蓼の章 第二幕 あたらしい
穏やかな光の中。
柔らかな風が渡ってゆく。
雨の季節が過ぎて。
地面も少しずつ乾いてきた。
そんな日の、お昼。
「こんちわ!」
「あら、いらっしゃい。御形さん」
「見回りの途中だけど、お昼いいかな?」
「どうぞどうぞ」
御形さんがいつものようにカウンターに腰掛ける。
「最近どうですか?」
「そろそろ狩りに行きたくてね」
「もう外も良さそうな?」
「ああ。地面も硬くなったし」
「じゃあ、またお肉ですね」
「うん」
そんな話をしながら。
御形さんが、わたしを見る。
「……」
「ん? なにか?」
「蓼」
「ん?」
「おまえ、太ったか?」
「え?」
思わず両手を広げて、自分の身体をあちこち見る。
お腹。
腰。
腕。
「あ、あー!」
「え……?」
御形さんが、わたしのお腹を見る。
「おまえ、赤ちゃん!」
「あ、わかりますか。御形さんには」
「毎日見てるからね」
「毎日見てるから、逆に気づかないかと思ってました」
「なんか最近、柔らかいと思ったら」
「柔らかい? ですか?」
「感じな、感じ。あー、おかあさんの感じか!」
「そんなに?」
「誰にも言われない?」
「女将さんだけ」
「萱は?」
「ぜんぜん」
「そんなもんなの?」
「どうなんでしょう?」
「さあ? わたし持ってないから、赤ちゃん」
「ですよねー」
御形さんが、もう一度わたしのお腹を見る。
それから、ぱっと笑った。
「そっか。あ、おめでとう!」
「ありがとうございます」
「いついつ?」
「んー。乾季の始めくらいじゃないかと」
「ふーん」
「まだまだ秘密ですよ」
「そうなの? なんで?」
「まだ安定しないんだよ。赤ちゃんってのは」
女将さんが奥から口を挟む。
「女将さん、そうなの?」
「雨季で月二巡りとして、あと月二巡りだろうね。そしたら言ってもいいさ」
「大事にしなきゃいけない時期か」
「だね」
「ふーん」
御形さんが、じーっとわたしのお腹を見つめる。
「なんだい? 御形でも気になるかい?」
「だって赤ちゃんかわいいだろ」
「かわいいだけじゃないけどねー」
お腹に手を当てながら答える。
「やっぱそっかー」
御形さんには、ばれてしまいました。
それから、またある日。
「蓼ー!」
外から御形さんの声。
「御形さん、どうしました?」
「これ!」
差し出された手には、丸々とした鳥が一羽ぶら下がっている。
「たくさん食べて栄養つけないとだろ」
「ありがとうございます」
ありがたくいただいた。
そして次の日。
「蓼ー!」
また来た。
そして、また鳥を持っている。
「御形さん。わたし、ほんとに太りますよ」
「二人分いるじゃん」
「それ、まだまだ先です。お腹だってまだぜんぜんでしょ?」
御形さんが、わたしのお腹を見る。
「うーん。そんなことないけど」
「え? ほんとに太ってます?!」
「うそ、うそ」
「もう! 御形さん」
御形さんが笑う。
それから、またお腹を見る。
「でも、楽しみだなあ」
「ふふふ。御形さんも、おかあさんみたいですねー」
「いいなあ」
「いいですよー」
何がいいのかは、よくわからないけれど。
御形さんは嬉しそうだった。
そして今日は、手ぶらの御形さん。
あれから毎日。
食堂が暇な、人のいない時間になるとやってくる。
「蓼ー、どんなー?」
「変わりませーん」
「そっかー」
毎日、だいたいこんな感じ。
今日は鳥もない。
だから、そのままカウンターに座って。
なんとなく話をしていた。
「そういえば萱、どうすんの?」
「萱がなにか?」
「いや、まだまだ見習い?」
「さあ? どうなんでしょう?」
「親方、引退すんのかな?」
「まだでしょう。それは。あんなに元気だし」
「だよなあ」
御形さんが首を傾げる。
「一人立ちしないのかな?」
「そこは親方さんじゃないと」
「女将さん! 聞いてないのー?」
奥にいる女将さんへ御形さんが声を飛ばす。
「さあ、どうかねー」
「ん?」
御形さんが、少しだけ目を細めた。
「なんか知ってそうな返事だよ、あれ」
「わたしには分かんなかったですよ」
「いーや。絶対なんか知ってる」
「言わないってことは、まだまだじゃないです?」
「ああ。そういうことか」
そんな話をしていると。
「あ、棟梁さん。いらっしゃい!」
「お、御形もいるのか。女将は?」
「女将さーん! 棟梁さん」
「はいはいはいはい。すまないね、呼びつけて」
女将さんが奥から出てくる。
「いいって。帰り道だ。で? なんだ?」
「食堂の横の、あたしの部屋の横に家建てておくれ」
「繋げてか?」
「ああ。あたしのを挟んで、横に繋げてね」
「ふん」
棟梁さんが少し考えて。
「蓼の部屋か?」
「ああ。いま一緒だけど、別にしようと思ってね」
「そうだな。その方がゆっくりできるな」
「いつ出来る?」
「あ? すぐ始めさせよう。要らん仕事が入る前に」
話が、どんどん進んでいく。
「あの?」
「ん? なんだ? 蓼。なんか希望があるか? 聞いとくぞ」
「いや、わたしの部屋?」
「そうさ。あんたの家だよ」
「まあまあ、あった方がいいよね」
御形さんまで普通に頷いている。
「御形さん、そんな簡単に」
「でも、いるだろ?」
「まあ……」
いる。
のかな。
「いいんですか? 女将さん」
「雨季で出来なかったことをするだけだよ。気にしなくていいよ」
「よかったな、蓼」
「ありがとうございます」
棟梁さんと女将さんは、そのまま何やら話を始めた。
どれくらいの広さだとか。
どこを繋げるだとか。
御形さんまで横から何か言っている。
わたしは、それを聞きながら。
なんか。
わたしの部屋?
女将さんは家って言ってるし。
わたしの家が出来るそうです。
はい。




