わたしの章
わたしが籐吾を認識したのは、六歳の頃。
両親を亡くして、祖父に引き取られてから二年ほど経った頃だった。
籐吾も、同じくらいの時期に両親を亡くしている。
身寄りのなくなった籐吾は修道院へ。
わたしは祖父のところへ。
そんなわたし達が顔を合わせたのは、村の寺子屋だった。
一緒に勉強した仲――と言えば、まあ、そうなんだけど。
もっとも。
わたしは悪ガキどもと一緒になって、遊び回っていた。
籐吾はというと。
まあ、真面目なヤツだった。
昔からガタイはいい。
そのくせ、ちゃんと座って勉強する。
読み書きもする。
計算もする。
そのうえ、修道院で色んな習い事までしている。
わたしには、よく分からんヤツだった。
「籐吾! 遊ぼうぜ!」
「んー、これ終わってから」
「まだやるの?」
「御形? なんで五分も座ってられないの?」
「だって、退屈じゃん」
まあまあ、合わない。
優等生め。
そんな籐吾との付き合いが始まって、二年後。
籐吾が十歳。
わたしが八歳の時。
籐吾が、うちの祖父に弟子入りした。
どうしても弟子にしてほしいと、籐吾の方から願ったらしい。
つまり。
わたしに弟弟子ができた。
二つ歳上の。
「ふふん! 今日から籐吾は、わたしの弟分ね!」
ぱこん。
祖父に頭を叩かれた。
「歳上だろが!」
「弟弟子だから弟だ!」
「まったく……」
そんなわけで。
寺子屋でも、わたしは籐吾を従えた。
「籐吾! 行くよ!」
「はいはい」
ついてくる。
「籐吾! あれ取って!」
「これ?」
ひょい。
背が高いから、わたしじゃ届かないものにも簡単に手が届く。
便利。
実に便利。
――が、しかし。
この籐吾。
やらせれば、だいたいなんでもわたしより上だった。
力がある。
背も高い。
頭もいい。
剣を持たせても、覚えがいい。
まあ。
歳上なんだが。
それでも。
なんか腹立つ。
だから、考えた。
籐吾と同じ土俵で戦っても勝てない。
だったら、同じ土俵で戦わなきゃいい。
わたしは祖父に頼んだ。
それまで使っていたロングソードをやめる。
もっと細く。
もっと速く。
もっと正確に扱えるもの。
長剣へ。
そして、なぜか。
籐吾は――大剣を選んだ。
ある日。
祖父に聞いた。
「あいつの考えてること、わかんね」
「そうか?」
「なんで大剣なの?」
「なんでって」
祖父は、なんでもないことみたいに言った。
「あいつの考えは、はっきりしてたぞ」
「?」
「あいつ、絶対ロングソードだろ」
「お前だってそうだろ」
「……?」
「あいつと同じじゃ勝てない」
「……」
わたしは少し黙った。
祖父が笑う。
「相変わらずだな、お前らも」
なんだよ。
同じこと考えてたのか。
それから。
籐吾は身体を鍛えた。
鍛えて。
鍛えて。
さらに鍛えた。
大剣を振るうために。
大剣に振り回されないために。
自分より大きな相手だろうが、硬い相手だろうが、真正面から叩き伏せられるように。
気がつけば。
昔から大きかった籐吾は、さらにデカくなっていた。
「お前、デカいな」
「お前もな」
「わたしは普通だ」
「普通ではないと思う」
「うるさい」
わたしは速さを選んだ。
正確さを選んだ。
相手より先に動く。
見切る。
躱す。
そして、狙ったところへ確実に剣を通す。
籐吾は力を選んだ。
受ける。
踏み込む。
そして、真正面から全部ぶち抜く。
わたしは――速さと正確さ。
籐吾は――絶対的な力。
同じ師匠から剣を習って。
同じ相手を見ながら育って。
まったく違う剣士になった。
でも。
たぶん。
最初から考えていることだけは。
わたし達は、よく似ていた。
ある乾季の日。
カンカンカンカンカンカンカンカン――!
櫓から半鐘が鳴り響いた。
考えるより先に身体が動く。
長剣を掴む。
家を飛び出す。
後ろから、籐吾が続く。
「御形!」
「わかってる!」
防護林を抜ける。
その外側。
外界。
乾季の乾いた大地の向こう。
キャラバンが見えた。
こちらへ向かって走っている。
荷車。
馬。
人。
隊列は乱れていた。
その後ろ。
馬に乗った連中が追っている。
カンカンカンカンカンカンカンカン――!
村から半鐘が鳴り続ける。
「盗賊共が!」
頭の中が、一瞬で熱くなった。
籐吾の声を置き去りにして、わたしは走った。
全力で。
やがて、逃げてきたキャラバンとすれ違う。
「村へ行け!」
叫ぶ。
そのまま立ち止まり、一度大きく息を吸う。
吐く。
腰からスリングショットを抜いた。
狙う。
先頭。
――放つ。
石弾が飛ぶ。
先頭の盗賊へ直撃した。
馬上から男が落ちる。
手綱を失った馬が暴れた。
後続の馬が避ける。
ぶつかる。
隊列が乱れる。
――今だ。
地面を蹴る。
一気に間合いへ入った。
長剣を抜く。
一人。
抜ける。
二人目。
斬る。
さらに前へ――。
ぶおん!
背後から、空気そのものを殴り飛ばすような音。
数人がまとめて吹き飛んだ。
籐吾の大剣。
「また横殴りか?!」
「早い!」
「たく!」
巻き込まれたら洒落にならん。
わたしはそのまま籐吾の横を抜ける。
さらに後方。
まだ馬上に残っている連中へ迫った。
踏み込む。
斬る。
返す。
躱す。
切り裂く。
問答無用。
盗賊共が散り散りになって襲いかかってくる。
遅い。
長剣を薙ぐ。
一人。
もう一人。
逃げようと背を向ける者。
武器を落とす者。
「ま、待て!」
知らん。
長剣を振り上げる。
「御形!」
身体が止まった。
違う。
止められた。
後ろから。
両腕ごと。
身体ごと。
抱え込まれている。
「籐吾! 放せ!」
「放さん!」
「放せって!」
暴れる。
蹴る。
振りほどこうとする。
びくともしない。
「まだいるだろ!」
「もう終わりだ!」
「終わってない!」
「終わりだ!」
籐吾がわたしを抱えたまま後ろへ下がる。
駆けつけた衛兵達がこちらを見る。
誰も何も言わない。
ただ。
道を開けた。
そのまま。
ずるずると。
わたしは籐吾に連れて行かれた。
防護林を抜け。
外苑まで。
ようやく籐吾がわたしを放した。
腹が立つ。
ものすごく。
籐吾にも。
逃げていった盗賊共にも。
全部に。
わたしの両親は、わたしが四歳の頃に死んだ。
キャラバンを盗賊達から守るために。
籐吾の両親も、村を襲った盗賊達と戦って死んだ。
わたしの両親も。
籐吾の両親も。
ハンターだった。
だから。
わたしは盗賊共を許さない。
どんな理由があろうが。
何があろうが。
絶対に。
「……なんで」
籐吾は黙っている。
「なんでだよ!」
何も言わない。
「籐吾は悔しくないの?!」
答えない。
「父さんと母さん、殺されたんだろ!」
「……」
「悔しくないのかよ!」
籐吾は黙っている。
いつもこうだ。
盗賊が現れる。
わたしが暴れる。
籐吾が止める。
わたしが怒る。
籐吾は何も言わない。
そのうち。
わたしは泣く。
今日も、そうだった。
涙が出る。
腹が立つ。
悔しい。
忘れられない。
四歳だった。
ほとんど覚えていない。
顔だって。
声だって。
もう、ぼんやりしている。
なのに。
死んだ理由だけは、はっきり覚えている。
「……くそっ」
涙を拭う。
また出てくる。
籐吾は何も言わない。
慰めもしない。
正しいことも言わない。
怒ることもない。
ただ。
わたしの隣にいる。
「……籐吾」
「ん」
それだけ。
いつもこうだ。
わたしは泣く。
籐吾は、ただ一緒にいてくれる。
それだけだ。
キャラバンは無事だった。
怪我人はいたものの、死者はいない。
荷も、馬も、ほとんどが無事。
それでいい。
それだけは、本当によかった。
そして。
外界に残された盗賊達の遺体は、村へ運ばれた。
手厚く葬るために。
それが、和尚の持論だ。
昔。
どうして盗賊なんかをちゃんと葬るんだ、と聞いたことがある。
和尚は、いつもの穏やかな顔で言った。
「死んだら、良いも悪いも何もない。みんな同じく屍じゃ」
それから、遺体へ目を向けて静かに続けた。
「せめて手厚く葬ろう。我々はそれができるのだから」
わたしには、まだよく分からない。
今日、あいつらはキャラバンを襲った。
一歩間違えば、人が死んでいた。
昔。
父さんと母さんを殺したのも、同じ盗賊だ。
だから。
わたしは葬儀には加わらなかった。
少し離れたところから、ただ見ている。
穴が掘られる。
遺体が納められる。
和尚がお経を読む。
村の者達が静かに手を合わせる。
わたしは手を合わせない。
ただ、見ている。
そして。
隣には籐吾がいる。
ずっといる。
こいつは、こういう時。
絶対にわたしから離れない。
わたしが普通になるまで。
絶対に。
「籐吾」
「ん?」
「邪魔」
「そうか」
動かない。
「……あっち行って」
「うん」
行かない。
返事だけ。
行く気もない。
しばらく。
二人で黙って葬儀を見ていた。
和尚のお経が聞こえる。
乾季の風が吹く。
土の匂いがする。
さっきまで身体の中にあった熱は、もうほとんど残っていなかった。
「籐吾」
「ん?」
「ありがとうね」
「ん」
それだけ。
それだけでいい。
わたし達は、また普通に戻れる。
盗賊達の一件があってから、数日。
わたしと籐吾は、毎日外界の縁に立っていた。
お礼参りに備えて。
あれだけ派手に一蹴されたのだ。
仲間がいるなら、報復に来る可能性はある。
だから。
わたし達が立つ。
別に隠れる必要もない。
むしろ、見えるところに。
あの時、盗賊達を一蹴した二人が最前線に立っている。
それが分かれば。
普通なら、無用な争いは避けるだろう。
相手が無能でないことを祈るばかりだが。
「来ないね」
「来ないな」
「暇」
「いいことだろ」
「まあね」
何も起きない。
外界を眺める。
時々、籐吾と話す。
それだけ。
それでいい。
何も起きないなら、それが一番いい。
結局。
盗賊達が再び姿を見せることはなかった。
そして。
あの日、村へ逃げ込んできたキャラバンは一週間ほど村に滞在した。
怪我人を休ませ。
馬を休ませ。
荷を整え。
旅支度をやり直して。
再び外域へ出ていく日が来た。
わたしと籐吾は、その日も門番。
荷車が一台ずつ村を出ていく。
御者達がこちらへ頭を下げる。
最後に。
キャラバンの代表が、わたし達の前へやって来た。
「本当に助かりました」
「いえ。これからの旅路の無事を祈ります」
籐吾が答える。
うん。
こういう時は、籐吾に任せる。
わたしが喋るよりいい。
代表はもう一度、深く頭を下げた。
やがてキャラバンが動き出す。
車輪が土を踏む。
馬が歩く。
人が歩く。
少しずつ村から離れていく。
きっと。
これから色んな土地へ行くのだろう。
色んな村へ。
色んな町へ。
そして。
方々で、この村のことも。
わたし達のことも話すのだろう。
外界の小さな村。
そこには。
大剣を持ったデカい男と。
長剣を持った女がいる。
盗賊を追い払った二人がいる、と。
それが広がればいい。
強いから襲わない。
危険だから近づかない。
理由なんて、それでいい。
戦わなくて済むのなら。
わたし達の話が、少しでも抑止になればいい。
「……行っちゃったね」
「うん」
わたしは手を振る。
籐吾も隣で手を振る。
遠ざかっていくキャラバン。
小さくなって。
さらに小さくなって。
外界の向こうへ。
見えなくなるまで。
わたし達は、ずっと手を振って見送った。
籐吾は、わたしの弟弟子だ。
だから。
同じ家に住んでいる。
もう十年以上。
祖父――師匠の家で。
同じものを食べて。
同じところで剣を振って。
同じ仕事をして。
ずっと一緒。
だから。
今さら、こいつに遠慮するようなことなんて、ほとんどない。
「籐吾! お風呂上がったよ」
「おう――って、またおまえ!」
「なに?」
風呂上がり。
パンツ一枚。
肩にはタオル。
籐吾が露骨に顔を逸らした。
「ちゃんと服着ろ!」
「これから着るよ」
「部屋で着てこい!」
「あんたもおんなじ格好でしょ」
「俺はいいんだよ!」
「なんで?」
「なんでも!」
籐吾は着替えを掴むと、そそくさと風呂へ行ってしまった。
「……変な籐吾」
なんなんだ、あいつ。
昔はこんなんじゃなかったのに。
ここ数年。
なんか変だ。
風呂上がりに鉢合わせると逃げるし。
着替えていると部屋から出ていくし。
まあ、いいか。
よく分からん。
夜。
寝る前。
「なあ、籐吾」
「んー?」
「明日は見回りの日だよね」
「そーだなぁ」
わたし達の部屋。
ベッドは上下の二段ベッド。
弟子同士。
ずっと同じ部屋。
もう十年以上になる。
ちなみに。
わたしが上。
籐吾が下。
当然である。
わたしは姉弟子だから。
歳?
関係ない。
姉弟子は上なのだ。
「明日は師匠、行かないらしいぞ」
下から籐吾の声。
「じゃ、明日は二人?」
「いや。見習いを二人、回すらしい」
「えー」
わたしはベッドから顔を出した。
「子守はやだよー」
「俺たちもしてもらっただろ」
「そうだけどさ」
「だったら今度は俺たちの番だろ」
「むー」
正論。
気に入らん。
「……なんだよ」
「別に」
「言いたいことあるなら言えよ」
「だってさ」
「うん」
「絶対、籐吾さん籐吾さんってなるじゃん」
少し間が空いた。
「……なんだそれ」
「だって、そうじゃん」
見習いの連中。
特に若い連中は、なぜか籐吾に懐く。
籐吾さん。
籐吾さん。
これどうするんですか。
籐吾さん、教えてください。
「わたしもいるっつーの」
下から籐吾が笑った。
「おまえが愛想悪いからだろ」
「だって、めんどいもん」
「なら仕方ないだろ」
「でも、わたしが姉弟子なのに」
「関係ねえよ」
「ある」
「ない」
「ある!」
「はいはい」
なんだ、その返事。
「籐吾」
「ん?」
「明日、ちゃんとわたしにも振れよ」
「仕事を?」
「そう。半分ね」
「はいはい」
「はいは、一回」
「はい」
よし。
静かになる。
そろそろ寝よう。
目を閉じたところで、下から声がした。
「……なら、やきもち妬くなよ」
「――は?」
「おやすみ」
「ちょっと待て!」
返事がない。
「籐吾!」
「……」
「寝たふりすんな!」
「……」
「やきもちじゃないし!」
「……」
「姉弟子として言ってんの!」
「……」
「籐吾!」
返事なし。
くそ。
なんなんだ。
わたしは布団を被る。
「……むー」
下の段から、小さく笑う声が聞こえた気がした。
別の日。
「籐吾、シャツ貸しな」
「ん?」
「肩んとこ、ほころびてるから」
「あー」
籐吾が自分の肩を見る。
まあ、見えんよね。
そのままシャツを脱いで、わたしに渡してきた。
「ほい」
「ん」
受け取る。
まだ暖かい。
ついさっきまで籐吾が着てたんだから、当たり前だけど。
シャツの表を見て。
裏返す。
「あー、ここね」
糸が切れて、縫い目が少し開いている。
これくらいなら、すぐだ。
裁縫箱から針と糸。
糸を通して。
ちく。
ちく。
縫い縫い。
なんか近いな。
顔を上げる。
上半身裸の籐吾が、横から覗き込んでいた。
「なに?」
「いや」
籐吾が、わたしの手元を見る。
「心配なの?」
「違う違う」
今度は自分の手を見る籐吾。
大きな手。
太い指。
大剣の柄を握るために鍛え続けた、硬い手。
それをしげしげと眺めてから、またわたしの手元を見る。
「手先、器用だなぁ」
「あんたに比べたらね」
「俺、こういうの無理だもんな」
「知ってる」
「すげーなって思って」
「そう?」
「うん」
ちく。
ちく。
最後に糸を結んで、余ったところを切る。
「ほら、出来た!」
「お」
籐吾にシャツを返す。
「ありがとうな」
「ほら、着てみてみ」
籐吾が袖を通す。
肩を回す。
わたしも縫ったところを確認する。
うん。
大丈夫。
「よし、オッケー」
「助かった」
「これくらい自分で出来るようになりなよ」
「御形がいるからいいだろ」
「……まあ、いいけど」
籐吾はそのまま。
何事もなかったように、いつものシャツを着ている。
わたしも裁縫箱を片づける。
こんなの。
昔から何度やったか分からない。
籐吾が破く。
わたしが直す。
また籐吾が着る。
ただそれだけ。
いつものことだ。




