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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
雨の雨季 編

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29/69

第六幕 おかえりなさい

幌を張った荷車へと乗り込む。


屋根を叩く激しい雨音。


バタバタバタバタ。


幌の端から流れ落ちる水は、もう筋なんてものじゃない。

滝みたいだ。


周りを見渡す。


男達も荷車へ乗り込み、あるいは馬の手綱を握っている。


さっきまで食堂で野菜を切っていた連中とは思えない。

みんな、意を決したような顔をしている。


「行くぞ!」


先頭は単騎の老ハンター。

その後ろに、幌を張った荷車が二台。


「行ってらっしゃい!」


残った若い連中が、雨の中から声を上げる。

手を上げて返す。


キャラバンではない。


交易品なんて積んでいない。

売り物もない。

買い付けの予定もない。


それでも馬と荷車を連ねて。


キャラバンではないキャラバンが、村を出発した。


外界。

ひどい。


まだ朝だというのに、辺りは暗い。


低い雲が空を覆い、ものすごい速さで流れていく。

遠くなんてほとんど見えない。


道にも水が流れている。

いつもの道が、浅い川みたいだ。


その中を馬達は進んでいく。


こんな雨だ。

もっと嫌がるかと思った。


けれど、さして辛そうでもない。


ぱしゃ。

ぱしゃ。


水を蹴りながら、しっかりと前へ進んでいく。


頼もしいねえ。


やがて。

雨に煙る向こうに、村の外壁が見えてきた。


「ついたぞ!」


先頭から声が飛ぶ。


村の入り口へ。

衛兵から場所を聞き、そのまま馬を進める。


そして。


そこに着いた。


「……こりゃひでえ」


誰からともなく、声が漏れた。


どおどおと流れる水。

水路の村への入り口。


水路に面した丸太の防壁、その下が大きくえぐられている。


土がない。

支えを失った丸太が、宙に浮くような格好になっている。

それでも崩れていない。


いや。

違う。


崩れないようにしているんだ。

この村の人達が。


何本ものロープ。

支えにした丸太。


何人もの男達が泥だらけになりながら、必死に防壁を押さえている。


「すぐに始めるぞ!」


うちの棟梁が声を張り上げる。


「ここの責任者は?!」

「わたしです!」


若い男が走ってくる。

ずぶ濡れだ。

救援依頼しに来た男だ。


「大工の棟梁か鍛冶屋か、村の奴は?」

「昨日の大雨で棟梁と親方は流されて、今は寺の救護所です」

「村の役場奴は?」

「昨日から寝ずにここで指揮をしてましたが、朝、倒れました」


「それでお前がうちに……」

「はい」


棟梁が若い男を見る。


「いい判断だ!」

「……はい!」


「ここは俺が仕切るが、いいか?」

「お願いします!」


若い男が振り返る。


「みなさーん! これから隣の村の棟梁さんが指揮を執ります! 協力してください!」


雨音の中。

あちこちから声が返る。


「おう!」

「頼んだぜ!」


棟梁が一歩前へ出る。


「よし! みんな! 今から俺が指揮を執る!」


雨に負けない声。


「一回しか言わんから、よく聞いとけ!」

「おう!」


始まった。


「まずは拠点を作るぞ!」


棟梁が荷車を指差す。


「荷車二台と防壁の間に広く天幕を張れ!」

「おう!」


「天幕の下、水の通り道に土嚢を置いて水を防げ!」

「わかった!」


「俺は現場を見てくる!」


棟梁が走っていく。

こっちも動く。


荷車を動かす。

天幕を広げる。


杭を打つ。

土嚢を運ぶ。


足元を流れていた水を少しずつ外へ逃がしていく。


雨は止まない。

それでも。

どうにか雨を凌げる場所が出来てきた。


しばらくして棟梁が戻ってくる。


「防具屋!」

「おう!」


「あそこから向こうのロープを切る!」

「おう」


「残りの防壁が崩れないように、手前からロープで縛り直してくれ!」

「おうよ、任せな!」


「もう一人! ロープの出来る奴は?!」

「自分が行きます!」


一人の男が手を上げる。


「お前さんは?」

「この村の防具屋です!」

「なら安心だ。さっきの説明で分かったか?」

「大丈夫です!」


「反対側を頼むぞ!」

「はい!」


棟梁はもう次を向いている。


「よし! そことそこ! 杭を打て!」

「おう!」


「これ以上、防壁を崩すな!」


金槌の音。

雨音。

怒鳴り声。


「土嚢を用意しろ!」


次々と土嚢が運ばれていく。


「水路の入り口から中まで! これ以上崩れないように岸に土嚢を沈めて積み上げろ!」


水の中へ入っていく男達。


腰まで泥だらけになりながら、一つ、また一つ、

積み上げていく。


やがて。


「棟梁!」

壁の上から声。


「ロープは縛り直したぞ!」

「そっちは!」


反対側からも声が返る。


「終わりました!」

「よし!」


棟梁が手を上げる。


「ロープを切るぞ!」


それから外を見る。


「ハンター! 外を警戒しろ!」

「おう!」


「こっちの村のハンターは?!」

「ここにいるぜ!」

「松明でもなんでもいい! 外に火を焚け!」


「おう! 松明かき集めろ! 篝火を焚くぞ!」


雨の中。

火が起こされる。


一つ。

もう一つ。


激しい雨に負けないよう薪を積み、火を大きくする。


外界に二つの火が山となる。

その外側にハンター達。


弓を持ち。

槍を持ち。

雨の向こうを睨んでいる。


棟梁がロープの前に立つ。


「よし! 切るぞ!」


防壁を支えている連中を見る。


「押さえてる連中! 一気に来るからな! 備えろ!」

「おう!」


刃が振り下ろされる。


バン!

バン!


バン!


張り詰めていたロープが切られる。

防壁の一部が大きく揺らぐ。


「押さえろ!」

「おう!」


丸太を外す。


一本。

また一本。


使える丸太は、そのまま天幕の下へ運ばれてくる。


「女将!」

「なんだい!」


「天幕の下に丸太を並べる!」

「あいよ!」


「その上に火を焚いて、場所を作ってくれ!」

「丸太の上でかい?!」

「水から離しておきたい!」


なるほど。


「分かったよ! 大工を一人貸しとくれ!」


棟梁が振り返る。


「こっちの村の大工はいるか!」

「ぼくが!」


若い男が手を上げる。


「おう! お前さん、女将と一緒に拠点作りだ!」

「はい!」


こっちへ走ってくる。


「よろしく頼むね、にいちゃん」

「はい!」


さて。

まずは。


「丸太の上に敷くもん、なんかないかい?」


周りから声が返る。


「牛の干し草ならすぐそこに!」

「それでいい! すぐに持って来て! 上に敷き詰めるよ!」

「おう!」


よしよし。

これなら濡れた地面に直接座らなくて済む。


向こうでは棟梁の声がまだ響いている。


「よし! 防護壁立てるぞ!」


本当によく叫ぶねえ。

「棟梁は叫びっぱなしだねえ」


若い大工が苦笑いする。


「ほら、にいちゃん。こっちも始めるよ」

「はい」

「まずは四角に、かまどみたいに木を組んどくれ」

「木のかまど?」


大工が首を傾げる。


「燃えちまう」

「違うよ。火を上に上げるだけさ」


「?」

「まあ、やってみな」


細い杭を切ってもらう。


組んで。

固定して。

腰くらいの高さ。


底のない四角い箱みたいなものが出来上がる。


「早いねー。さすが大工だ」

「こんな感じで?」

「そうそう」


その上に、大きな炒め鍋を置く。


「ここに火を焚くから、燃えないところから上に吊るせるように支柱を両方に」


「こうか?」

「そうそう。三角に」


「固定していい?」

「倒れないようにね。お湯がひっくり返ると火傷するよ」

「ああ」


手際がいい。

さすがだね。


「ああ、ここは干し草は駄目だからね。燃えちまう」

「じゃあ、ここまで?」


「そう、そこまで。あと、座れるようになんかないかい?」

「丸太の切れ端でも?」

「なんでもいいよ」


しばらくして。

雨を凌げる場所。

座れる場所。


火。

湯を沸かせる場所。

休める場所。


「はいよ。ありがとうね」


これで。

とりあえずの拠点は出来た。


棟梁は、まだあっちで叫んでいる。


「丸太を横に積め!」

「そこ、杭を打て! 丸太を挟むようにだ!」


「後は積み上げていけ!」


雨音に負けず、よくまあ声が続く。


「支えていた奴は交代しろ! 天幕の下!」


疲れ切った男達が戻ってくる。


「ほら、こっちだよ」


濡れた身体に大きな布を渡す。

火のそばへ座らせる。


鍋では、緩いおかゆを作った。


「ほら。ゆっくり食べな」


冷えた身体に、温かいもの。


一口。

また一口。

顔に少しだけ色が戻ってくる。

それでいい。


「ハンター!」


声がする。

見ると。


御形のじいちゃんが、老ハンターと一緒に戻ってきた。


「どうだ? 動物達は?」

「作業している間は大丈夫じゃろ」


じいちゃんが濡れた頭を払う。


「問題は今晩だな。作業は?」


棟梁が防壁を見る。


「とりあえず昼過ぎには一旦終わらせる。体力がもたんだろ」

「だな。昨晩が酷すぎたようじゃな」

「そうだな」


少し考えて。


「警戒か」

「ああ」

「どれくらいの柵が出来る?」

「動物なら大丈夫だろ。後は雨季が終わって修理だろうな」


全部直す必要はない。

今は。

今夜を越えられればいい。


その時だった。


「すみません!」


男が一人、担ぎ込まれてきた。


「棟梁! こっち!」

「ん? どうした?」


「この子、意識がない」

「?! 息は?」

「それは大丈夫だけど、身体が冷たい」


「どれ?」


じいちゃんが横から入る。


「じいちゃん、分かるのかい?」

「伊達に年は取っとらんからな」


倒れた若い男の顔を見て。

身体に触れる。


「こりゃいかんな。水に浸かり過ぎじゃ」

「どうすりゃいい?」

「毛布かなんか。後は着替えと、温めてやらんと」

「寺の救護所は?」

「このおかげで怪我人だらけでいっぱいです」


みんな黙る。


なら。

「うちに連れて帰ろう」

「うちの村にか?」

「運ぶより、それが速かろう」


棟梁が防壁を見る。


しばらく考えて。


「ああ。作業もひと段落したし、後は引き継げばなんとかなるか」

「一旦帰って、明日また来るか」

「そうだな」


棟梁が、この村の若い男を呼ぶ。


「馬の荷車を一台貸してもらえるか?」

「あ、はい。用意できます」

「暗くなる前に今日は一旦帰る。で、明日もう一度来る」

「はい」


「それまで警戒はすることだ」

「はい。あの……」

「なんだ?」


若い男が深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


棟梁は少しだけ顔を緩める。


「困った時はお互いさまってやつだ。気にするな」

「ありがとうございます」

「荷車な」

「あ、はい!」


若い男が走っていく。


棟梁が声を張る。


「おう! 一旦引き上げるぞ!」

「あー……おー……」


あちこちから、疲れ切った声。


「なんだ、元気がねえな!」


そりゃそうだよ。

朝からずっとこれだ。


わたしは倒れている若者を見る。

じいちゃんも横にしゃがんだまま、じっと見ている。


「じいちゃん、なに見てんだい?」

「いや、こいつな」

「大丈夫かね」

「まあ、若いからな」

「早い方がいいんだろ?」

「まあな」


改めて見る。


「ああ、籐吾ほどじゃないけど、でかいね」

「ああ、そうだな」


泥だらけの手。

濡れた服。


きっと。

ずっとここで働いていたんだろう。


「頑張ったんだろうね」

「そうじゃな」


近くにいた村の男へ声をかける。


「ねえ、あんた」

「はい?」

「この子の家族は?」

「えー……蓮ですか?」


蓮。


「あの、修道院育ちで、家族は……」

「そうかい」


なら。

「じゃあ神父さんかシスターさんに言っといておくれ。うちに連れて帰るとね」

「はあ」


借りた荷車がやって来る。

幌をかける。

蓮を荷台へ寝かせる。

馬三頭と一緒に村へ帰る。


先導は老ハンター。

しんがりは、じいちゃん。


また雨の中へ。


帰り道。

雨は相変わらず降り続いている。


けれど。

朝より少しだけ明るく見えるのは、気のせいかねえ。


やがて防護林へ入る。


見慣れた道。

見慣れた木々。


そして。

正門。


「おかえりなさい!」


衛兵達が迎えてくれる。


「あいよ、ただいま!」


帰ってきた。


「荷車はうちの作業場に行こう」


後ろからじいちゃんの声。


「うちには薬草も作業場もある。湯も沸かせる。そこなら一晩面倒見てやれる」


なるほど。


「生活とも分けられるしな」

「そうか。なら、そっちへ運ぼう」


そのまま荷車を進める。


家へ。


「帰ったぞ」


扉が開く。


「じいちゃん! おかえり!」

御形が飛び出してくる。


「病人だ。籐吾を呼べ」

「はい! 籐吾ー! こっち!」


奥から大きな身体が出てくる。

その後ろから菖蒲も。


「お爺さん、おかえりなさい!」

「菖蒲。病人の看護、頼めるか?」


「わたしが?」

「薬草も処方も習ったな?」

「はい」

「なら、出来る。見てやれ」


一瞬だけ不安そうな顔。

でも。


「はい!」


荷車から蓮を降ろす。

籐吾と御形が両側から抱える。


その顔が見えた。

菖蒲の顔色が変わる。


「お爺さん! あの人!」

「ああ。大丈夫だ。命は大丈夫だ」


じいちゃんが落ち着いた声で言う。


「温めてやらんと」

「はい!」


あら。

この顔。


「あ、あの子。あの時の男の子!」

じいちゃんを見る。


「じいちゃんも隅におけないね。知ってたのかい?」

「たまたま見かけただけじゃよ。あの坊主が修道院とも知らなんだ」

「そうかい」


菖蒲を見る。

心配そうに蓮の顔を覗き込んでいる。


「菖蒲も心配だろ」


返事はない。

まあ、いいか。


「ここなら安心じゃ」

「どら、ちょっくらお節介してくるかね」


菖蒲の作業場へ入る。


「へえ」

ちゃんと見るのは初めてかもしれない。


「立派な作業場だね」

「はい」


さて。


「どら、菖蒲。お湯沸かして」

「はい!」


すぐに動く。


「籐吾、お前の着替え貸しとくれ」

「ほい」


さすがに籐吾ほど大きくはない。

でもまあ。

着られないことはないだろう。


「菖蒲。服脱がすの手伝っておくれ」

「は、はい」


真っ赤。

分かりやすいねえ。


「ほら、こっち持って」

「は、はい」


顔を真っ赤にしたまま。

それでも一生懸命。


――ふふ。

かわいいねえ。


「はい。身体を拭いて。ほら、しっかり」

「は、はい……」


手がぎこちない。


「御形にやらすかい?」

「いえ! やります!」

「うんうん。頑張んな」


濡れた服を脱がせる。

身体を拭く。

籐吾の服を着せる。

沸かしたお湯を水袋に入れて。

手足のそばへ。

ゆっくり温める。


最後に毛布をかける。


しばらく顔を見る。

さっきよりは。


うん。


「しばらくは様子見だね」

「はい」

「汗かいたら拭いてやるんだよ」

「はい」


「また明日の朝、様子見に来るからね」

「ありがとうございます」

「頑張んな」


さて。

わたしの仕事も終わり。


「さあ、わたしも帰ろうかね」


外へ出る。

まだ雨は降っている。


朝からずっと。

よく降るねえ。


傘を差して歩く。


水の流れる道。

雨に濡れた家々。

見慣れた村。


しばらく歩くと。


雨の向こう。

食堂の明かりが見える。


帰って来たね。


店先に誰か立っている。


蓼だ。


わたしに気づく。


「ただいま!」

「おかえりなさい!」


駆けてきた。

そのまま。

ぎゅっ。

抱きついてくる。


「どうした?」

「よかった……」


そうか。

心配してたのかい。


「そうか、うんうん」


背中をぽんぽんと叩く。


「ほら、中に入るよ。うちの姪っ子は泣き虫だねー」

「もう……」


一緒に食堂へ。

いつもの明かり。

いつもの匂い。

いつもの場所。


扉を開ける。


「おかえりなさい」

「はい、ただいま」


外では。

雨が降る。


もうじき終わる雨季を嘆いて。

雨は降る。


でも。

また明日が来る。


おかえりなさい

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