第七幕 品評会
そろそろ。
雨季の終わりが感じられる頃。
この村では毎雨季恒例の、
あれが開催される。
品評会。
なんでも持ち寄り。
良ければ、
村の標準品として使われることもある。
新人の発掘。
技術の革新。
技術の伝承。
なんて言えば、
ずいぶん大層なものに聞こえるけど。
そんなに堅苦しいものじゃない。
村の何かになればいいな。
そのくらいの軽い気持ちで、
誰でも出品出来る。
だから。
職人が雨季の間ずっと作っていた物もあれば。
農家が育てた物もある。
子供が作った物もある。
なんだかよく分からない物もある。
それでいい。
今年も食堂の半分くらいを、
展示場として開放する。
まあ。
開放すると言っても、
普段から食堂なんだけどね。
朝から。
思い思いの品々を、
みんなが持って来ては並べていく。
出品した人の名前は出さない。
あるのは番号だけ。
誰が作ったかじゃなくて。
まずは、
その物を見てもらう。
「ずいぶんたくさん来るんですね」
ズラリと並び始めた品々を見て、
蓼が思わず声を上げる。
「まだ昼前だよ。まだ増えるよ」
「これでですか?」
「毎年こんなもんだよ」
なんて話している最中にも。
また一人。
「お! じいさん、今年もかい?」
「ああ。出すことが趣味みたいなもんじゃけんの」
「はいはい。じゃあ番号これね」
また一人。
「おや、珍しいね。あんたもかい?」
「ちょっとピンと来てな。作ってもらったんだ」
「へえ」
また一人。
「ほお、これは大きなカボチャだねー」
「美味そうだろ?」
「確かに美味そうだね」
番号を渡す。
次。
「んー? これはなんだい?」
「これは、こうして」
「うん」
「ここを押して」
「うん」
「それから、こっちを引くとこうなるんです」
「へえ!」
がしゃん。
何かが動いた。
「へえ……だけど、なんなんだい?」
「そういうもんです」
「そういうもんなのかい」
よく分からない。
まあいいか。
番号を渡す。
「お、いらっしゃい! なんだ、今日は出品の方かい?」
「ああ。前の雨季から仕上げた自慢の品だ」
「一年がかりかい。そりゃ見ないとね」
次。
「あら、どうした? 出品?」
小さな物を大事そうに持っている。
「大丈夫だよ。どうした?」
差し出された。
「え? これかい?」
トカゲの皮。
薄く加工された皮が、
きれいに切り揃えられている。
手に取ってみる。
「はー、よく出来てるね」
うん。
悪くない。
「問題ないよ。出品しな。番号はこれな」
嬉しそうに受け取っていった。
さて。
次は――
「あの、女将さん」
「ん? なんだい?」
「これ出したいんですけど……」
指差した先を見る。
「……また、でっかいねー」
でかい。
「そこのデッキでいいかい? 部屋には入んないよ」
「はい」
まったく。
今年もいろんな物が来るねえ。
「女将さん!」
聞き慣れた元気な声。
「はいはい。今度はなんだい」
振り向けば菖蒲。
両手に何やら抱えている。
「あんたも出品かい?」
「もちろんです!」
「で、何を持って来たって――」
菖蒲が得意そうに差し出す。
瓶。
「……あんた、そこの保存食じゃない」
「はい!」
はい、じゃないよ。
酢漬け。
塩漬け。
オイル漬け。
うちの食堂で何度も味見して。
菖蒲の作業場で作って。
暇してた男達まで引っ張り込んで。
みんなで散々作った、
あれだ。
「みんなの作品として出しておこうと思いまして」
「ああ、そういうことかい」
それならいい。
誰か一人が作った物でもない。
みんなで。
ああでもない。
こうでもない。
言いながら作った物だ。
「そりゃみんな喜ぶね」
「はい!」
番号を渡す。
菖蒲は嬉しそうに、
保存食の瓶へ番号を付けた。
「と、わたしのはこれです!」
「まだあるのかい」
ばさっ。
広げた。
服。
「ああ」
見覚えがある。
「あんた、これキャラバンで持って来た服だね」
「はい!」
向こうの村の洋品店。
若い女の店主が、
自分で作っていた服。
菖蒲が気に入って、
持って帰って来た物だ。
「これは絶対勝ちに行きますから」
「勝ち負けはないんだけどね……」
聞いてない。
どこに飾ろうかと、
もう辺りを見回している。
まったく。
あの子は何と戦ってるんだか。
「お、革職人さん」
また一人やって来た。
手に持っているのは。
革製品。
「ん? これはまた普通だね?」
縫い目はきれい。
仕上げもいい。
だけど。
この人なら、
普段から作っているような物だ。
「今回は、これを付けたいんです」
紙を一枚差し出された。
「解説?」
「はい」
どれどれ。
読む。
「……へえ!」
もう一度、
品物を見る。
持ち上げて。
裏返して。
縫い目を見る。
「これ、再生品かい?」
「はい」
「ほー」
もう一度見る。
言われなければ分からない。
「新品としか見えないね」
「使えるところを切り出して、傷んだところは避けています。継ぎ方も少し変えました」
なるほどねえ。
「そこまで出来れば、捨てる革をかなり減らせます」
「そりゃいい」
新しい物を作るだけが、
品評会じゃない。
今まで捨てていた物を、
もう一度使えるようにする。
それも立派な工夫だ。
「はい。しっかり解説も横に置いときな」
「ありがとうございます」
さて。
次は。
「棟梁は?」
「おう」
いた。
大工の棟梁。
手に何か乗せている。
「って、また似合わず小さい物を」
あのでっかい手の上に。
ちょこん。
木で出来た馬。
その後ろに荷車。
「子供のおもちゃさ」
「馬と荷車かい?」
受け取ってみる。
小さい。
だけど、
よく出来ている。
ちゃんと馬には脚が四本。
荷車には車輪。
ころころ。
机の上を転がしてみる。
「よく出来てるね」
「で、動かすとな」
「ん?」
棟梁が荷車を押す。
ころころころ。
車輪が回る。
それに合わせて。
こく。
こく。
こく。
馬の頭が上下する。
「へえ!」
もう一度。
ころころころ。
こく。
こく。
こく。
「頭振るんだ」
「子供ってのは、こういうの好きだろ?」
「そりゃ喜ぶよ」
「だろ?」
大きな身体で。
得意そうに笑う棟梁。
なんだい。
かわいいところあるじゃないか。
昼からは、
一般公開も始まった。
とは言え。
ここは食堂。
朝から出入りなんて自由なんだけどね。
展示してある物を眺める人。
飯を食べに来たついでに見る人。
品評会を見るついでに、
飯を食べていく人。
いつもの食堂が、
今日はいつも以上に賑やかだ。
「気に入ったのがあれば、そこの紙に番号書いとくれー。番号はわたしに手渡しでねー」
声を張っておく。
誰が何を作ったかは分からない。
並んでいるのは、
番号だけ。
気になった物があれば、
その番号を書いてわたしに渡す。
それから先は、
作った人次第。
話を聞いてもいいと言うなら、
ここで会ってもらう。
それだけ。
「女将!」
「ん?」
「あの表のデカ物は?」
またあれかい。
店に入らなくて、
表のデッキに置いたやつ。
「なんだい? 気になったかい?」
「是非、話を聞きたい」
「ん。分かった。持って来た人が来たら話しておくよ。ただ、会うのはここでだよ」
「ん、心得てる」
ならいい。
「で、あれはいったいなんなんだい?」
「単なる置き物だろうな。デカいが」
「欲しいのかい?」
「いや、そこではなくてな」
男が指差す。
「あの繋ぎ目。あの繋ぎ方を知りたくてな」
「……そっちか」
なるほどねえ。
わたしには、
ただのでっかい置き物にしか見えないけど。
見る人が見れば、
違うらしい。
「女将さん」
「おや、リーダーさん」
キャラバンのリーダーさんだ。
この人も、
番号を書いた紙を持っている。
「あの、置き物なんですが」
「あんたもあのでっかいのかい?」
今日は人気だね、
あれ。
「いえ。この番号の小さい物です」
「ああ」
あれか。
小さな家がたくさん描かれているやつ。
「はい。たぶんあれ、うちの村ですよね」
「え? そうなのかい?」
改めて見る。
小さな家。
道。
畑。
柵。
言われてみれば。
「おそらく」
「それはあんた、気になるわね」
「はい。是非、役場にと思いまして」
「あー……」
それは。
「だいぶ先になるよ」
「え?」
「あれ持って来たの、こんな小さい子供だよ」
手を下げて、
背丈を示す。
リーダーさんが固まった。
「……ほんとですか?」
「ほんとほんと」
あんな小さい子が。
大事そうに抱えて、
持って来た。
「まあ、親に話しておくよ」
「お願いします」
また一枚。
番号の紙を預かる。
いやあ。
面白いねえ。
作った本人が思ってもいないところを、
誰かが気に入る。
これだから品評会は面白い。
「女将」
おっと。
今度はまた。
「あんたが来るのもなんだね」
村長さん。
手にはやっぱり、
番号を書いた紙。
「例の品だが」
ああ。
やっぱりね。
「ここの店で、みんなの前で話すのが条件だね」
「分かっている」
村長さんが展示されている一品を見る。
薄いトカゲの皮。
きれいに切り揃えられて。
形も揃っていて。
仕上げもいい。
「あれほど見事に作ってある。是非、うちで使いたい」
「だろうね」
何に使うかは知らないけど。
村長さんが欲しがるだろうなとは、
思っていた。
「ただ、あんまり怖がらせるんじゃないよ」
「俺は優しいだろ?」
「見た目が怖いんだよ」
「それは……んー」
否定しきれないんじゃないかい。
「リーダーさんくらいのを連れて来な」
さっきのリーダーさんを見る。
村長さんもそちらを見る。
「そうだな。あいつは人当たりいいからな」
「よろしく頼むよ、村長さんや」
「あい、分かった」
さて。
紙を預かって。
番号を見る。
もう一度、
並べられた薄い皮を見る。
「んー」
やっぱり。
皮幣はこうなるね。
夕方になって。
「女将さん!」
おや。
また元気なのが来た。
「菖蒲。八百屋は終わりかい?」
「急いで閉めて来ました!」
「そうかい」
そんな急がなくても、
品評会は逃げやしないよ。
菖蒲は店に入るなり、
真っ直ぐ自分の出品した服へ。
その前で止まって。
くるっ。
こっちを向いた。
「で、結果どうです? 服!」
やっぱりそれかい。
「なかなかの人気だね。特に女の人」
「よし!」
何がよしなんだか。
「ほかは?」
「ほか?」
「はい!」
ああ。
誰か他にも、
気に入った人がいないかってことかい。
「あー、棟梁がえらく気に入ってたよ」
「棟梁が?」
菖蒲が服を見る。
「へえ」
首を傾げる。
そりゃそうだ。
女の人が気に入るなら分かるけど。
大工の棟梁がえらく気に入ったとなると。
「なんか思いついたのかい?」
「んー」
服をじっと見る。
「大工さん達があの服着て……」
「うん」
「高いところで作業してる……」
「うん?」
しばらく黙って。
ぽん。
手を叩いた。
「うん! 作業服! いいな!」
「ははは」
なるほど。
「派手な大工達が出来そうだね」
「いいじゃないですか!」
いいのかい。
まあ。
今より賑やかにはなりそうだけど。
菖蒲はもう服を見ながら、
何か考え始めている。
「棟梁さんに売り込んでみよ!」
早いねえ。
「オーダーメイドかい?」
「んー」
今度は腕を組む。
「そこは役場とも相談ですねー」
なるほど。
一人一人に合わせて作るのか。
仕事着として、
村で揃えるのか。
その辺は、
わたしの仕事じゃないね。
「まあ、頑張りな」
「はい!」
いい返事だ。
次の日。
朝。
「おはようございます!」
「はい、おはよう。朝から元気だね」
もちろん菖蒲。
昨日あれだけ騒いで帰ったのに、
朝から変わらず元気だ。
店に入ってくるなり、
きょろきょろ。
「棟梁さんは?」
「あっちで野菜切ってるよ」
雨季になってから、
すっかり見慣れた光景。
奥では男達が並んで、
今日も野菜を切っている。
「あ、棟梁!」
菖蒲がそっちへ飛んでいく。
「服!」
なんだい、
その呼び方は。
「菖蒲か。あの服出したのは」
「はい! どうですか?」
「いいな、あれは」
ほら。
やっぱり気に入ってる。
菖蒲が嬉しそうに身を乗り出す。
「色? 見た目?」
「は? いや、ここ、ここだ」
棟梁が自分の脇を指差す。
「え? 脇?」
「ほれ、腕を上げるだろ」
両腕を上げる。
「はい」
「着てる服は下が引っ張られる」
「へえ」
棟梁は腕を下ろし。
今度は菖蒲の服の袖を指差した。
「でも、この服はな」
もう一度、
腕を上げる。
「袖を上げても、下が引っ張られねえ」
「へえ」
菖蒲も自分の腕を上げてみる。
上げて。
下ろして。
また上げる。
「なんだい、お前知らないのか?」
「いや、動きやすいとは思ったけど……へえ」
「ってわけだ」
棟梁はそれだけ言って。
また野菜を切り始めた。
菖蒲はまだ、
腕を上げたり下げたりしている。
昨日まで。
絶対勝つとか言ってたのに。
自分でも知らないところを、
気に入られてるじゃないか。
まあ。
そんなもんかね。
「リーダーさん」
お。
来たね。
「待ったよ。ほら、あの子さ」
店の入り口。
母親に連れられて、
小さな男の子が立っている。
昨日。
あの村の小さな家を、
たくさん描いた子だ。
「あ、こんにちは。お世話になります」
リーダーさんが母親に頭を下げる。
それから。
すっと床に膝をついた。
男の子と同じ高さまで、
目線を下げる。
「こんにちは」
「こんにちは」
「君が描いた、この村の小さな家について教えてほしくてね」
男の子が紙を見る。
「うん」
「どうやってあれを描いたの?」
「歩いて」
「歩いて?」
「うん」
「ずっと歩いて?」
「うん。歩いて、ここにお店、ここにお家って書いていった」
「へえ」
リーダーさんが頷く。
「歩いた時に、何か気をつけたことは?」
男の子が少し考える。
「あ」
何か思い出したらしい。
「櫓」
「櫓?」
「うん。櫓をずっと見ながら」
リーダーさんの顔が、
少し変わった。
「二つの?」
「そう」
男の子が両手を上げる。
指を使って。
こんな感じ。
三角みたいな形を作る。
「二つを見て、こんぐらいと、こんぐらいって」
「……へえ」
今度のへえは。
さっきまでのへえとは、
なんだか違う気がする。
男の子は一生懸命。
右の手を動かして。
左の手を動かして。
「あっちだと、こうで」
「うん」
「こっちに行くと、こうなるから」
「うんうん」
リーダーさんは、
何度も頷いている。
わたしには。
さっぱり分からない。
隣にいる蓼を見る。
「なんなんだろね? あの説明。蓼、分かるかい?」
「んー」
蓼も二人を見る。
男の子が、
また一生懸命に指で三角を作っている。
「かわいい男の子しか分かんないですねー」
「だよねー」
二人で頷く。
向こうでは。
リーダーさんだけが、
ずいぶん真剣な顔をしていた。
そんな品評会も。
今日が最後の日。
朝から降っていた雨は。
降ってるんだか。
止んでるんだか。
ぽつぽつ。
時々。
軒先から雫が落ちる。
空はまだ、
雲に覆われているけれど。
なんとなく。
そろそろ雨季も終わりだと、
空が告げ始めている。
食堂に並んでいた品々も、
少しずつ減っていく。
大きな物。
小さな物。
よく分からなかった物。
みんなに気に入られた物。
作った本人のところへ。
ひとつ。
またひとつ。
引き取られてゆく。
中には。
そのまま、
欲しいと言った人のところへ渡る物もあった。
そして。
作品だけでなく。
作り方だったり。
工夫だったり。
思いつきだったり。
他のものも。
誰かから誰かへ、
渡っていく。
今年も。
そんな品評会だった。
「これが終わると、雨季も終わりだねえ」
隣で片付けていた蓼が、
少し手を止める。
「そうなんですね」
外を見る。
「なんか寂しい」
「そうかい?」
「はい」
雨の音。
ずっと聞いていた音。
毎日。
毎日。
朝から。
夜まで。
「でも、次は青空だよ」
蓼がこっちを見る。
それから。
にっこり笑った。
「それは楽しみです!」
「だろ?」
その時。
さあーっ。
風が吹いた。
開けていた店先から入り。
食堂の中を抜けていく。
湿った空気を。
少しだけ、
連れていくように。
「おや」
外を見る。
音がしない。
「雨、止んだね」
「あ」
蓼が店先へ出る。
「あ、女将さん!」
「ん?」
「あそこ! 青空!」
指差した先。
遠く。
遠く。
雲の向こう。
ほんの小さく。
青。
「ああ」
青空だ。
雨の季節。
水の季節。
それが終わって。
これから。
温かな風と。
光の季節がやって来る。
風は巡る。
季節を連れて来て。
また。
連れていく。
雨が上がった。




