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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
雨の雨季 編

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第二幕 雨のはじまり

朝から、明るいお日様が見えない。


店先から外をのぞく。

空は一面の雲。


黒い雲が、ゆっくりと流れていく。

その前を、また違う色の雲が、早足で過ぎている。


どこを見ても雲。

青い空なんて、ほんの少しも見えやしない。


風も湿っている。


とうとう来たかね。


そんなことを思っていると。


ポツリ。

地面に、小さな丸い跡ができた。


ポツリ。

また一つ。


ポツリ。

ポツリ。

ポツポツポツポツポツ。


あっという間に数えられなくなって。


やがて。


ザーーーー。


屋根を叩く音。

道を叩く音。

木々の葉を叩く音。


雨がやって来た。


雨季。

いよいよ、雨の季節。


世界は水に囲まれ。

動きを一度止める。


畑にも。

森にも。

人にも。


雨は必要だ。


作物にも。

木々にも。

森にも。


なくちゃ困る。


でも。


多すぎても良くない。


「ほどほどってわけにもいかないのかねー」


店先から降り出した雨空を見上げながら、一人つぶやく。


まあ。

雨に言ったところで仕方ないけどね。

そんなことを考えていると。


雨の向こうから、何人かが走って来る。


「うわー! 降られちまった!」


ハンター。

鍛冶屋。

大工。


みんな、もうびしょ濡れだ。


「あんたら、なんだい? 水路の見回りかい?」

「あー、そうだ。修理に手こずってな。降り出しやがった」

「まったく。ほら、ふきな」


大きめのタオルを何枚か放ってやる。


「すまねえ」


頭から水を垂らしながら、男たちが身体をふく。


「で、修理は終わったのかい?」

「ああ。なんとかな」


「なら、安心だね」


外を見る。


降り出した雨が、乾いていた地面に次々と水溜まりを作り出している。


もう少しすれば。

溜まった水も流れ出す。


そのための水路だ。


修理は終わったらしい。

なら、大丈夫だろう。


いよいよ雨季が始まった。




雨の時期が始まると、途端に外での仕事が億劫になる。


ハンターは外へ出にくくなる。

農家も畑に出られる時が限られる。


そうなると。


食堂に人が増える。


屋内で仕事をする連中だって同じだ。


鍛冶屋が店を開けていたところで、農家もハンターもここにいる。

防具屋が店を開けていたところで、客になるハンターが来ない。

大工だって、外仕事は雨次第。


結果。

ぶらぶらした大人の男たちが、うちの食堂に集まってくる。


「雨だな」

「雨だなー」


酒を片手に、外を眺めている。


「……ほんと、いい大人がなにやってんだい!」

「でもよー。雨がよお」


「……」


雨だからなんだっていうんだい。

まったく。


そんな連中を呆れて眺めていると。


「こんにちは! 女将さん!」


元気な声が飛び込んできた。

菖蒲だ。


「って……なんですか、これ?」


菖蒲が店の中を見回す。


酒。

つまみ。

男。

男。

男。


そこら中に、だらしなく座っている。


「まあいいや。女将さん! こないだ話してた保存食の件ですけど、試作品第二弾を持って来ました!」

「お、持ってきたかい。どれどれ?」


菖蒲が持ってきた瓶を並べる。


「おー、漬物か」

さっきまで雨を見ていた男が、すぐに寄ってきた。


「酒のつまみに良さそうだな」

もう一人。


「菖蒲! ちょいと食っていいか?」

「女将さんに持って来たんですけど……まあ、いいでしょう! でも、感想お願いしますよ!」


「はーい」


返事だけはいい。

男たちが瓶へ手を伸ばす。


「こら!」

「ん?」


「そのまま食べるんじゃないの! ほら、皿! これに出して! まったく!」


皿を置く。


今度は、その皿に男たちがたかる。


「……なんなの、この人達は?」

菖蒲が呆れている。


「まったくだよ」

あたしも呆れている。


でも。

試食は始まった。


「これは?」

「塩漬けです」

「うーん。塩はもっと効いた方がいいかなあ」


「そうですか?」


別の男が酢漬けを口に入れる。


「すっぱ!」

「そうか? これくらいだろうよ」


「俺はこっちだな。オイル漬け美味いなー」


なんだかんだ言いながら、次々と口へ運んでいる。


食べるだけじゃなく、ちゃんと感想も出てくる。


まあ。

役には立っているのかね。


そんな中。


一人が瓶を手に取って、ふたの辺りをじっと見ている。


「菖蒲ー!」

「はーい?」

「この容器、もっとぴったり締まるようにした方が長持ちするんじゃねえか?」


「そうなんですけどねぇ」


「もっと、ここの中に入るとこを長くしてよ」

「ふむ」


今度は鍛冶屋まで瓶を手に取る。


「そうだな。そこになんか挟めば、きっちり閉まらんかな」


菖蒲の目が光った。


「親方! よろしく! 考えてくださいね!」

「俺かよ」

「今、自分で言ったじゃないですか」


「まあ、そうだけどよ」


菖蒲が、今度は店の中を見回す。

何か考えている顔。


「そうだ!」


ほら来た。


「ここで遊んでる人達!」

「はあ?」

「ん?」


酒を持った男たちが、一斉に菖蒲を見る。


「ここで保存食作りましょう!」

「は?」


菖蒲はそのまま、こっちを見る。


「女将さん、どうですか!」

「ああ、好きにしていいよ。どうせ遊んでんだから」

「女将!」


「決まりですね!」


早い。


「じゃあ! 親方さん! 容器、沢山お願いしますよ!」

「お、おう」

「親父さんは、挟む物を用意してくださいね!」


防具屋が自分を指差す。


「俺?」

「革でも何でも、使えそうな物ありますよね?」


「まあ、あるけどよ」


「あの」

別の男がおずおずと手を上げた。


「はい、なんですか?」

「俺達、酒飲みに来たんだけど」


「暇なんでしょ?」

「まあ」


「じゃあ、飲みながら暇つぶしに保存食作りましょう!」


「……まあ、いいか。暇だし」


いいのかい。


まあ。

いいんだろうね。


「で? どうやってやるんだ?」


さっそく鍛冶屋が瓶を手に取る。


「はいはい、教えますよー。集まってくださーい」


菖蒲が手を叩くと、男たちがぞろぞろと集まってくる。

あっという間に、菖蒲を囲んだ。


「なんかすごい圧ですね!」


酒を飲んだ男たちに囲まれて、菖蒲が少しだけ後ずさる。


「まずは、水気を取ります。しっかり取らないと、傷むのが早くなりますからね」


菖蒲が布を広げ、野菜を一つずつ拭いていく。


「はい、そこ。切ってみてください」

「こうか?」


鍛冶屋が包丁を入れる。


「おんなじ厚さ、大きさにしてください! 漬かる時間が変わっちゃいます!」

「なるほどなぁ」


「手を掛けてあげれば、あげるだけ美味しくなりますからね」

「ほう。極意だな」


「でも、ほどほどにですよ。手で触る時間は少なく」

「難儀なことを言うなあ」


「そこをちゃんとするから、保存食なんです!」


菖蒲が切り分けた野菜を並べる。

男たちは真剣な顔でそれを見ている。


さっきまで酒を飲んでいたとは思えない。


いや。

手元には、まだ酒があるけどね。


「こうして」


菖蒲が漬け汁を入れた瓶に、切った野菜を詰めていく。


「隙間がないように詰めてください。でも、押し込みすぎると崩れますからね」


「注文が多いな」

「美味しくするためです!」


「そりゃ、仕方ねえ」


誰かが頷く。


誰かが瓶を押さえる。

誰かが野菜を切る。

誰かが酒を飲む。


「ちょっと! 飲んでる人も手伝ってくださいよ!」

「飲むのも大事な仕事だ」

「どんな仕事ですか、それ!」


こうして。

食堂の片隅は、雨季の間。

保存食作り場に変わった。




次の日。


「おはよう」

「はい、おはよう……鍛冶屋。って、朝からかい今日は?」

「おうよ」


鍛冶屋がやって来た。


昨日だけじゃなかったのかい。


「今日は酒飲みじゃあねえんだ」

「ん?」

「塩漬け作りだな」


「酒はなしかい?」


鍛冶屋が少し考える。


「そこはな。少しは飲まんとな」

「どっちが主だよ?」


「そりゃ、保存食」

「ほんとかい?」


「一応な」


一応ってなんだい。

鍛冶屋が笑う。


「菖蒲には感謝しとかんとな。口実作ってくれたってな」

「まったく」


また入口が開いた。


「おはよー。って、鍛冶屋もう来てるんか」


防具屋だ。

鍛冶屋が振り返る。


「お前もだろ? 何しに来た?」

「保存食だろ?」


にししっと笑う防具屋。


「……あたしゃ頭痛いよ」


どうやら。

本当に始まってしまったらしい。




しばらくして。


「おはよう! 野菜持ってきたぞー!」


農家までやって来た。

大きな籠いっぱいの野菜を抱えている。


店に入るなり、中を見回して。


「って、なんだ? こいつら? もう来てんのか?」

「おう! 待ってたぜ。野菜ないと始められねー」


鍛冶屋が酒を持ったまま答える。


農家がその手を見る。


「酒持って言っても説得力ねえぞ」

「それはそれ、これはそれよ」


「まあな」


納得するんじゃないよ。


「女将! 俺にも一杯頼む」

「あんたもかい?」


「硬いこと言うなよ」

「はいはい」


もう好きにしな。


野菜を置いて。

酒が増えて。


食堂の片隅では、今日も保存食作りが始まった。


切って。

漬けて。

瓶に詰めて。


飲んで。

また切って。


その合間にも雨は降り続いている。


外を見る。


昨日から、ほとんど止んでいない。


すると農家が、ふと口を開いた。


「で、話変わるけどよ」

「ん?」

「今度の雨季、初めから降りすぎじゃねえか?」


酒を持っていた男たちが外を見る。


「だよなー」

「ちょっと多いな」


さっきまで笑っていた顔が、少しだけ真面目になる。


「水路の入口、補強しとくか?」

「だな」


鍛冶屋が頷く。


「昼から一仕事するか。全員いるしな。棟梁さんよ!」


少し離れたところで座っていた棟梁が顔を上げる。


「んー? 仕事か?」

「お前、飲み過ぎだぞ」


「まだ大丈夫だ」

「ほんとかよ」


やれやれ。


でも。

なんだかんだ言って、ちゃんと見ているんだね。


雨を。

水路を。

村を。


「あんたら、なんだかんだ結構真面目だね」

「ん? そうか?」


「まあ、昼からは頑張んな」


「おう」

「任せとけ」


なら。

腹くらい満たしてやろうかね。




「ほら、昼飯出来たよ! これ食べて昼から頑張んな!」

「おお、ありがてえ!」


次々と皿を出す。


さっきまで保存食を作っていた連中が、今度は昼飯に群がる。


ほんと、よく食べるね。


鍛冶屋が食べながら声を上げた。


「てことで、ねーちゃん! 昼飯、萱んとこ持って行っておいてくれ! 俺ら仕事してくるわ!」

「はーい!」


奥から、すぐに返事が返ってきた。


あたしは鍛冶屋を見る。

鍛冶屋は何食わぬ顔で飯を食べている。


「蓼」

「はい!」


「これ持って行きな。ついでに休憩してくるんだよ」


包んだ昼飯を渡す。

蓼の顔がぱっと明るくなった。


「女将さん、ありがとうございます!」


傘を手に取って。

雨の中へ出て行く。


その後ろ姿を見送りながら。


「ありがとうね、鍛冶屋」

「ん?」


「わざわざ」


鍛冶屋はこっちを見ようともせず、飯を口に運ぶ。


「なんでもねえ。自分で持って帰るのが面倒なだけだよ」

「ふふふ」


そういうことにしといてやるよ。


食事を終えた男たちが、次々と立ち上がる。


「で、材料は?」

「全部倉庫にある」


「なら、まずは倉庫だな」

「ああ」


「菖蒲に声かけて行かなきゃな」

「だな。勝手に持ち出したって後で言うとうるせえから」


「そりゃそうだ」


濡れないように頭へかぶる物を用意して。

道具を持って。


さっきまで酒を飲んでいた男たちが、今度は仕事へ出て行く。


わらわらと。

雨の中へ。


あたしは店先から、その背中を見送る。


朝から集まって。

酒を飲んで。

保存食を作って。

雨が多いと言って。

今度は水路を直しに行く。


蓼は萱のところへ昼飯を持って行った。


食堂の片隅には、今日作った保存食の瓶が並んでいる。


外では。

相変わらず雨。


ザーーーー。


雨はまだまだ止みそうにない。


まったく。

しょうがない連中だね。


でも。


まあ、いいか。

雨季だし。

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