わたしの村の章
今日は、特になんて予定もない日。
休日とまではいかないけれど。
まあ、のんびりな日。
朝。
「籐吾ー、起きてー」
ゆっさ、ゆっさ。
布団の中のでっかい身体を揺する。
「ほらー。朝だよー」
「……」
「籐吾ー」
「……」
起きない。
「もう」
早々に諦めた。
起きないものは仕方ない。
わたしは一人、台所へ向かう。
祖母の作ってくれた朝ご飯。
「いただきます!」
朝からしっかり食べる。
「籐吾はどうしたあ?」
ばあちゃんが聞く。
「寝てるよ。起きないんだもん」
「疲れてるのかねえ」
「わたしも一緒だよー」
同じ仕事をしてるんだけどなあ。
まあ、身体の大きさも違うし。
昨日は籐吾の方が大剣を振り回してたし。
……寝かせとくか。
朝ご飯を食べ終えて。
家の裏庭。
何もない日は、じいちゃんと素振り。
「ふっ!」
ぶん。
ぶん。
ぶん。
朝の空気を斬る。
身体をひねり、足を運び、また振る。
ぶん。
ぶん。
たまにはじいちゃんを相手に打ち込み稽古。
木刀と木刀がぶつかる。
乾いた音が、裏庭へ響く。
まだまだ。
じいちゃんには敵わない。
それでも、しっかり汗をかくまで身体を動かして。
今日の稽古はおしまい。
終わったら、ちゃんと汗を流して着替える。
女の子ですから。
さて。
今日は仕事に出るわけでもない。
普段着でいいか。
武器も片手剣と投げナイフくらい。
いつもの動きやすい格好でもいいけれど。
「んー……」
服を眺める。
たまには。
「スカートでも履くか」
うん。
たまにはね。
家を出る。
うちはハンター一家なので、村の一番外側。
外へ出る仕事が多いから、この場所が都合いい。
少し歩けば正門だ。
今日も衛兵さんたちが立っている。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
いつもの顔。
「今日は非番ですか?」
「そんな訳でもないけど、予定無しなんでね」
何かあれば仕事になる。
何もなければ、そのまま一日が終わる。
そんな日。
「ごゆっくり」
「はーい」
衛兵さんたちに手を振って、村の中心へ歩いていく。
まずは、ハンターや衛兵さんたちの宿舎。
その先に鍛冶屋、防具屋、道具屋、大工。
朝からあちこちで仕事の音がしている。
鉄を叩く音。
木を削る音。
店先から聞こえる話し声。
「お、御形じゃねえか!」
防具屋の親父さんだ。
「おはよー」
親父さんがわたしを上から下まで見る。
そして。
「今日はまた、似合わない格好だなぁ」
「うっさい!」
なんだよ。
たまにはいいじゃん。
その先へ行けば、八百屋、パン屋、服屋、食堂。
いい匂いも混じってくる。
「あ、御形のお姉さん。おはようございます」
八百屋のお嬢さん。
「おはよう! 帰りに寄るから」
「はーい」
元気に手を振ってくれる。
村の中心には修道院と寺。
ここまで来ると、子供たちの声が増えてくる。
「あ、御形のねーちゃんだ!」
「わー!」
「遊ぼう!」
「遊ぼう!」
あっという間に囲まれた。
「こらこら」
スカートを引っ張るな。
そこへシスターがやってくる。
「ほらほら、勉強の時間でしょう! お部屋に戻って」
「えー!」
「遊ぼうよー!」
「あとでね」
「ほら、みんな。戻りますよ」
「はーい……」
ぞろぞろ。
名残惜しそうに子供たちが戻っていく。
わたしはシスターにお辞儀。
シスターも笑って頭を下げてくれた。
そのまま村の反対側へ。
こっちは農家さんたちの家が並ぶ。
さらにその奥には、広い農地。
村を支える畑がずっと続いている。
空を見上げる。
青い空。
風も穏やか。
「あー、いい天気だ」
今日は本当に何にもなさそう。
「ん?」
遠くで誰かが手を振っている。
なんか言ってるな。
「御形ー!」
「あ、呼ばれてるな」
仕方ない。
農地の奥へ向かう。
「どーした?」
「モグラがよう」
「モグラ?」
農家のおじさんが指差す。
足元。
土がこんもり盛り上がっている。
膝くらいあるお山。
「あー。今年も出たの?」
そんな季節かあ。
「さてと、どうしよう」
自分の格好を見る。
「今日、スカートなんだよー」
おじさんが、わたしをまじまじと見る。
そして空を見上げた。
「雨でも降るのか?」
「なんて?」
「あー、冗談!」
二人で笑う。
まったく。
みんなして。
「とりあえず、山追ってみようか?」
「そうだな。どこにいるかわからんからな」
片手剣を抜く。
こんもり盛り上がった土へ剣先を刺しながら歩いていく。
一つ。
反応なし。
二つ。
なし。
三つ。
四つ。
少し後ろでは、おじさんが周囲を見ている。
五つ目。
剣を刺した、その時。
土が動いた。
「お、いた! 動いた!」
ここか。
なら。
周囲のどこかへ逃げたか。
辺りを見回す。
一番近い山。
「あれだな。次はそっち」
場所を確認して。
今の山へ木を差し込む。
次に、二番目の山にも木を刺す。
逃げ道を絞る。
「出た!」
「へ?」
足元。
ぼこっ!
土が弾けた。
「わっ!」
モグラが飛び出してきた。
ひと抱えはあろうか。
「まあまあデカイな!」
そして。
速い!
「待てー!」
追いかける。
速い!
というか。
「農地、走りにくい! スカート!」
なんで今日に限って!
モグラが土へ頭を向ける。
「潜るぞ!」
「わかってる!」
止まってくれればなんとかなる。
投げナイフを抜く。
狙う。
「えい!」
モグラのお尻へ。
「ピギャ!」
飛び上がって、また走る。
「待てー!」
また追う。
止まる。
潜ろうとする。
投げる。
「ピギャ!」
また走る。
「だから待てって!」
土に足を取られる。
「わっ!」
つまずく。
手をつく。
スカートに土。
膝から下も土。
「もう!」
立ち上がって、また追う。
走って。
潜られそうになって。
追い出して。
投げて。
また走って。
そして。
「捕まえたー!」
ようやく。
でっかいモグラを抱え上げる。
「ふう……」
重い。
「デカイなー」
「今年のはでかいな」
モグラ退治は毎度の行事。
今年もしばらく続きそうだ。
「やれやれ」
農家さんの家まで戻ってくる。
すると。
「あれ、御形ちゃん。なんて格好してるんだい」
農家のおばあちゃん。
そりゃそうだ。
スカートで、膝から下は土まみれ。
手には、でっかいモグラ。
「まあ、いろいろありまして」
「洗っていきなさい」
「ここで、これ絞めてもいい?」
「はい、していきな」
「はい、ありがとうございます」
家先の水場を借りる。
じゃぶじゃぶ。
手を洗って。
足も洗う。
スカートについた土も、落とせるだけ落とす。
「ふう」
さっぱり。
……したかな?
おばあちゃんがモグラを見る。
「モグラはどうするかの?」
「んー、毛皮くらいかね」
「そーかい」
「置いていくか?」
「いや、邪魔だろ? ばあちゃんちで取れたって言って持っていくよ」
「そうかい。すまんのう」
「いいよいいよ」
「お茶でも飲んでけ」
「うん」
軒先で、お茶をいただく。
いい天気。
いい風。
畑を眺めながら、おばあちゃんと世間話。
今年の作物。
雨の話。
近所の話。
修道院の子供たちの話。
どうでもいいような。
でも、大事な話。
お茶を一口。
「ふう」
うん。
平和だー。
「さあ、戻るか」
立ち上がる。
「ばあちゃん、ごちそうさまでした!」
「うん、きいつけてなー」
「はーい」
農家を後にする。
来た道を戻って。
寺まで戻ってきたところで、和尚と目が合った。
「こんにちは」
お辞儀する。
和尚もこちらを見る。
わたしを見る。
スカートを見る。
手にぶら下げた巨大なモグラを見る。
そして。
空を見上げた。
「和尚! 雨なんか降らないから!」
「あはは」
和尚が笑う。
もう。
手を振って別れる。
次は八百屋さん。
「こんにちはー」
「あ、御形のお姉さん……」
お嬢さんが固まった。
「ん?」
「なんで? 朝と全然違う」
「あー」
自分を見る。
「まあ、いろいろあってね」
「せっかく、お姉さんだったのに」
「まあ、わたしだから」
「よよよ……」
本当に悲しそうにする。
「そんな?! わたしの格好!」
そんなにか?
えー。
今のわたし。
右手に、でっかいモグラ。
左手に、ジャガイモの袋。
膝から下は、土まみれのスカート。
「うーん……」
まあ。
うん。
わたしだな。
そんなことを考えながら、道具屋さんへ向かう。
後ろから。
なんだアレ?
という視線。
振り返る。
防具屋の親父さんだ。
モグラを見る。
ジャガイモを見る。
スカートを見る。
わたしを見る。
呆れてる。
「はあ……」
なんだよ。
そのまま道具屋さんのドアをくぐる。
「こんにちはー」
「はいはい」
店の奥から顔が出る。
そして、わたしの手にあるものを見る。
「おー、そんな季節だね」
「はい。お願いします」
「どこで?」
「農家のおばあちゃん家で」
「ありゃ。農地でかい?」
「農地でですね」
「大変だなぁ」
「後日はお手伝いですね」
「だろうな」
しばらく畑仕事とモグラ退治かな。
「じゃあ、これはおばあちゃんちので処理しておくね」
「はい、お願いします」
さてと。
とりあえず帰るかな。
着替えなきゃだし。
家へ向きを変える。
空を見上げる。
いい天気!
もうすぐお昼。
「お昼、何かなー」
お昼過ぎ。
「ただいまー!」
家の玄関のドアをくぐる。
その先。
台所。
テーブルに、でっかいのが座ってモグモグしてる。
「おー、お帰り!」
「ただいま……?」
籐吾を見る。
「あんた、もしかして今起きた?」
知らぬ顔。
モグモグ。
――こいつ、絶対昼過ぎまで寝てたな。
籐吾がわたしを見る。
「なんでそんな格好?」
「いーだろ。着替えて来る」
台所から出て、部屋へ。
着替えを取って、お風呂場へ。
汗と土を流す。
「ふうー!」
さっぱりした。
そのまま台所へ戻る。
籐吾はまだモグモグしている。
わたしを見て。
「?! また!」
「なに!」
「着替え!」
「今から!」
「ったく」
なんだよ。
今から着るって。
ふと。
テーブルを見る。
「……ん?」
皿。
空。
鍋。
……空?
「あー! あんた!」
「ん?」
「わたしの分は?!」
「へ?」
籐吾がテーブルの皿を見る。
右。
左。
「ないな」
「お前、全部食ったんか?!」
「んー、らしいな。不思議だ」
「らしいじゃないだろ!」
もう!
「おばーちゃーん! 籐吾がー!」
言いつけてやる。
奥から祖母が出てくる。
「あらまあ、籐吾。全部食べたんかい?」
「そうらしい」
「らしいじゃないだろ!」
「仕方ないねー。御形、ちょっと待ってな。なんか作ってあげるから」
「ラッキー!」
「あ、俺のもよろしくお願いします!」
「あんた! まだ食うんかい!」
籐吾が頭をかく。
なんて、平和なんだろう。
……平和か?
これ?
お昼ご飯の取り合いも終わって。
午後のひと時。
お茶を飲みながら、のんびりする。
「籐吾」
「んー?」
「道具屋にモグラ取りに行くから」
「モグラか?」
「ん、モグラ」
「そんな季節か」
「そんな季節」
「……」
籐吾が少し考える。
「しばらく畑仕事とモグラ退治だな」
「だね」
今年も、そんな季節が始まった。
二人で家を出る。
道具屋へ。
「こんにちはー」
「はいはい。お、御形ちゃん。出来てるよ」
「ありがとうございます」
処理された毛皮を受け取る。
きれいになったものを広げてみる。
うん。
立派。
「とりあえず、ばあちゃんのとこ持って行くか」
「ほい」
そのまま二人で農家へ。
「おばーちゃーん!」
しばらくして。
「はいはい。あら、御形ちゃん」
おばあちゃんが出てくる。
「毛皮どうする?」
「ああ、そーだね。どうせしばらく取れるしね」
「多分ね」
一匹出れば、それで終わりとは限らない。
去年も何匹か出た。
「去年のもあるし、今年は修道院に持って行くかい?」
「余ってるなら、それがいいかな」
「じゃあ、今年は修道院にお願い」
「わかりました! てことで、籐吾!」
「了解!」
今度は修道院へ。
さっきまで農家にいたと思ったら、今度は村の中心へ逆戻り。
まあ、急ぐ用事でもない。
二人でのんびり歩く。
修道院へ着いて。
「と言うことになりまして、これ、農家のおばあちゃんからです」
毛皮を差し出す。
「ありがとうございます」
「いえ、おばあちゃんに言ってあげてください」
「はい。感謝します」
これでよし。
修道院を出る。
「帰ろ! 籐吾」
「ほい」
二人並んで歩く。
「……」
しばらくして。
籐吾が止まった。
「どうした?」
「……」
くんくん。
鼻を動かしている。
その方向。
食堂。
「は? まだ食うんかい?」
「……」
返事しろ。
結局。
食堂でコロッケをゲット。
籐吾はモグモグしながら歩いている。
ほんとによく食べる。
八百屋さんへ。
「こんにちはー」
「あ、御形のお姉さん!」
お嬢さんがわたしを見る。
一瞬、嬉しそうな顔。
でも。
上から下まで見て。
「……パンツなんだ」
「あー。汚しちゃってね」
「はあ……」
なんでため息つくの?
「そうそう。タマネギとにんじんください」
「はーい」
なんだか少しだけ残念そうなお嬢さん。
店先では。
籐吾がコロッケをモグモグしてた。
野菜を抱えて帰り道。
夕方。
朝とは少し違う風が吹いている。
村のあちこちから、晩ご飯の支度をする匂いが漂い始める。
「なー」
「んー?」
「晩飯なに?」
「……」
やっぱり、それか。
「こないだの牛すじで作るシチューだよ」
「おー。食欲そそるな」
「おまえは食欲だけだな」
「そんなことないだろ?」
「絶対、だけ!」
「……」
なんか言いたげな籐吾。
何よ。
その顔。
二人で夕方の道を帰る。
家へ帰ると。
ばあちゃんが今晩のおかずの仕込みをしていた。
わたしも買ってきた野菜を並べる。
ジャガイモ。
タマネギ。
にんじん。
切って。
炒めて。
牛すじと一緒に煮込む。
ぐつぐつ。
ぐつぐつ。
いい匂い。
テーブルでは籐吾が待っている。
「まだー?」
「まだまだだよ? 稽古でもしてこいよ」
「腹減るじゃん」
「食べるばっかじゃ太るよ!」
「……」
籐吾が黙る。
「なに?」
「太ったらイヤか?」
「へ?」
籐吾を見る。
今でも十分でっかいけど。
「太った籐吾はイヤかなぁ」
「……」
すっ。
籐吾が立ち上がった。
そのまま、そそくさと裏庭へ。
稽古しに行った。
「なんなんだ、あれ?」
ばあちゃんがくすくす笑っている。
なんだろ。
しばらくして。
家いっぱいに晩ご飯のいい匂いが立ち込める。
すると。
じいちゃんと籐吾が匂いに釣られて戻ってきた。
「ほら、水浴びといで!」
二人とも、さっさと動く。
こういう時だけ早い。
まったく。
おばあちゃんの料理の匂いには敵いません。
やがて。
じいちゃん。
ばあちゃん。
籐吾。
わたし。
四人揃って。
湯気の立つ料理を囲む。
「いただきます!!!!」
籐吾がバクバク食べる。
本当に美味しそうに食べるなあ。
「ほら、ご飯ついてるよ」
籐吾のほっぺについていたご飯粒を取る。
そのまま、ぱく。
籐吾は気にせず、まだバクバク。
「よく食べるねぇ」
ばあちゃんが笑う。
「おかわり!」
「はいはい」
わたしが籐吾のおかわりをつぐ。
山盛り。
「ほら」
「ありがと」
また食べ始める。
今日は。
何にもなかったけど。
なんか、いい一日だった。
朝起きて。
じいちゃんと稽古して。
珍しくスカートなんか履いて。
村を歩いて。
みんなと挨拶して。
子供たちに捕まって。
モグラを追いかけて。
土まみれになって。
おばあちゃんとお茶を飲んで。
籐吾にお昼ご飯を全部食べられて。
二人で村を歩いて。
買い物して。
帰ってきた。
ただ、それだけ。
外では、日が暮れていく。
家の中には、晩ご飯の匂い。
目の前にはじいちゃんとばあちゃん。
隣では籐吾がモグモグしている。
うん。
こういう日でいい。
こういう日が、いい。
「おかわり!」
「また?!」
今日も。
わたしの村は平和です。




