしもいつか。

誰かを支える側になれればな。

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