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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
キャラバン編

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16/69

第七節 目的地 入場


あの襲撃から、しばらく。


何事もなく道を進み続けて、

みんなも少しずつ落ち着いてきた頃。


まだまだ、お昼前。

ガタゴト、ガタゴト。

いつもの荷車の音。


乾いた風が幌を揺らしている。


あれから何度か、

遠くで動物の鳴き声が聞こえるたびに、

ちょっとだけ身体が固くなる。


でも、何も起きない。


道は続いて、

荷車も進んで、

牛さん達も歩いている。


そんな時だった。

先頭車からリーダーさんの声が上がった。


「目的地が見えました!」


「えっ!」

わらわら。

みんなが一斉に幌から顔を出す。


身を乗り出す。

御者台に上がる。


わたしも!

「籐吾さん!! そこいたら見えません!! どいてください!!」

「え?」

「大きいんですよ!!」


籐吾さんをぐいぐい押し退けて、

わたしも御者台へ上がる。


「どこですか?!」


御者さんの横。

老ハンターさんの隣から、

前を見る。


遠くに何かが見えた。

灰色の線。


あれ?

「石垣?」


「そうだな」

老ハンターさんが前を見る。


「城砦。目的地の街だ」

「おおー……」


ついに。

ついに着いたんだ。


ゴトゴトゴト。

荷車が進んでいく。


近づくにつれて、

ぼんやりしていた灰色の線が、

だんだんと形になっていく。


左右へ、ずっと続く石の壁。


「おっきいー!」

思わず声が出る。


高い。

うちの村の外壁とは全然違う。


木じゃない。

石。

石。

石。

石。

「すごい……よくこんなに積んだなー」


どれだけの人が、

どれだけの時間をかけて積んだんだろう。


左手の奥には、

一際高く築かれた城砦。


その上には建物まで見える。

「うわー、高い……」


あそこからなら、

ものすごく遠くまで見えるんだろうな。


反対側。

右手の奥を見る。


「……丘?」

「ああ」

老ハンターさんが頷く。

「丘まで取り込んで、その外側に石垣を築いてる」


「へえー」

丘の上には見張り櫓。


あそこなら左右どころか、

ずっと遠くまで見渡せるんだろう。


更に近づく。

今度は正面。


大きな木で組まれた門が見えてきた。


「おっきい!」

今日、何回言っただろう。

でも、おっきいものはおっきい。


……あれ?

「中にも門?」


大きな門の向こう。

更にもう一つ門が見える。


「外門と内門だな」

「二つあるんですか?」

「ああ。それぞれ外と内へ開く」


老ハンターさんが門を指す。


「緊急時には両方を閉じる。もし外門を破られても、内門でもう一度止める」

「なるほど」


「止めたところを、上から仕留める」


門と門の間。

左右は高い石壁。

上にも人が立てる場所がある。


そこへ敵が入り込んだら――

「あー……」

分かった。


「挟み撃ち?」

「まあ、そんなところだ」


「へえー……すごいなぁ」


感心する。

感心するんだけど。


「でも」

「ん?」

「何にそんなに警戒してるの?」


動物?

でも動物相手なら、

こんな二重の門が必要なんだろうか。


老ハンターさんが少し黙った。

「その昔、ここは人同士が争った、その残りなんだ」


「え?!」

思わず振り返る。

「人同士?!」

御形さんもこちらを向いた。


さっきまで普通だった顔が、

少しだけ険しくなる。

――御形さん、盗賊には敏感だなぁ。


「和尚の受け売りだがな」

老ハンターさんが続ける。

「その昔、どこかの村の馬鹿達が盗賊共と手を組んで、近隣の村を襲ったらしい」

「……なんでそんなことを?」

「さあな」


老ハンターさんは肩をすくめる。


「それで、襲われた村から逃げてきた連中が集まった。そいつらが立て籠もったのが、ここにあった古い山城跡だったそうだ」


もう一度、街を見る。

高い石垣。

丘。

櫓。

門。


「ここは、その時に逃げて集まった連中の子孫達が、長い年月をかけて大きくしていった結果だとさ」


「……襲った人達は?」

「そりゃあ」


老ハンターさんが笑う。


「こんなところで立て籠もった連中を囲んでたら、どうなると思う?」

「……この動物達のテリトリーで?」


「そういうことだ」


あ。


「近隣の村を襲って、壊して回ったんだ。隠れるところも、逃げ込むところも、自分達でなくした」


「……」

「後は、想像通りの結末さ」


もう一度、街を見る。

石の壁。

高い櫓。

二重の門。


あれは、

誰かを攻めるために作ったんじゃない。

逃げてきた人達が、

生き残るために作ったもの。


「……逃げた人達が、生き延びた街」

老ハンターさんが少し笑った。

「ああ。そういう街だ」


ゴトゴト。

ゴトゴト。


街がどんどん近づいてくる。

そして正門から、まだかなり距離を残したところで、


キャラバン隊は止まった。


前に泊まった村よりも、

更にずっと遠い。


リーダーさんと老ハンターさんが荷車を降りる。

そして老ハンターさんが、

「籐吾! ついて来い!」

「?! おれ?」


「ああ」

「何すればいい?」

「ついてくるだけで構わん」


「……?」


二人が正門へ向かって歩いていく。

その後ろから、


のしのし。

籐吾さん。

大剣を背負って。


……なんで籐吾さん?


三人が門まで行き、

衛兵さん達と話を始める。


しばらく話をしている。

やっぱり籐吾さんが気になるのか、

衛兵さん達がちらちら見てる。


籐吾さんは後ろで、

大剣を背負って、

腕を組んで立っているだけ。


ほんとに何もしてない。

ただ立ってる。


……目立つなぁ。


やがて三人が戻ってきた。


待つのかな。

わたしは何となく周りを見渡す。


「……ん?」


城砦の横。

少し離れたところに、

何台もの荷車が見える。


「あれ……キャラバン?」

一つじゃない。

ちらほらどころじゃない。


いくつかのキャラバン隊が、

街から距離を取って止まっている。


天幕まで張っているところもある。


わたしの視線に気づいたリーダーさんが言った。

「入場待ちのキャラバンですね」

「入場待ち?」

「ええ」

「……随分待ってません?」

「そうでしょうね」


野営してるもん。


「わたし達もしばらく待つことになります」

「待つんだー」


せっかく着いたのに。


「でも」

リーダーさんが笑う。


「うちは比較的早く許可が出ると思いますよ」

「そうなんですか?」


「ああ」

老ハンターさんが頷く。

「この隊は何度もここへ来てる。隊の身元も、村も、過去の取引も向こうに記録があるからな」


「なるほど」

「それにな」

老ハンターさんが顎を動かす。

その先。

籐吾さん。


「こいつが効いた」

「……籐吾さんが?」

「こんなのが門前にいつまでも居座ってみろ。衛兵も嫌だろ?」


「あー」

納得。


「なるほど」

籐吾さんが、なんとも言えない顔をしている。


「おれ、何もしてないのに」

御形さんがぽんと籐吾さんの腕を叩く。


「籐吾」

「ん?」

「立ってるだけで役に立つんだ」


「……」

ますます、ぶー垂れる籐吾さん。


遠くで衛兵さん達が、

こちらを見ながらひそひそ話している。


……うん。

まあ、こんなのが暴れでもしたら、

衛兵さんも嫌だよね。


でも。

改めて周りを見る。


「こんなにたくさんのキャラバンが来るんだ……」


すごいなぁ。

うちの村にこれだけ来たら、

たぶんパニックになる。


しばらくして。

門から衛兵さんが一人、

紙を持ってこちらへ歩いてきた。


先頭車のリーダーさんのところへ行き、

紙を見ながら声を上げる。


「中央広場! 交易場の六番区画へ入ってくれ!」

「承知しました」


衛兵さんがこちらを見る。

二番車。


わたし達の荷車。

……というか。

籐吾さんを見ている。


リーダーさんに何かごしょごしょ言って、

リーダーさんが何度か頷いた。


そして振り返る。

「許可がおりました! 入場します!」


「おおー!」

ほんとに先におりた。


籐吾さん。

効くんだ。


「……なんかなぁ」

ますますぶー垂れる籐吾さん。


牛さん達が歩き始める。

ゴトゴト。

ゴトゴト。


大きな正門が、

どんどん近づいてくる。


見上げる。


「うわぁ……」


近くで見ると、

さっきよりずっと大きい。


石壁に挟まれた門の中へ入る。


急に日差しが消えた。

荷車の音が変わる。


ゴトゴトという音が、

石壁に当たって低く響く。


左右には衛兵さん達。

みんなこちらを見る。


いや。

籐吾さんを見る。


籐吾さんは、

ぶー垂れた顔のまま見上げられている。


外門を抜ける。

二つの門の間。

空気が変わる。


上を見る。

衛兵さんがいる。


――なるほど。

ここで止めるんだ。


そして内門。

また荷車の音が響いて――


光。

街の中へ出た。


「おおー!」

御者台から身を乗り出す。


右。

左。

また右。


「建物いっぱい!」

たくさんの建物。


たくさんの人。

店。

荷車。

荷物を運ぶ人。

話している人。

走り回る子供達。


「すごーい……」

確かにたくさん。


うちの村とは全然違う。


……でも。

しばらく眺めていると。


「なんだ」

「何が?」


御形さんが聞く。

「印象は村と同じだなぁって」

「そうか?」

「人は多いですけど」


笑っている人がいる。

働いている人がいる。

子供を叱っているお母さんがいる。

荷物を運びながら話している人がいる。


「ま、同じ人ですし」

「そりゃそうだ」


御形さんが笑う。


うん。

なんか納得。


さて。

わたしはもう一度、

街を見渡す。


――お客さん、たくさん来てくれるかな。


キャラバン隊は街の中を進み、

やがて大きな広場へ入っていく。


「交易場の六番……」

広場を見渡す。


「六つ以上のキャラバン隊が入るってこと?」

「だろうな」


指定された六番区画へ入る。


「広っ!」

かなりの広さ。


荷車を全部入れても余裕がある。

ここなら普通に野営出来そう。


「あ、水場!」

すぐ横に水場がある。


遠くを見ると、

他にもいくつかの水場。


「広いなー……」

なんて感心していると。


リーダーさんと老ハンターさんが、

何やら話している。


「うーん」

老ハンターさんが六番区画を見回す。

「こりゃ籐吾が効き過ぎたか」

「ですね」

リーダーさんも苦笑する。

「ここからあまり街に出るな、ってことでしょう」

「え?」


六番区画。

広い。

水場も近い。

端っこ。


……あ。

「隔離?」

「まあ、そういうことだろうな」


「おれ、何もしてないのに……」

籐吾さんがまたぶー垂れた。


荷車を整列させる。

降りた人達は、


「うーん!」

伸びをする。


そして、

わらわらといつもの確認作業が始まった。

荷車の点検。

車輪。

軸。

幌。

牛さん達の身体を確認。

荷物の確認。


いつもの作業。


「宿の空きを確認して来ます」

リーダーさんが、


広場の反対側にある宿屋さんへ歩いていく。


しばらくして。

戻ってきた。


「今日は空きがないそうです!」

「えー」

「明日、明後日、明明後日は予約して来ました」


おお。

「ということで、今日はここで野営します!」


まあ、

ここなら水もあるし。


「それと!」

リーダーさんがみんなを見る。

「明日は休息日にします。ゆっくり休んでください!」

「おおー!」

「やった!」


みんな嬉しそう。

わたしも嬉しい。


――明日は街を見て回れる!

……休息?

まあ、それはそれ。


「さあさあ! では準備だ!」


天幕が張られていく。

わたしはお昼ご飯の準備。


さて。

何にしようかな。


水場がすぐ横にある。

水。


……あ。

「そうだ!」

みんながこちらを見る。

「今日はご飯炊きましょう!」


一瞬。


「やった!」

「今日は白飯が食える!」

「外で食べる飯って、なんか美味いんだよな!」


みんな嬉しそう。


そう。

外界じゃ、ゆっくりお米なんて炊けないもんね。


水を汲んで。

お米を洗って。

火を起こして。

炊く。


しばらくすると、

ふわっと湯気が上がる。


「いい匂い……」


炊き上がったご飯。

ほかほか。


それを握っていく。

おにぎり。

おにぎり。

おにぎり。


おかずは干物とお漬物。

木の大皿に盛って。


おにぎりも大皿へ、

どんどん並べていく。


よし!

「手が空いた人からどーぞー!」

「待ってました!」


わらわらと人が集まる。


「美味いなー」

「菖蒲さん最高っす」

「美味い!」


「いっぱいありますからねー!」


みんなが食べる。

わたしも一つ。


ぱくっ。

「んー!」

美味しい。


外で食べる炊きたてのご飯。

なんでこんなに美味しいんだろ。


ふと見る。

丸太に座った籐吾さん。

両手におにぎりを持って、


もぐもぐ。

もぐもぐ。

……何個目だろ。


その隣には御形さん。

「あ」

「ん?」

御形さんが籐吾さんの頬へ手を伸ばす。

ぺた。

「ついてる」

ご飯粒。

それを取って、


ぱくっ。

何事もなかったみたいに、


御形さんも自分のおにぎりを食べる。


籐吾さんも気にせず、

もぐもぐ。


「……」

わたしは二人を眺める。


――うーん。

ほっこりしますね、あの二人。


遠くには、

高い石の城砦。


周りには、

たくさんの人。


いくつものキャラバン。


そして、

炊きたての白いご飯。



わたし達はようやく、

目的地へたどり着いた。

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