第七節 目的地 休息日
次の日。
今日は休息日。
朝。
いつもより少しゆっくり目に起きて、
今日もご飯を炊く。
水場がすぐそこにある。
お米を洗って、
水を入れて、
火にかける。
ぱちぱち。
火を眺めながら、
なんとなく耳を澄ます。
……なんか変。
普段の朝、
このくらいの時間ならもっと静かなのに。
遠くから人の声。
荷車の音。
何かを叩く音。
どこかで扉が開く音。
もう働いている人がいるのかな。
それとも、ずっと働いていた人なのかな。
「街って寝ないの?」
誰に聞くでもなく、
一人で呟く。
遠くから、
また何かの音。
昨日も夜まで賑やかだったのに。
不思議なところだなぁ。
やがて。
ふわっ。
ご飯の炊き上がるいい匂いが、
辺りに立ち込めてくる。
「んー、いい匂い」
さて。
後は簡単にスープでいいかな。
野菜を切って、
干したキノコと一緒に鍋へ。
ことこと。
干したキノコから出汁が出てきたところで、
簡単に調味料を入れて味を整える。
うん。
これでいい。
炊きたてのご飯は、
おにぎりにしていく。
ぎゅっ。
ぎゅっ。
朝早く起きてくる人は、
そのまま食べればいい。
でも今日は休息日。
まだ寝ている人もいる。
遅く起きた人のためのおにぎりには、
中に具材を詰めておこう。
これなら冷めても美味しい。
おにぎり。
おにぎり。
また、おにぎり。
辺り一面に、
ご飯とスープのいい匂いが立ち込める頃。
ごそごそ。
ごそごそ。
天幕から、
荷車から、
みんなが起き出してきた。
「……おはよー」
「おはようございまーす」
眠たい目を擦りながら、
おにぎりを一つ。
スープをよそって。
ずずっ。
「うま……」
「温かいのいいなぁ」
「まだありますからねー」
誰も急いでいない。
座って。
食べて。
ぼーっとして。
また一口。
朝の時間が、
のんびり、のんびり過ぎていく。
今日は休息日。
だから、
このままみんな何もしないのかな。
なんて思っていたら。
食べ終わった人が、
やおら立ち上がった。
荷車の点検。
別の人は、
荷車の修理。
荷物の確認。
武器の手入れ。
道具の手直し。
牛さん達の世話。
あっちでも。
こっちでも。
何か始まった。
「……?」
みんな普通に働いてる。
まあ、いいか。
わたしは食器を片付ける。
そして――
お昼。
「さてと」
お昼ご飯の用意しなきゃ。
朝のスープが少し残ってる。
何か野菜を足して。
あとは何か焼こうかなぁ。
「あ、ご飯は炊きましょう」
昨日から、
炊きたてのご飯が食べられるのが嬉しい。
お米を洗って。
仕込んで。
火にかける。
後は待つだけ。
わたしは近くに腰を下ろす。
のんびり。
ぱちぱちと燃える火。
時々、
お鍋を確認する。
暇なので辺りを見渡す。
荷車の下に潜っている人。
牛さんを撫でながら身体を確認している人。
道具を並べて何か直している人。
武器を磨いている人。
……みんな何かしてる。
「今日はお休みなのに」
「ん?」
声がした。
見上げる。
荷車の上。
老ハンターさんが座って、
ナイフを簡易砥石で研いでいる。
しゃっ。
しゃっ。
「みんな働いてますね」
「そりゃそうさ」
しゃっ。
「今日は好きに働く日だからな」
「好きに働く日?」
老ハンターさんが、
ナイフから目を上げる。
「お前さんだって、朝から飯炊いてただろ?」
「……」
そういえば。
朝からご飯炊いてた。
なんなら今も、
――ご飯炊きましょう。
とか言って、
また炊いてる。
「そう言えば、わたしも働いてますね」
「だろ?」
老ハンターさんが笑う。
「みんな、働くのが当たり前なのさ」
しゃっ。
しゃっ。
「ただな」
老ハンターさんが刃を確かめる。
「休みだから、誰も強制しない」
もう一度、
砥石へ刃を滑らせる。
「しないからって、誰も責めない」
しゃっ。
「急ぎもしない」
そして、
研いだナイフを日にかざした。
「今日は、好きに働く日さ」
「なるほど……」
周りを見る。
誰も急いでいない。
荷車を直している人も、
途中で座って水を飲んでいる。
武器を手入れしていた人は、
誰かと話し始めた。
牛さんの横では、
そのまま寝転がっている人までいる。
なるほど。
休みなんだ。
わたしも、
別にご飯を作らなくたっていい。
でも。
火にかかったお鍋を見る。
もうすぐ炊ける。
いい匂い。
うん。
今日は――
のんびりとご飯を炊く日だ。
午後。
「御形さん!」
「ん?」
わたしは御形さんを捕まえた。
「街のお店に付き合ってください!」
「何か買うのか?」
「いえ!」
「……ん?」
「見るだけです!」
「見るだけ?」
「はい!」
せっかくこんな大きな街まで来たんだ。
見ないなんてもったいない。
それに。
「あと、御形さん!」
「なんだ?」
「これに着替えてください!」
抱えていたものを、
ばっ!
と持ち上げる。
「……服?」
「はい!」
「なんで?」
「いいから、いいから。さあさあ、着替えましょう!」
「お、おい」
御形さんの背中を押す。
ぐいぐい。
幌の中へ。
「菖蒲、分かったから。そんな押すな」
「はいはい」
幌の中。
御形さんが、
わたしの持ってきた服を広げる。
「……え、これ着るのか?」
「はい!」
御形さんの手には、
ワンピース。
「御形さんに合うと思って選びましたから。バッチリなはずです!」
「これ……」
御形さんが、
ワンピースをしげしげと見る。
「あのお店の洋服だ」
「そうですよ」
「……」
「ほらほら」
「分かった、分かった」
ぶつぶつ言いながら、
御形さんが着替える。
わたしは外を向いて待つ。
ごそごそ。
「……なんかスースーするな」
振り返る。
「わあ!」
思わず声が出た。
「御形さん、綺麗!」
「そうか?」
「そうですよ!」
普段は軽装か、
防具を着けている御形さん。
長い手足に、
すっと落ちるワンピース。
思った通り。
似合う。
「これなら籐吾さんもほっとかないでしょう!」
「ん?」
御形さんが首を傾げる。
「なんで籐吾?」
「……」
本気で分かってない。
まあいいや。
「さあ、行きましょう!」
「お、おう」
「街へ!」
二人で荷車を出る。
その時。
「あ」
籐吾さん。
ちょうど向こうから歩いてきた。
すれ違う。
籐吾さんが御形さんを見る。
「……」
ぴた。
籐吾さんが止まった。
わたし達はそのまま横を通り過ぎる。
ちらっ。
振り返る。
「……」
籐吾さん。
口が開いたまま、
こっちを見てる。
御形さんも振り返る。
「籐吾のやつ、呆れてたぞ」
「違います!」
「そうか?」
「あれは見惚れてたんですよ!」
「そうかなー?」
「そうです!」
御形さんを上から下まで見る。
うん。
「なんたって今日の御形さん、綺麗ですから!」
「よく分からんなぁ」
御形さんは首を傾げたまま。
――籐吾さん。
頑張ってください。
わたし達は街へ繰り出した。
今日は買い物じゃない。
買うわけでもなく、
お店を見て回る。
「へえー」
いろんなお店。
いろんな品物。
うちの村では見ないものもある。
人もいっぱい。
「あ、あそこ見たいです!」
「おう」
行く。
「……」
人。
「ただ、また待つのか?」
「……ですかね」
待つ。
やっと見られた。
次。
またお店。
待つ。
「あ、何か飲み物買いましょう!」
「おう」
人が並んでる。
「……待つのかぁ」
並ぶ。
待つ。
やっと買えた。
飲みながら歩く。
「あ!」
「今度はなんだ?」
「あそこ、お饅頭売ってる!」
「食うのか?」
「食べます!」
近づく。
「……」
列。
「並ぶ?」
「……待つのかぁ」
また並ぶ。
待つ。
お饅頭は美味しい。
美味しいけど。
人。
人。
人。
どこへ行っても、
人。
待つ。
並ぶ。
待つ。
「……疲れました」
「帰るか?」
「帰りましょう」
なんか。
待ちくたびれて帰ってきた。
キャラバンへ戻る。
「あー……」
なんか落ち着く。
荷車。
牛さん。
天幕。
みんな好き勝手に何かしている。
寝ている人もいる。
話している人もいる。
朝から始めた修理を、
まだのんびり続けている人もいる。
時間がゆっくり流れている。
街は便利だし、
いっぱいお店がある。
いろんなものもある。
楽しい。
でも。
わたしは辺りを見回す。
「こっちの方がいいかな」
「何が?」
「いえ、なんでもないです」
今日は宿屋さんに泊まれる。
今晩は宿屋さんのご飯を食べて。
ベッドでしっかり寝て。
そして明日は――
交易だ。
夕方。
宿へ持っていく荷物をまとめる。
「じゃあ、行ってきまーす」
「おう」
老ハンターさんは動かない。
「あれ? 行かないんですか?」
「おれは荷物番するからな」
「一人で大丈夫ですか?」
「なに、慣れたもんだ。心配いらん」
すると。
「じゃあ、おれもお供します」
籐吾さん。
老ハンターさんが頷く。
「じゃあ籐吾は後ろの四番車な。おれは一番車に乗る」
「了解!」
二人で残るらしい。
「じゃあ、お願いします!」
わたしと御形さんは手を振って、
みんなと宿屋さんへ向かった。
夜。
宿屋さんのご飯を食べて。
お風呂に入って。
柔らかいベッド。
「はあー……」
久しぶり。
やっぱりベッドっていいなぁ。
そんなことを思いながら眠って――
夜遅く。
ふと目が覚めた。
「……ん」
なんでだろ。
喉が渇いたのかな。
部屋を出て、
一階へ降りる。
水を一杯。
ごくごく。
「ふう」
なんとなく、
窓から外を見る。
夜の街。
でも。
静かじゃない。
遠くには明かり。
時々、
人の声。
何かの音。
朝も思ったけど。
――本当に、この街って寝ないんだなぁ。
宿屋さんの真正面。
うちのキャラバン隊が停まっている。
昼間と変わらない荷車。
その前を、
衛兵さん達が歩いていく。
巡回。
「へえ……」
街の中も、
一晩中回ってるんだ。
大変だなぁ。
衛兵さん達を目で追って。
そのまま、
なんとなくキャラバンを見る。
一番車。
二番車。
三番車。
四番車――
「……ん?」
誰かいる。
目を凝らす。
「あれ、御形さん?」
御形さんだ。
何してるんだろ。
四番車。
そこにいるのは――
「あ」
籐吾さん。
御形さんが何か渡している。
包み?
食べ物?
「……夜食か」
ふふふ。
御形さん。
ちゃんと籐吾さんのところに来てる。
昼間は、
――なんで籐吾?
なんて言ってたのに。
「ふふ」
わたしは、
見なかったことにする。
そっと窓から離れて、
自分の部屋へ戻る。
廊下を歩きながら、
もう一度だけ外の音を聞く。
眠らない街。
その一画。
わたし達の荷車。
その周りだけは、
いつもと同じ。
ゆっくり。
のんびり。
平和に。
わたし達の時間が流れている。
明日は、
いよいよ交易だ。




