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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
雨の雨季 編

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24/59

第一幕 雨の前

うちの村のキャラバンが戻ってきて。


それから少しして、よその村から来ていたキャラバンも帰っていった。


賑やかだった村も、ようやくいつもの姿に戻りつつある。


人が出入りして、荷物が行き交って。

あっちで商売、こっちで商売。

そんな騒がしい日々もひとまず終わり。


だから――


店も暇になる。

そう思っていたんだけどねぇ。



「今日はお客さん多いですねー」


料理を運びながら蓼が声を上げる。


「キャラバンが帰ったから、暇になると思ってました」

「今日は村のみんなが来てくれてるな」


わたしも店の中を見渡す。


家族連れ。

仕事仲間。

一人で飯を食べに来たのもいれば、何人かで酒を飲んでるのもいる。


よその人間がいなくなったからこそ、村の人間が戻ってきたってところかね。


そしてカウンターには――


いつもの萱。

いつもの席。


そして、いつものようにボーっと蓼の姿を目で追っている。


まったく。

「あんた! ちゃんと仕事してんのかい?」


「は?! 今、何か?」


びくっとして、こっちを見る。


「大丈夫なのかねー。しゃんとしないと蓼に愛想尽かされるよ!」

「えっ」


――まったく。

こんなんで、よく蓼を連れて来れたね。


「これでも、仕事のことで悩んでるんですよ」

「ほー」


わたしはわざとらしく感心してみせる。


「てっきり蓼の姿を見てるだけかと思ったよ」

「僕だって考えてるんです」

「で、なにを?」


「え? えっと……」

「今、考えてないか?」

「違います!」


慌てて首を振る。


「う、馬の荷車のことです!」

「どんな?」


ちょっと意地悪く聞いてやる。


「やっぱ、専用の荷車を作ろうかと。ただ、大きさとか、種類とか、置く場所とか、いろいろあるんです!」


「で、悩んでいる? と」

「そうです!」

「雨季来ちまうよ」


「だから焦ってるんですよ!」

「ボーっとしてただろ?」

「してません!」


なんだ。

少しはちゃんとしてるんだ。


「そんなことは菖蒲に相談したらどうだい?」

「菖蒲さんに?」


「キャラバンから帰って来てからは、和尚より菖蒲の方が人気だそうだよ。いろんな相談聞いてるらしい」


「菖蒲さんが?」


まあ、分からなくもない。


あの子は数字に強い。

店を一人で回していたくらいだから、品物のことも人のこともよく見ている。


おまけに今回のキャラバンで、村の外まで見てきた。


相談したくなる人間が増えるのも当然か。


「今日は家族で来てるよ」


少し離れたテーブルを見る。


いたいた。


「菖蒲!」


わたしが声を上げると、向こうのテーブルから手が上がった。


「なーんですかー?!」

「萱が相談あるそうだ!」


「萱さんが?」


菖蒲が立ち上がる。


スタスタとこっちまで歩いて来た。


「家族団欒のとこ、ごめんねー」

「いえいえ。もう食べ終わって、お茶してたとこですから」


「で? 萱さんが?」


「ほら!」


わたしが萱を見る。


「……実は馬の荷車のことで」


途端に菖蒲の顔が明るくなった。


「馬さんの荷車! わたしも気にしてましたよ! やっぱ専用に作るんですね!」

「あ、はあ。そう考えてですね」

「うんうん。やっぱ馬さんの機動力を活かすには専用の荷車ですよ! で?」


食いついたねぇ。


「大きさと、置く場所で」

「?」


「大きな荷車、普通の荷車、小さな荷車。三つあった方がいいかなと」

「ああ、確かに。スピードの時と量の時で使い分けですね」


「そうなんです。しかし三つも作るってなると、置く場所もいりますし、作る手間も……」

「なるほど……」


二人して考え込む。

なんだか楽しそうだねぇ。


わたしには荷車なんて、荷物を載せて運べればそれでいいんだけど。


「そう! 下と上、別にしたら?」


突然、菖蒲が顔を上げた。


「下と上?」

「車輪を支える下と、荷物を載せる上」


「下と上ねぇ……」


萱も考える。


「車輪の前後を変えられるようにしたら、一台で三種類に出来ますよ!」


「はあ? どうやって?」


「前の車輪と後ろの車輪の間の……なんだろ? 骨? を、長くしたり、短いのに変えたり」

「あーフレームですね!」


萱が身を乗り出した。


「あ、なるほど! フレームの長さを付け替えるのか!」

「そうそう、それです!」


「それなら……」


「だったら荷台も……」

「大きいのを一つ作るんじゃなくて……」

「組み合わせたら……」


「……」


なんか、話が盛り上がってる。


二人ともすっかり自分達の世界だ。


その少し向こう。

蓼が仕事の手を止めて、そんな萱をニコニコしながら見ている。


わたしは蓼を見て。

萱を見る。

また蓼を見る。


――やっぱ、この二人お似合いだね。



それから二日後。


いつもニコニコしている蓼が、今日は朝からなんだか不機嫌な顔をしていた。


分かりやすい子だねぇ。


「どうしたい?」

「聞いてください、女将さん!」

「なんだなんだ?」


蓼が少し頬を膨らませる。


「昨日から萱さん、菖蒲さんばっかりで、ちっとも相手してくれないんですよ!」


なるほど。

そっちか。


「なんだい、やきもちかい?」

「や、やきもち?!」


顔が赤くなる。


「いや、そんな……でも……」


もじもじして。


小さな声で、


「……はい」


素直でよろしい。


「仕事に夢中になってんだろ?」

「まあ、そうなんですけど……」

「なら、食堂の娘のすることは一つじゃないか?」


「?」


蓼が首を傾げる。


「お昼の弁当作って、持って行ってあげな」

「?! なるほど!」


ぱっと顔が明るくなった。

忙しい子だねぇ。


「女将さん! ありがとうございます! 厨房借ります!」

「はいはい。あ、そーそー」


「はい?」


「菖蒲の分もだよ」

「え?」


固まった。


わたしは蓼に向かって、ぱちっとウインクする。


「彼女の余裕を見せつけてあげな」


蓼は一瞬きょとんとして。


それから――

「はい!」


いい返事をした。



しばらくして。

弁当を抱えた蓼が店から飛び出していく。


「行って来まーす!」

「西の櫓だよ! ハンターが門番で一人はいるはずだから、声かけて入れてもらいな!」


「はーい!」


元気よく走っていく姪っ子の背中を見送る。


若いっていいねぇ。


「ああいうので一喜一憂できるんだから」


カウンターの向こうにいる男を見る。


「ねえ、親方」

「まあな」


鍛冶屋の親方が酒を一口飲む。


「萱もそろそろ独立させなきゃならんな」

「あら」


思っていたより話が先に進んでいた。


「まあ、いい頃合いだね」

「雨季明けくらいか」

「もう少し、蓼と暮らしたいけどねぇ」


せっかく帰ってきた姪っ子だ。

もう少しくらい、うちにいてくれてもいいじゃないか。


親方は少し考えて。


「じゃあ、次の乾季だな」

「大人の都合で可哀想じゃないかい?」

「しっかり鍛えんとな」


「まったく」


そう言いながらも、わたしも反対する気はない。


萱が一人前になって。

蓼がその隣にいる。


そんな姿も、そう遠くないのかもしれない。



翌日のお昼。

店のテーブルの一つを占領している三人組がいた。


萱。

菖蒲。

そして蓼。


テーブルいっぱいに図面を広げ、萱が二人に説明している。

蓼は専門的なことまでは分からないのだろう。

ただ萱の横で、うんうんと話を聞いている。


でも、昨日までとは違う。

今日はちゃんと、萱の隣にいる。


「前輪の軸部分と後輪の軸部分を二つ独立させて、こことここ。真ん中から左右にフレームを渡す作りです」


ふんふん。


女の子二人が揃って頷く。


「フレームは二本をひと束にして左右二箇所。四本で支えます」


菖蒲が首を傾げる。


「なぜ? 二本の束なの?」

「太い一本より軽い方が、組み換える時に楽かなと」


「あー、なるほど」


「で、荷台ですけど」

「三つ?」


「はい。小を二つ、普通を一つ」

「?」


今度は二人揃って首を傾げた。


「小は一つだけなら小型ですね。普通は一つで標準。普通と小を合わせれば大型、小二つなら中型。それに普通と小二つを全部使えば特大型にも出来ます」


菖蒲ちゃんの目が輝く。


「荷台は五種類なのに、置く場所は普通の二個分くらい!」

「そうです!」


萱も嬉しそうに頷く。


「これなら、雨の前に出来上がりそうです」


ほう。

ちゃんと形になったんだねぇ。



「で? なんだい? あれ」

カウンターで酒を飲んでいる親方に聞く。


「んー?」


親方も三人を見る。

「なんでも、うちの店では菖蒲を呼べないから、ここでやるって連れて来られたんだが」

「ほう!」


なるほどねぇ。


わたしは三人を見る。

真ん中で一生懸命説明している萱。


その話を楽しそうに聞いている菖蒲。

そして、その隣でニコニコしている蓼。


「萱もちゃんと考えてるんだ」

「? なんをだ?」

「いいんだよ」


親方は分かっていない顔をしている。


まったく。

男ってのは。


「ところで親方さんや。昼間っから酒、大丈夫なのか?」

「今日は一日、萱に店任せてるからな。俺は休みだ」


「ついて来てるくせに」

「まあ、それはな」


親方も結局、気になるんだろう。


弟子が何を考えて。

何を作ろうとして。

どこまで出来るようになったのか。


口には出さなくても、ちゃんと見ている。


わたしはもう一度、三人のテーブルを見る。


キャラバンが持ち帰った馬。

その馬に合う荷車を萱が考えて。

菖蒲が知恵を出して。

蓼がその隣で話を聞いている。


若い連中が、勝手に考えて。

勝手に悩んで。

勝手に先へ進んでいく。


外を見る。


まだ雨は降っていない。


でも、空気は少しずつ変わってきている。

雨季は、もうすぐそこだ。


さて。


「仕方がないね。チビどもにお昼でも作ってやろうかね」


「あ、俺のもな」

「あいよ!」


雨が来る前に、やることはまだまだありそうだ。

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