初めてのお使いの章
初めてのおつかいである。
わたしと籐吾は、温暖季だというのに、外域の道を隣り村まで歩いている。
もちろん、わたし達のおつかいではない。
事の始まりは、見習い二人と防具屋の親父との会話だったらしい。
防具を少し良くしたい。
でも、そのために必要な素材がちょうど在庫切れ。
なら、自分達で隣り村から調達してくれば作ってやる。
――らしい。
全部、らしい。
わたしは歩きながら籐吾を見る。
「あの親父、絶対わかってやってる」
「まあな」
後ろから申し訳なさそうな声。
「すみません……」
「謝ることはないよ」
そう。
この二人が悪いわけじゃない。
「でも、こんな季節に」
温暖季。
動物達の活動も活発になる季節。
わざわざ外域へ出るには、あまり嬉しくない時期だ。
「まあ、あの親父の考えそうなことだ」
籐吾が前を向いたまま言う。
何事も経験しろ。
たぶん、そういうことなのだろう。
素材を取りに行かせること自体が目的なんじゃない。
自分の装備に使うものを、自分で買いに行って、自分で持って帰る。
そこまで含めて、見習い二人への勉強。
……たぶん。
わたしはいつもの長剣。
籐吾もいつもの大剣。
見習い二人には槍と盾を持たせている。
まだ近接武器で何かと斬り合うより、その方がいい。
隣り村まで午前中に着く。
買い物を済ませる。
午後の明るいうちに帰る。
ただ、それだけ。
本当に、それだけなんだけどな。
外域では、その「それだけ」が難しい。
行き
今日は籐吾が先行。
その後ろにわたし。
見習い二人は後方を警戒する。
籐吾は歩きながら、道の周囲を見ている。
足跡。
草の倒れ方。
争った形跡。
捕食跡。
糞。
毛。
そんなものを一つ一つ拾いながら先へ進む。
空は青い。
穏やかな風。
少しだけ湿り気を含んだ、柔らかい風。
道の周りでは、伸びた草が風にそよいでいる。
――なんて。
のんびり景色を眺めながら歩けるわけじゃない。
緊張。
一息。
また緊張。
それを繰り返しながら進んでいく。
ふと。
籐吾が止まった。
道の脇。
草むらが大きく割れている。
「おい」
籐吾が見習い二人を呼ぶ。
二人が前へ出る代わりに、わたしは後ろへ下がった。
周囲を見る。
籐吾が地面を示す。
「どうだ?」
見習いの一人がしゃがみ込む。
「ビックボアですか?」
籐吾が頷く。
「それで?」
「えっと……」
草を見る。
足跡を見る。
少し考える。
「あ、子連れ」
「そうだな。そうだとすると?」
今度はもう一人。
「下がりましょう!」
「よし」
その場から離れる。
わたしは周囲を警戒する。
近くに動くものはない。
右手。
少し離れた丘の上。
「あそこ」
二人へ示す。
小さな影。
うりぼうが見えた。
距離はある。
でも、いるということは親もいる。
「どうする?」
「警戒しながら先へ進んで、この場所から離脱します」
「オッケーだ」
籐吾が頷いた。
そのまま歩き出す。
少しして、籐吾がわたしを見る。
「どうだ? 御形」
「おまえ、先生になれるな!」
「……」
籐吾がなんとも言えない顔をした。
後ろから声。
「早く進みましょう! お二方!」
「はいはい」
「さて、先へ進むか」
再び歩く。
影が少しずつ小さくなる。
太陽が高くなってきた頃。
「おい!」
今度はわたし。
籐吾が止まる。
すぐに大剣へ手をかけた。
左手。
草の向こう。
「迂回する!」
籐吾が即座に言う。
「あの右手の一本の木まで迂回するぞ」
「後方、警戒を怠るな!」
わたしも見習い二人へ声をかける。
「はい!」
道を外れ、草むらへ入る。
「足元、気をつけろ」
草を掻き分けながら進む。
少しだけ高い場所に立つ一本の木。
そこまで来て、改めて左手を見る。
ヘルハウンドの群れ。
五、六頭ほど。
周囲に他の個体はいないようだ。
向こうもこちらには気づいていないらしい。
寝転がっているもの。
身体を掻いているもの。
じゃれ合っているもの。
くつろいでいる風だ。
なら。
わざわざ近づく理由はない。
「そのまま迂回して道へ戻るぞ」
籐吾が再び草を掻き分ける。
大きく半円を描くように、群れから距離を取る。
やがて道へ戻った。
わたしは後方を確認する。
追ってくる気配はない。
「よし」
再び先へ進む。
やがて。
太陽が真上へ来る頃。
「あ」
見えた。
高い丸太の柵に囲まれた村。
隣り村だ。
見習い二人から、わずかに安堵の空気が漏れる。
でも。
「あと少し!」
籐吾の声が飛ぶ。
二人の背筋がピンと伸びた。
「緊張を抜くな!」
「はい!」
「ほっとするのは門をくぐり終えてからだ」
「はい!」
門が近づく。
衛兵がこちらを見る。
「こんにちは!」
わたしが声をかける。
長剣を背負った女。
大剣を背負った大男。
槍と盾を持った見習い二人。
まあ、目立つだろう。
「おまえ達、隣り村のやつか?」
籐吾が答える。
「はい。わたしは籐吾。こいつは御形。隣り村から素材の購入に来ました。この二人は見習いです」
衛兵が籐吾を上から下まで見る。
「噂には聞いたが……デカいな」
「はい」
自分で返事するなよ。
「お疲れ様でした! この時期にわざわざ」
衛兵は快く通してくれた。
そして。
四人揃って門をくぐる。
ようやく。
わたし達は無事に隣り村へ入った。
隣り村
「さてと、どうする? 籐吾」
「先に買い物終わらせるか?」
「ですね。落ち着かなくて」
「だな」
見習い二人はまだ緊張が抜けきっていない。
まず目的を終わらせた方がいいだろう。
「あ、すいません!」
さっきの衛兵さんへ声をかける。
「防具屋はどちらに?」
「この先、右手です」
「ありがとうございます!」
二人へ振り返る。
「右だって」
村の中を歩く。
丸太の柵に囲まれた村。
うちの村とは少し違う。
建物の並びも違う。
歩いている人も、当然知らない人ばかり。
でも。
仕事をして。
話をして。
子供が走って。
どこかから食べ物の匂いがして。
村っていうのは、やっぱり似ている。
やがて防具屋を見つけた。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい!」
中へ入る。
店の親父が、じっとこちらを見る。
「ここらでは見ない顔だな?」
「隣り村から来ました」
「ほう」
また、じっと見られる。
「噂の二人か」
「噂?」
「キャラバンだ。助けたろ」
「あ、はい」
「えらく感謝してたぞ。すげえ男女二人だとな」
「……」
わたしと籐吾は顔を見合わせる。
なんだろう。
こうやって面と向かって言われると、ちょっと照れる。
「で、その凄腕ハンターさんが、わざわざ何事だ?」
わたしは見習い二人を見る。
ほら。
ここからはおまえ達の仕事。
二人が前へ出る。
自分達の防具を少し良くしたいこと。
その素材がうちの防具屋では在庫切れだったこと。
ここへ行けば買えると言われたこと。
必要な素材と量。
一生懸命説明する。
親父は黙って聞いていた。
「ふーん」
そして。
「わざわざ、ご苦労なこった」
「はい」
「で、ここまで?」
「はい」
「勉強になったか?」
「?」
二人が顔を見合わせる。
「はい」
「そりゃよかったな。ちょっと待っときな」
親父は奥へ引っ込んだ。
しばらくして戻ってくる。
手には包み。
「ほれ。これがご希望の品だな」
「ありがとうございます!」
見習い二人が受け取る。
「高い授業料だな」
「? そうですか?」
まだ意味が分かっていないらしい。
親父は笑った。
「大事に持って帰れよ」
「はい!」
そして。
「帰るまでが仕事だ」
その言葉に、わたしと籐吾は顔を見合わせた。
さて。
お買い物も済んだ。
「なんか食べて帰ろう」
「お! 食事だな」
籐吾が急に元気になる。
「あんたは食べ過ぎんなよ」
「せっかくここまで来たのに?」
「腹いっぱいで大剣振れなくなるだろ」
「そんな食べないぞ」
「普段の行いから説得力なし!」
後ろで見習い二人が笑っている。
……この二人は。
軽く食事を済ませる。
そして門へ戻る。
わたし達の横で。
籐吾は鶏のもも肉をモグモグしていた。
「お世話になりました!」
「お疲れ様! って、おい!」
衛兵さんが籐吾を止める。
籐吾が振り向く。
モグモグ。
「それはやめた方がいいぞ」
「?」
衛兵さんが籐吾の手にある鶏ももを指差した。
「外域でそれ持って歩く気か? 襲ってくれと言ってるようなもんだ」
「……」
「――だよ! 恥ずかし!」
見習い二人は必死に笑いを堪えている。
籐吾は食べ終わった骨を持って、店の方へ戻った。
そして。
骨を捨ててもらって、ぺこぺこ頭を下げながら戻ってくる。
衛兵さんと少し雑談しているうちに、籐吾のモグモグも無事終了。
「さあ、帰ろうか、御形」
「……ったく」
今度こそ衛兵さんへ別れの挨拶。
後に聞いた話。
隣り村では、わたし達の噂に少し尾鰭がついたらしい。
キャラバンを助けたすげえ二人。
モグモグしながら大剣を振る。
誰だ。
そんな話にしたやつ。
帰り
籐吾が胸を張る。
「ここからが本番だ」
「……」
しらーーー。
見習い二人から冷たい空気が漂う。
さっきまで鶏ももをモグモグしていた男が何を言っている。
でも。
籐吾は気にしない。
「帰りは、おまえ達について行く」
「え?」
二人の顔から笑いが消えた。
「僕らが先行?」
籐吾が頷く。
「帰るだけだ。大丈夫」
「え? さっき笑ったお仕置きですか?!」
「ぶははは!」
思わず吹き出した。
「いいな、お仕置き」
「御形さん!」
青い顔の見習い二人。
わたしはその肩を叩く。
「行きと同じことするだけ」
「でも……」
「後ろにはいるから安心しろ」
籐吾の言葉。
これで帰りの陣形は決まった。
先行。
見習い二人。
その後ろに、わたし。
殿は籐吾。
歩き出す。
慎重に。
耳を澄ます。
目を凝らす。
足元を見る。
周囲を見る。
二人とも忙しい。
右。
左。
地面。
草むら。
また右。
「少し落ち着きなよ」
後ろから声をかける。
「だって……」
まあ、分からなくもない。
でも。
緊張しすぎれば、かえって見えなくなる。
わたしは歩きながら長剣を抜いた。
すらり。
そして二人の横へ、剣先を差し出す。
「ほら」
「え?」
「なんかいるぞ」
二人が見る。
草むらの向こう。
一頭。
じっと。
こちらを見ている。
「ヘルハウンド!」
二人が身構える。
「迂回!」
「もう、気づかれてるぞ」
「え?」
わたしは二人の後ろから、抜いた長剣の先をヘルハウンドへ向けたまま動かない。
じっと見る。
向こうもこちらを見る。
「後退」
後ろから籐吾。
「だな」
剣先は向けたまま。
「ゆっくり下がる」
一歩。
「ゆっくり」
もう一歩。
見習い二人も下がる。
決して背中は向けない。
距離が開いていく。
ヘルハウンドはこちらを見ている。
まだ。
もう少し。
やがて。
ふっと。
その姿が草むらへ消えた。
「はあーーーー……」
二人から大きな息。
「油断するな、まだだ」
籐吾は消えた先を見つめている。
わたしも剣を下ろさない。
しばらく待つ。
動きはない。
「どうする?」
籐吾が聞く。
二人が少し考える。
「反対側に迂回します」
「ん」
わたしはようやく長剣を戻す。
「行こう」
その後は。
何事もなかった。
ただ。
ただ。
緊張が歩いている。
見習い二人が前。
わたし。
後ろに籐吾。
歩く。
歩く。
しばらくして、後ろから小さな声。
「どうだ?」
籐吾。
わたしも小さく返す。
「まあ、大丈夫だろ」
「ん」
少し距離を取りながら、周囲を見渡す。
青い空。
白い雲がゆっくりと進んでいる。
まるで。
わたし達について来ているみたいに。
その下。
前方に木々が見えてきた。
「あ」
防護林。
うちの村だ。
隣り村は高い丸太の柵だった。
うちは木々を利用した防護林。
守り方は違う。
土地も違えば、やり方だって違うのだろう。
でも。
目的は同じ。
みんなの帰る場所を守るため。
林へ入る。
抜ける。
うちの村の外苑。
そして。
その向こう。
正門が見えた。
帰って来た。
見習い二人の足が少しだけ速くなる。
「まだ」
わたしが言う。
二人が振り返る。
「門をくぐるまでだ」
「はい!」
最後まで。
周囲を見る。
歩く。
そして正門。
「お疲れ様です!」
見習い二人が衛兵さんへ挨拶する。
「お帰りなさい! 無事でなにより」
その言葉を聞きながら。
わたし達は門をくぐった。
四人とも。
ちゃんと。
帰って来た。
「ふへぇーーーー……」
見習い二人が、その場に座り込む。
槍を置く。
盾も置く。
完全に力が抜けている。
籐吾が二人を見る。
「お疲れ様だったな」
「はい……疲れました……」
そりゃそうだ。
初めてなんだから。
「まだ、あと防具屋の親父の攻略があるぞ」
「あー……そうだった……」
二人の肩がさらに落ちる。
「まあ、しばらくは休もう」
わたしは水を籐吾へ投げる。
「ほら」
「おう」
受け取る。
ゴク。
ゴク。
ゴク。
「ぷは」
こっちへ投げて返してくる。
受け取る。
わたしも。
ゴクリ。
「ふう」
空を見上げる。
同じ青い空。
でも。
門の内側から見るだけで、ずいぶん違って見えた。
防具屋
少し休んで。
「さてと、防具屋だ」
「はい!」
今度こそ最後のお仕事。
防具屋へ向かう。
ドアを開ける。
「こんにちは!」
「おう!」
親父が顔を上げる。
「帰って来たか、坊主共」
「はい!」
見習い二人が前へ出る。
「これ、指定された素材です」
「ほい」
親父は受け取った。
そして。
確認もせず。
そのまま奥へ持っていく。
……おい。
戻ってきた親父が二人を見る。
「で?」
「?」
「どうだった?」
二人が顔を見合わせる。
そして。
「もう、たいへんでしたよ!」
「だろうな!」
がっはははは!
親父が豪快に笑う。
やっぱり。
絶対。
分かってやってたな、この親父。
「おまえ達は?」
親父が今度はわたし達を見る。
籐吾が胸を張って答えた。
「鶏のもも肉、めっちゃ美味かった」
「そうか、そうか」
「……」
わたしは籐吾を見る。
籐吾は満足そうだ。
あの親父。
絶対わかってやっただろ。
でも。
まあ。
いいか。
見習い二人も。
籐吾も。
わたしも。
みんな無事に戻った!
よかったな!
わたしの隣りで。
籐吾はもう一度。
あの鶏もも肉に想いを馳せていた。




