第六節 強襲
旅はつつがなく続いていく。
遠くで何かの鳴き声がする。
最初はいちいち、びくっとしていたのに。
慣れるものだ。
朝起きて、
みんなで準備して。
ガタガタ、ゴトゴト。
進んで。
みんなで野営して、
また起きる。
次は宿泊地。
一息ついて、
交易して、販売して、購入して。
また出発して、
また野営。
そんなことを繰り返しながら、
キャラバンは少しずつ目的地へ近づいていく。
そして――外界。
風が渡っていく。
今は乾季。
雨は降らない。
端から端まで青空。
雲なんて、どこにあるのだろうと思うくらい。
なので。
暑い。
いや。
熱い?
からから。
荷車の幌の中。
日陰ではあるのだけれど、吹き込んでくる風まで熱い。
太陽の恵みを存分に抱え込んだ熱風が、
幌の中を通り抜けていく。
「水は飲んだか?」
幌の中、老ハンターさんが声をかけてくれる。
「お前は身体が小さいから、定期的に飲め」
「はい」
水筒を取って、
コク、コク、コク。
水を飲む。
――何度、この会話をしてるだろう。
朝も言われた。
昨日も言われた。
その前も……言われたような。
――それだけ大事ってことだろう。
水筒の栓を閉める。
旅は、
ゴトゴトゴト。
ゴトゴトゴト。
今日も続いている。
ぴーーーーーーっ!
それは突然やって来た。
遠くまで通る、高い笛の音。
「警戒!!」
荷車が止まる。
老ハンターさんが即座に外へ出た。
わたしも反射的に身体を起こす。
老ハンターさんは御者台へ立ち、
周囲を見渡している。
わたしは幌の隙間から、そっと顔を出した。
先頭車の方から声が飛ぶ。
「あそこ! 西側! 森の方向! 上空!」
誰かが指を差している。
わたしも外へ出て、
老ハンターさんの横から西を見る。
「……何、あれ?」
黒い塊。
遠くの空。
何かがいる。
ひとつの大きな黒い塊みたいに見えるのに、
形がぐねぐねと変わっている。
伸びて。
縮んで。
流れるように広がって。
また、ひとつに固まって。
「近づいてきてるんですか?」
老ハンターさんに尋ねる。
「うーむ……」
しばらく見つめていた老ハンターさんの顔が変わった。
「コウモリだ!」
大声が飛ぶ。
「ハンターは戦闘体勢! ハンター以外は幌の中へ!」
続けて、
「幌をしっかり閉めろ!」
そして一際大きく、
「絶対、中に入れるな!」
コウモリ?
――こんな昼間に?
御形さんと籐吾さんも武器を掴み、
外へ出る。
「御形さん!」
御形さんが振り返る。
「大丈夫だ! わたし達の装備なら、コウモリの牙くらいは通さない!」
その横で、
老ハンターさんが低く呟いた。
「……病気持ちかもしれんな」
そして。
今までよりも大きな声。
「絶対に噛まれるな!!」
ぞくっ。
背中が冷たくなった。
わたしも急いで幌の中へ戻る。
前。
閉める。
後ろ。
閉める。
隙間がないことを確認する。
……静か。
さっきまで聞こえていた車輪の音もない。
風の音さえ消えてしまったように感じる。
待つ。
何も見えない。
外がどうなっているのかも分からない。
そして――
バタッ!
バタバタバタバタバタッ!!
「わっ!」
来た。
幌に何かがぶつかる。
前!
後ろ!
上!
バタバタバタ!
ドンッ!
バタッ!
ドドッ!
あらゆる方向から、
何かがぶつかってくる。
幌が揺れる。
外から声。
「牛についた奴らは払い落とせ!」
「牛達を落ち着かせろ!」
「後方! そっちに行ったぞ!」
怒鳴り声。
羽音。
何かがぶつかる音。
見えない。
何も見えないのに、
音だけが周りを飛び交っている。
――いったい、外はどうなってるの?
恐怖が、
じわじわと首をもたげる。
その時。
ふっ。
一瞬、音が遠ざかった。
「……?」
静か。
そして。
ドドンッ!!
「きゃっ!」
急に来た。
今までで一番大きな衝撃。
後ろの幌が大きく歪む。
「あ!」
隙間!
慌てて後ろへ走る。
幌を掴む。
引っ張る。
「閉まらない!」
もう一度。
力いっぱい引っ張る。
ドンッ!!
「わっ!」
また!
次の瞬間。
バタバタバタバタッ!
「入って来た!」
黒い影が幌の中を飛び回る。
一。
二。
三。
四。
五。
……六匹!?
考えるより先に、
腰へ手が伸びた。
スパイクを四本抜く。
左手に三本。
右手に一本。
飛び回る影を目で追う。
一匹。
――そこ!
スコン!
次!
スコン!
もう一匹!
スコン!
「ちっ!」
ひとつ外した!
手元には一本残す。
すぐに腰へ手を伸ばす。
さらに三本。
ふうぅぅ……。
息を吐く。
目で追う。
焦るな。
店でやってるのと同じ。
飛んでる。
動いてる。
だから――先へ。
スコン!
スコン!
スコン!
「くそっ! またひとつ外した!」
それでも、
手には一本残す。
なぜ?
当たり前。
敵の前で丸腰なんて、
ありえない。
最後の三本を抜く。
構える。
一匹。
スコン!
もう一匹。
スコン!
「菖蒲!!」
「御形さん!」
幌が開いた。
「大丈夫か!!」
最後の一匹は、
開けられた幌から外へ飛び出していった。
「はあーーーーーっ!」
一気に息を吐く。
「大丈夫です!」
御形さんが幌の中を見渡す。
床。
荷物の横。
壁際。
そこには、
スパイクの刺さったコウモリが五匹。
後ろから籐吾さんも覗き込んだ。
「……この狭い中で、よく当てたな」
「ははは……お店でのが役に立ちました」
「無事で何よりだ」
その言葉で、
自分の右手に気づいた。
まだスパイクを一本、
ぎゅっと握り締めている。
指を開く。
――終わったんだ。
みんなで外へ出る。
「噛まれた奴はいないか!!」
老ハンターさんが叫んでいる。
「お互いで身体を確認し合え!」
そして、
「落としたコウモリには絶対、素手で触るな!!」
そうだ。
自分の前は見える。
でも、
背中は見えない。
「菖蒲、こっち向け」
「はい。御形さんもですよ」
わたしと御形さんで、
お互いの身体を確認して回る。
噛まれた跡。
引っ掻かれた跡。
血が付いていないか。
「大丈夫そうだな」
「御形さんも大丈夫です」
「よし」
「焚き火を焚け!」
また老ハンターさんの指示。
「湯を沸かす! 準備しろ!」
「コウモリは一箇所に集めろ!」
次々に指示が飛ぶ。
老ハンターさんと獣医さんが、
地面に落ちたコウモリを距離を取って観察している。
「どう思う?」
「断定は出来ませんが……おそらく、病気持ちが混じっています」
「狂った病気持ちの群れが、正常な群れを襲ったか?」
「おそらく。半分以上は、襲われて逃げ回っていた正常な個体だと思います」
「病気持ちに襲われて、群れ全体がパニックになった?」
「たぶん」
「焼くか?」
「それが一番です」
老ハンターさんが立ち上がる。
「返り血も素手で触るなよ!」
身体を確認し合っているハンターさん達へ叫ぶ。
「湯で消毒出来る物は消毒しろ!」
「幌についた血も洗い流して、湯をかけろ!」
「集めたコウモリは焼く! 準備しろ!」
動ける人達で、
辺りから燃やせそうなものを集める。
荷車からも薪を出す。
火をつける。
やがて。
バチバチバチ。
炎が上がった。
辺りに焼ける匂いが立ち込める。
「ハンターは警戒しろ!」
老ハンターさんの声が飛ぶ。
「匂いに釣られてくる奴を警戒!」
各荷車の御者台に、
一人ずつハンターさんが登る。
前。
後ろ。
右。
左。
四方を警戒する。
バチバチ。
バチッ。
薪のはぜる音。
煙が立ち昇る。
少し上まで昇った煙は、
風に捕まって横へ流れてゆく。
広がって。
薄くなって。
やがて青空へ溶けて、
見えなくなった。
――やっぱり、外界は怖い。
大きな動物。
知らない動物。
牙を持つ動物。
爪を持つ動物。
でも。
こんな小さなコウモリでさえ、
ここでは脅威になる。
立ち昇る煙を眺めながら、
ハンターさん達へ視線を向ける。
誰も笑っていない。
みんな真剣な顔で、
辺りを見張っている。
焼ける匂いが、
乾いた風に乗って流れていく。
その時。
遠くで。
何かの鳴き声。
「……っ」
びくっ。
身体が勝手に反応した。
――やっぱり。
慣れないのが正常なのかな。
ここは外界。
動物達のテリトリー。
わたし達、人は弱い。
……いや。
弱くはない。
相手が強すぎるだけ。
だから、人は集まる。
一人では出来ないことを、
みんなでする。
見張る人がいる。
戦う人がいる。
動物を診る人がいる。
荷車を守る人がいる。
火を焚く人がいる。
そして。
手を取り合う。
もう一度、
周りを見る。
どこまでも続く青い空。
乾いた大地。
遠くに見える森。
その上を流れてゆく煙。
ここは外界。
怖い。
危険。
わたし達の場所じゃない。
でも――
とても。
とても素敵で、美しい。




