↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
花の 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/58

蓼の章 第一幕 いつも

雨季も終わり。

風も清々しい香りを運ぶようになった。


そして空からは、

柔らかな陽の光が差し始める。


温暖季がやって来た。


朝。

店の前に立って、

まだ湿った地面を見る。


雨は止んだけれど、

外界へ出られるほどには、まだ乾いていない。


ところどころに水が残っていて、

踏めば靴が沈みそうなくらい。


「どうだかねー。いつ頃乾くかね」


女将さんも店先から外を眺めている。


「そうですね。まだまだですかねー」


そんな話をしていると、


「おはようございます!」


聞き慣れた声。


「あら、おはようさん。朝から蓼かい?」

「いやいや、ちゃんと食堂にです」


萱が慌てて否定する。

わたしも笑いながら、


「え? わたしじゃないの?!」

「いや、それもあるけど」

「え? わたしは『も』なの?」


「いえ、はい、すみません。食堂がついでです」

「あはは! 最初からそう言いな。で?」


女将さんが笑う。


「あ、親方と出かけるんで、今日はお弁当をお願いしたくて」

「あー、今日は見回りかい?」

「そうです」


「ご苦労さん。蓼と話しながらちょっと待ってな」


女将さんはそう言って、奥へと入っていった。


「今日は遅くなる?」

「まあ、点検次第だけど」

「そっか。雨が止んだら忙しいね」

「まあね。散々暇してたし、仕方ない」

「わたしは嬉しかったけど?」

「いや、おれだって、その……」

「ん? なーに?」

「嬉しかった! 会う時間が減って寂しいです!」

「うふふ」


「なんだい、なんだい。晴れたらいきなり店先でいちゃいちゃかい?」


いつの間にか女将さんが戻ってきていた。


「もう! 女将さん!」

「あはは。ほれ、弁当! 前の日に言いな。そんときゃ蓼にあんたの分作らすから」

「あ、次はそうします!」


「はい、行っといで」

「行ってきます!」

「行ってらっしゃーい」


遠ざかっていく萱の背中。

姿が見えなくなるまで見送る。


見えなくなってから振り返ると。

女将さんがニヤニヤしていた。


「……なんですか?」

「もういいのかい?」

「はい……」


「帰りは泥だらけだろうね」

「あ、ですね。お風呂用意してあげときゃなきゃ」

「心配かい?」

「まあ、外界よりはいいんでしょうけど。外は外ですから」

「そうだね」


雨が止めば、

みんな外へ出ていく。


道を見て。

水路を見て。

森を見て。


止まっていたものが、

また少しずつ動き始める。


その日の夕方。


「ただいまー!」


声が聞こえた。


「あ、おかえりなさい!」


店先へ出る。


萱。

やっぱり泥だらけ。

その後ろには親方さん達もいる。


「蓼! これ」

「はい?」


御形さんから手渡されたのは――


数羽の鳥。

ずしっと重い。


「終わりにちょっと寄り道して狩ってきた」

「まあ、丸々してる。みなさんも食べて行きますか?」


「ああ、おれらは酒の時な」


親方さん達が笑う。


「わたし達は風呂入って夜来るよ」

「はい! 準備しておきますね」


「よろしく!」

「頼むわ!」


泥だらけの人達を見送って。


「ほらほら、萱はお風呂沸いてますよ。入って来てください」

「はいはい」

「そのまま歩かないでくださいね。床が泥だらけになりますから」

「はい……」


「返事だけじゃなくて」

「はい」


ふふふ。


お風呂から上がった萱は、

カウンターで温かいスープを飲んでいた。


その隣に座る。


「今日はどうでした?」

「初めの補強が良かったみたいで、水路は全く異常なしだったよ」


「そう」


よかった。


「あと、水が溜まったところを流してきたくらいで」

「良かったね」

「思ったより早く終わったんで、防護林の方も見れてね」

「え? 危ない動物達はいなかった?」

「まだ晴れたばっかだからね。動物達も戻ってないみたい」

「そうなんだ」

「んでさ」

「うん」


「結構たくさんキノコが出てるんだよ」

「キノコが?」

「そう。採集家の人達に話が行くから、きっとキノコがたくさん採れると思う」


キノコ。

たくさん。


「キノコご飯がつくれる。女将さん!」

「どうした?」


奥から声が返ってくる。


「キノコがたくさんですって!」

「そうかい。じゃあ入ったら、キノコづくしやろうかね」

「ですねー」


キノコご飯。

キノコの汁物。

焼いてもいい。

煮てもいい。


雨季が終わると、

食べるものも変わっていく。


夜になって。


「女将! 飲みに来たぜ!」

「いらっしゃい! 親方さん」


「こんばんはー」

「いらっしゃい、棟梁さん」


一人来て。

また一人来て。

いつの間にか席が埋まっていく。


ワイワイ。

ガヤガヤ。

いつもの食堂が戻ってくる。


「蓼! 来たよー」

「あ、御形さん、籐吾さん。こんばんは!」


二人もやって来た。


「籐吾さんは鳥ももですねー」

「あんまり食わさんでいいよ。晩御飯食べて来たんだから」


御形さんがすぐに止める。


「あ、おれ、大きいの二つね」

「食うなって!」

「ふふふ。小さいのにしときましょう」

「えーーー」

「だから食うなって!」


また笑い声が上がる。


親方さん達が飲んで。

棟梁さんが笑って。

御形さんが籐吾さんを止めて。


籐吾さんは食べて。

女将さんが呆れて。

萱が笑っている。

わたしも笑う。


いつもの夜。

いつもの食堂。

いつもの人達。


いつものいつもが、一番いい。


ふと外を見る。


夜の空には、

お月さまが浮かんでいた。


雨季の間、

ずっと雲の向こうに隠れていたお月さま。


久しぶりに姿を見せて。

賑やかな食堂を。

笑っているみんなを。


静かに見守ってくれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。