第四幕 村の食堂
今日も朝から雨。
まあ、雨季だし仕方がない。
空にはどんよりとした雲。
それが、のんびりと流れている。
雨は強くなったり。
弱くなったり。
時々、もう止むのかなと思うくらい細くなる。
でも。
完全に止むことはない。
屋根を叩く雨の音。
軒先から落ちる水。
外を歩けば、どこもかしこも湿っている。
こう湿気ばっかじゃ、保存もできないしねえ。
食材だって傷みやすい。
火を入れておいた方が安心だ。
結果。
色んな食材で作る料理。
煮る。
が増える。
今日も大鍋から湯気が上がっている。
「女将、今日の昼は?」
「野菜のスープと干し肉の煮付けだよ」
「また煮付けかよ」
「なんだい? 食べないかい?」
「いや、美味いんだよ、女将の飯。ただ同じのはなーって」
「昨日と味も食材も違うだろ?」
「まあ、そうなんだよなあ」
なんだい。
文句なのか褒めてるのか。
煮付けを混ぜながら考える。
確かにねえ。
雨季だから仕方ないとはいえ。
煮る。
煮込む。
汁物。
似たようなものが多くなってきた。
なんかいいのはないかねー。
ある朝のこと。
店の中を見る。
ちょうど、保存食の仕分けをしている菖蒲がいた。
「菖蒲」
「へ?」
「あんた、他のとこでなんか変わったの食べてこなかったのかい?」
「んー、そうですねー」
菖蒲が手を止めて考える。
キャラバンであちこち行ったんだ。
何かあるだろう。
「あ!」
「なんだい?」
「ドライトマトでトマト味は?」
「トマトねえ」
それならある。
乾季に作っておいたものがまだ残っている。
「後は……干し肉で炊き込みご飯」
「干し肉でかい?」
「結構美味しかったですよ」
「炊き込みご飯ね」
悪くない。
干し肉ならたくさんある。
戻した汁も使えそうだ。
「後はシンプルに、たまご料理ですかねー」
「あ、逆にシンプルもいいねえ!」
なるほど。
変わったものばかり考える必要もないのか。
「参考になります?」
「ありがとうよ」
「どういたしまして」
菖蒲はまた保存食の仕分けに戻る。
トマト。
干し肉。
ご飯。
たまご。
さて。
どうしてやろうかね。
ある昼。
午前の当番を終えた衛兵達が、ぞろぞろと食堂へやって来た。
扉が開く。
外の雨音が少し大きくなって。
また閉じる。
「いやー、疲れた」
「はい、お疲れさん!」
「あ、女将、四人ね」
「あいよ!」
四人がいつもの席へ座る。
雨の中で仕事してきたんだ。
髪も服も少し湿っている。
「お茶は?」
蓼が声をかける。
「温かいのですよね」
「ありがとうよ、蓼ちゃん」
「あいよ、飯も出来たよ! 蓼、運んでおくれ」
「はーい」
蓼が皿を運んでいく。
四人の前に、一皿ずつ。
黄色い山。
衛兵達がそれを見つめる。
「? これは?」
一人が横から覗き込む。
「お、中にご飯だ」
「ほんとだ。でも赤い」
ふふふ。
気になるだろう。
「ドライトマトを戻して、ご飯と一緒に炒めてね。その上に溶いたたまごを薄く焼いたのを載せたのさ」
「へえー!」
「食べてみな」
匙が黄色いところを割る。
中から赤く染まったご飯。
一口。
「あ、美味い!」
「こりゃあうめえ!」
「だろ?」
朝に菖蒲から聞いた話を、ちょいとわたしなりに変えてみた。
「菖蒲のアイデアをちょいとアレンジしたのさ」
「菖蒲さんの料理か?」
「アイデアだけで、あたしの料理だよ!」
そこは大事だ。
「うんうん、まい!」
「明日もこれな!」
「明日はまた別だよ」
「えー」
「飽きるだろ、毎日だと」
「これは別だろ、美味いから」
……ほう。
わたしは手を止める。
「……なんだい? いつもは美味しくないのかい?」
笑って聞いてみる。
四人の手が止まった。
顔を見合わせる。
そして。
「毎日美味しいです!!!!」
みんな揃って答えた。
うん。
そうだよね。
満足満足。
また、ある夕方。
雨はしとしと降っている。
昼よりずっと静かな雨。
扉が開いて、防具屋の親父が入ってきた。
いつものようにカウンターへ座る。
「女将、酒もらっていいかい?」
「今日は早くないかい?」
まだ仕事を終えるには少し早い。
親父はカウンターに肘をついた。
「なんか、調子が出なくてな」
「そんな日もあるさね」
顔を見る。
別に具合が悪そうには見えない。
「身体壊したわけじゃないんだろ?」
「身体じゃなくて、心が雨にやられただけだよ」
「なに、似合わないこと言ってんだい」
「そりゃないぜ、女将よお」
ふふ。
まあ。
これだけ毎日雨を見てれば、そんな日もあるか。
「ほら、沈んだ心には熱い酒な」
温めた酒を置く。
「ありがてえ」
それから、もう一皿。
「つまみに、ほら」
「ん? これは」
「干した鳥肉を出汁で戻してから、串に刺して焼いたのさ」
鳥肉の間には玉ねぎ。
焼き目がついて、いい匂いがする。
親父が一つ取る。
噛む。
「ほう、うめえな、こりゃ」
「ふふふ」
「この途中の玉ねぎがいい仕事してやがる」
「いい組み合わせだろ?」
「ああ、これなら雨季も食べれるな」
「そうだろ」
保存食だからって、そのまま食べる必要はない。
戻して。
焼いて。
味をつけて。
料理にしてしまえばいい。
「あんたらが、色んな保存食作ったおかげだよ」
親父が串を持ったまま胸を張る。
「役に立つじゃねえか、俺ら!」
「だね」
あの時は、みんなでわいわい言いながら作ってたけどね。
ちゃんと役に立ってるよ。
「うん、美味い! 酒おかわりいいか?」
「ほどほどにしとくんだよ」
「あいよ!」
酒をもう一杯。
さっきより親父の声が明るい。
料理で元気になれる。
腹がいっぱいになるだけじゃない。
心の栄養にも。
やっぱり料理は効くね。
しばらくして。
「ありがとよ! 女将! 美味かった」
「あいよ。明日も頑張んな!」
「おう!」
扉が開く。
雨の中へ親父が帰っていく。
さっきより、ちょっとだけ元気な足取りで。
夜。
雨降りの夜は暗い。
昼間から雲に覆われているから。
日が落ちれば、なおさら。
外からやって来るのは雨の湿気だけじゃなく。
何かまでやって来そうな夜。
そんな夜でも。
食堂には明かりが灯っている。
「こんばんはー」
「いらっしゃーい」
蓼がお客さんを迎える。
入ってきたのは萱だった。
雨を払って。
そのままカウンターに座る。
そして。
テーブルを拭いて回っている蓼を見つめている。
……相変わらずだねえ。
「うまくやってるのかい?」
「へ? ああ、まあ、なんとか」
「なんとかって、心配な返事だねー」
「あ、いや」
萱が慌てる。
「ちゃんとやれてます」
「そうかい」
ならいい。
蓼の方を見る。
こっちへ来てから随分経った。
仕事にも慣れた。
村にも馴染んだ。
本人も楽しそうにしている。
なら。
「蓼ー!」
「はーい」
「今日はもうあがんな! 後はわたしがやっとくから」
「え、でも」
「たまにはゆっくり夜を過ごしな」
「あ……はい」
蓼の顔が赤い。
分かりやすいねえ。
二人で食堂の隅っこにある小さいテーブルへ。
向かい合って座る。
何か話して。
二人で笑っている。
あ、うん。
大丈夫だね、あの二人。
優しげな笑顔の二人を眺めていると。
また扉が開いた。
「女将さん! いい?」
元気な御形。
その後ろから。
でかい籐吾。
「飯はなくて簡単なのでいいならいいよ。鍋、片付けちまった」
「じゃあ、なんか適当に」
「はいよ」
二人も。
なぜか隅っこの小さいテーブルへ。
あっちは萱と蓼。
こっちは御形と籐吾。
……似たようなもんかねえ。
残っているもので何か作る。
揚げた芋に甘い蜜を絡めて。
それから籐吾には。
大きな芋を丸ごと蒸したやつ。
「はいよ。揚げたお芋を甘くしたのと、籐吾はでっかい芋の蒸したやつな。バターは置いとくよ」
「ありがとうございます」
二人の前に置く。
この二人もいつになったらくっつくのか。
まあ。
くっついてるようなもんだけど。
蓼と萱は隅っこで。
クスクス。
小声で笑っている。
御形と籐吾は。
「御形、そっちも少し」
「おまえの少しは少しじゃあないだろ」
「じゃあ、これと交換」
「仕方ないなー……って、それ取りすぎ!」
「太るぞ!」
「……太るか?」
「ああ」
「なら……」
籐吾の手が止まる。
困ったような顔。
御形も止まる。
「……わかった、わかったから、そんな困った顔すんな。ほら」
芋を分けてやる。
籐吾は受け取って。
モグモグ。
……はあ。
御形も籐吾には甘いねー。
まあ。
楽しそうだからいいか。
夜も更ける。
そろそろ店じまい。
「じゃあ女将さん、お先に」
「あいよ。萱は今日はこっちに泊まりかい?」
「あ、はい。お世話になります」
二階は宿屋になっている。
今日は他のお客さんもいない。
「寝坊するんじゃないよ!」
「はい!」
蓼と萱が二階へ上がっていく。
少しして。
「女将さん、わたし達も帰るね」
「あいよ、気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
御形と籐吾も店を出る。
扉が閉まる。
二組がいなくなると。
静かな雨音が帰ってくる。
さっきまで笑い声がしていた店内。
急に広くなったように感じる。
「さあ、片付けて閉めよう」
残った皿を片付ける。
椅子を戻す。
火を落とす。
二階の宿屋は、今日は他にお客さんなし。
最後に。
一階の食堂の扉を閉める。
雨の音。
キャラバンと共に来た蓼。
キャラバンから戻ってきた菖蒲。
あれからここも随分と賑やかになった。
朝早くから。
夜、暗くなるまで。
誰かが来て。
誰かが食べて。
誰かが笑って。
賑やかな声が絶えない。
今日も衛兵達が飯を食べた。
防具屋の親父が酒を飲んだ。
萱と蓼が笑っていた。
御形と籐吾が、いつものように飯を取り合っていた。
みんなが来て。
みんなが帰っていく。
そしてまた明日になれば。
誰かが扉を開けるんだろう。
うん。
みんなのおかげで。
いいお店になった。
雨は静かに。
この村の食堂を包んで。
降りつづいている。




