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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
キャラバン編

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13/61

第五節 宿泊地 交易

遠くに、櫓が見えてきた。


「あ」


思わず声が出る。


やがて、その下に見えてきたのは、村の周囲をぐるりと囲む高い木の壁。


最初の宿泊地だ。


長かった道の先に、ようやく人の暮らす場所が見えてきた。


キャラバン隊はそのまま正門へ向かうのかと思ったけれど、門から少し離れたところで停止した。


リーダーさんと老ハンターさんの二人が隊列を離れ、正門に立つ衛兵さんのところへ歩いていく。


「へえー、いきなりは入らないんだ」

どうやら、まずは入村の許可をもらうらしい。


待っている間、わたしは荷車の上から村を眺める。

「へえー……」

わたし達の村とは全然違う。


外界と村を隔てているのは、高くて丈夫そうな木の壁。

丸太を隙間なく並べて、ぐるりと村全体を囲んでいる。


わたし達の村には外壁の外にも外苑があって、その先に防護林がある。

でも、ここにはそれがない。


つまり――

「門を出たら、すぐ外界なんだ……」


同じ村でも、守り方が全然違う。

これから行く先々も違うのかなぁ。


ちょっと楽しみになってきた。


しばらくすると、リーダーさん達が戻ってくる。


「許可が出ました。村へ入ります」

キャラバン隊が再び動き出した。


ゆっくりと正門へ近づき、大きな木の門をくぐる。


その先には――


「あれ?」


普通に家。

普通に建物。

人が歩いていて、子供がいて、道があって。


「中はあんまり変わらないんだ」


壁の外はあんなに違うのに、中に入ればちゃんと人の暮らす村だった。


なんだかちょっと面白い。


キャラバン隊は村の中央部から少し外れた広場へ入っていった。


野営の時とは違って、荷車をきちんと並べて停める。

止まった途端、


「んんーっ!」

伸びをする人。

「ふあぁ……」

あくびをする人。


そして、


「ほおー……」

キョロキョロする、わたし。


でも、止まればやることはいつもと同じ。


荷車の点検。

牛の状態の確認。

積み荷の確認。

自分達の身体の確認。

みんな、それぞれがそれぞれの仕事を始める。


わたしも何かしようかな。

そう思っていると、


「菖蒲さん! ちょっと」

リーダーさんに呼ばれた。


「はい、なんですか?」

「一緒に役場まで行ってくれませんか?」

「?」


わたし?

「わたしが、ですか?」

「はい。交易品の説明と、できれば交渉なんかもお願いしたくて」

「わたしでいいんですか?」

「今回持ってきた品については、菖蒲さんが一番ご存じでしょう?」

「……なら」


確かに。

選んだのは、ほとんどわたしだ。


何を持っていくか。

どこなら売れそうか。

何が欲しがられそうか。

ずっと考えてきた。


「分かりました。行きます!」


わたしはリーダーさんと一緒に、村の役場へ向かった。

役場で受付をしてもらい、案内された部屋で待つ。


静かな部屋。

目の前には机。


「……」


なんだろう。

喉が渇く。

乾季だからかな。


それとも――

緊張してる?

わたし。


「お待たせいたしました」


引き戸が開いた。

入ってきたのは二人。


一人は若い人。

もう一人は少し年配の人。


向こうに二人。

こちらもリーダーさんとわたしの二人。

机を挟んで向かい合って座る。


まずは季節の挨拶。

そこはリーダーさんが慣れた様子で応えてくれた。


そして、若い担当者さんが口を開く。

「さて、今回はどのような品物をお持ちに?」


来た。


「それはこちらのリストに」


わたしは用意していた紙を、すっと差し出した。


相手が目を通していく。

その間に、わたしは順番に説明する。


これは何なのか。

どう使うものなのか。

どれくらい持ってきているのか。

そして、なぜこの村なら欲しがると思ったのか。


一つずつ、丁寧に答えていく。


若い担当者さんは何度か頷き、さらに質問を重ねてくる。

「なるほど。よく考えてお持ちになられたようですね」

「はい」

「私どもが欲しがる品物が中心になっています。それに、興味深い品も多数ある」

「ありがとうございます!」


――よし。


当たった。

お店でお客さんに聞いて、キャラバンの人達にも聞いて、あれこれ考えて選んだ品物。

ちゃんと、この村が欲しいものだった。


嬉しい。

「では」

担当者さんがリストを机へ置く。


「これらの品物に対して、そちらが希望するものは?」

「それはこちらをお願いします」


今度はもう一枚。

先ほどのリストの上に重ねる。


担当者さんがそれを見て――少し目を見開いた。


「ほう……結構な量と品揃えをご希望で」

「はい」

「これを交換してほしい、と?」

「はい」

「では、こちらのメリットは?」


来た。

ここも考えてある。


「わたし達が帰路に立ち寄る先で販売します」


「つまり――」

担当者さんが少し笑った。


「うちの村の商品を宣伝して、営業までしてくれると?」

「そう取っていただいて結構かと」


少しの沈黙。


そして、

「面白い!」


若い担当者さんが笑った。


「いいでしょう。その話、乗りましょう!」


「え」

隣に座っていた年配の人が慌てる。


「いやいやいや、そんな大きな取引を、物も見ずになんて!」

「大丈夫でしょう。これだけ調査して選定された方だ」

「いやいや! 我々だけで即断なんて!」

「大丈夫ですって」

「大丈夫じゃない!」


若い担当者さんは、こちらを向いた。

ちょっと申し訳なさそうに笑う。


「すみません。この小心者が言うので、許可を得てきます。何、一言言ったらすぐ戻りますから」

「あ、はい」


すっと立ち上がり、そのままさっさと部屋を出ていった。


「……」

待つのかぁ。


緊張が切れた途端、なんだか力が抜け――


ガラッ。

「はい、許可取ってきました」


「早っ」

思わず声が出そうになった。


ほんとにすぐ戻ってきた。


年配の人は、額を押さえている。

「まったく、あなたという人は……」

「許可は出たんだからいいでしょう」

「そういう問題では……」


二人のやり取りを聞きながら、わたしは机の上の二枚の紙を見る。


交易品の一覧。

欲しい品物の一覧。


そして――


話は成立。

「……」


――え?

売れちゃった。


なんだか頭がポワポワしたまま、役場を出た。


外の日差しが眩しい。


隣を歩くリーダーさんが、笑いながら言う。

「よかったですね」


わたしは、ギギギっと顔を向ける。


「売れちゃいました」

「そうですね」

「売れちゃいましたね!」

「はい」

「良かったーーーー!」


やった!

売れた!

あんなに考えて、調べて、悩んで選んだものが。

ちゃんと売れた!

しかも、ほとんど全部!


嬉しい!

すっごく嬉しい!


キャラバン隊の待つ広場へ戻ると、みんなの姿が見当たらない。


「あれ?」

と思ったら。


広場の向かいにある宿屋兼食堂。

その一階に、みんないた。


何かを飲んでいる人。

ちょっとしたおつまみをつまんでいる人。

椅子に身体を預けている人。

みんなすっかりくつろいでいる。


「ただいま帰りました!」

「お疲れ様でしたー!」

あちこちから声が返ってくる。


するとリーダーさんが、みんなの前で声を上げた。

「報告があります!」


ん?

「なんと菖蒲さん――」


嫌な予感。


「紙切れ二枚で、荷車一台分の荷物を売ってくれました!」


「……」

一瞬、静かになった。


「は?」

「え?」

「紙だけで?」

「はい」

「なに? 口だけで売っちゃった?」

「そうです」

「……やるな! 菖蒲さん!」

「すげーな!」

「やっぱやるやつだな!」

パチパチパチパチパチパチ!

「え、いや、あの」


みんなから拍手される。

「たまたま上手くいっただけで……」


――いや、これ、めっちゃ照れるじゃん!


やめて!

そんなに褒めないで!

嬉しいけど!

恥ずかしいから!


みんなからわいのわいの言われている、その向こう。

ふと、萱さんが目に入った。


「……」

なんか、ボーッとしている。


なんだ?

何見てるの?

萱さんの視線を追ってみる。


その先には――

「あ」

宿屋さんの娘さん。


ちょっと赤みがかった髪。

とっても素敵な笑顔で、みんなの飲み物やおつまみを運んでいる。


それを萱さんが、ぼーっと見ている。

「……ふーん」


――ははーん。


晩御飯も、そのまま宿屋の一階でいただいた。

キャラバンのみんなで、ワイワイ、ガヤガヤ。

賑やかな食事。


「よかったな! 上手くいって」

隣の御形さんが笑ってくれる。


「はい!」

嬉しい。

御形さんにも褒めてもらえた。


その向こうでは、

「モグモグモグモグ」

籐吾さんが、相変わらずものすごい勢いで食べている。


リーダーさんは、なんだか自分のことみたいに自慢げに、役場での話をみんなにしている。


老ハンターさんはお酒かな。

もう顔が真っ赤。

「がはははは!」

楽しそうに笑っている。


そして萱さんは――

やっぱり。

宿屋の赤毛の娘さんを目で追っている。


ふーん。

なるほどねぇ。

わたしはご飯を一口食べる。


美味しい。


今日初めて見た村。

初めて入ったよその村の役場。

初めての交易。

初めての交渉。


そして――

初めて、自分で選んだものを、遠くの村に売った。


今日は良かった。

とっても、とっても嬉しい日になりました。


翌日。

朝から昨日の担当者さんが広場へやってきた。


今日は紙の上の話じゃない。

実際の商品を見てもらう。


荷車の覆いを開けると、担当者さんが中を覗き込んだ。

そして、

「……この一台丸々が、ここに出される品物ですか?!」

ちょっと驚いた声。


「はい! 昨日お話しした交易品と、一般販売する荷物です」

「なるほど……」


担当者さんは荷車の中を見回して、感心したように頷いた。


「これなら積み卸しが随分楽ですね!」

「そうなんです!」


なんか嬉しい。

そこに気づいてもらえると、すごく嬉しい。


何をどこに積むか。

どの村で何を降ろすか。

一般販売するものはどれか。

この先で使うものはどれか。

何度も考えて積み方を決めたんだから。


「では、こちらから」


わたしは一つずつ品物を説明していく。

担当者さんは実物を手に取ったり、裏返したりしながら確認していく。


「はい。確かに昨日伺った通りですね。それに――」


品物を眺めながら、少し笑う。

「想像していたより品質がいい」

「ありがとうございます!」


よし!

また褒められた!


「明日、明後日までは滞在されるんですよね?」

「はい。今日の午後と、明日の午前中は一般販売を行おうと思っています」

「分かりました。では、私からこれを」


一枚の紙を渡された。


「? これは?」

開いてみる。


店の名前らしいものが、いくつか書かれている。


「うちの村で、私がお勧めする店です。明日の午後からでも訪ねていただければ」

「はい、ありがとうございます!」

「店主には話を通してありますので」

「え?」


そこまで?


「それと、キャラバンのことも村に告知してあります。午後には皆さん集まるでしょう」

「なにからなにまで、ありがとうございます!」


思わず頭を下げる。

担当者さんは、


「では」

と手を上げ、そのまま役場の方へ戻っていった。

わたしも手を振って見送る。


いい人だなぁ。

さて。

「さあ、午後からは一般販売だ!」


その前に、お昼御飯。

宿屋さんの一階。


わたしはカウンターに座って、お昼をいただいている。

後ろのテーブルからは――

モリモリ。

モグモグ。

モリモリ。

モグモグ。

振り向かなくても分かる。


籐吾さんだ。


宿屋の女将さんも呆れたように笑っている。

「よく食べる人だねー」

「その分働かせますから」


笑って答える。


後ろから、

「ん?」

みたいな気配がしたけど無視。


働いてもらいます。

午後から忙しくなるんだから。


そんなことを考えながら、ふと厨房へ目をやった。


鍋。

フライパン。

包丁。


毎日使っているんだろうな。

どれも使い込まれている。

でも、雑に扱われている感じじゃない。


「お鍋とか、大事に使われてますね」

「ん?」

女将さんも厨房を見る。

「まあねえ。でも、なかなかちゃんと手入れも出来なくてね」

「――ふふふ」


ですよね。

毎日毎日、朝から晩まで使うものだ。

壊れたからって簡単に替えられるものでもない。


「大変ですよね。うちの鍛冶職人にやらせましょうか?」

「え?」


女将さんが目を丸くした。


「いえいえいえ! そんな、お客さんにそんなこと!」

「いいんですよ」


わたしはニコニコ。

「手を動かさないと、勘が鈍りますから」


そして。

カウンターの端へ顔を向ける。


「ですよね! 萱さん!」


「へ?」


こっちを見る萱さん。

なんで俺?

みたいな顔。


ふふん。

知ってるんだから。


お目当ては厨房の中の――あの人だろう。

赤みがかった髪が、厨房の奥で揺れている。


「お鍋の修理! 勘が鈍らないように!」

「……」


萱さんがわたしを見る。


厨房を見る。

もう一度わたしを見る。


そして――


「あ!」

なんか気づいた?


「はい! 是非、練習させてください!」


元気になった。

分かりやすいなぁ。


「だそうです、女将さん」

「ええ? じゃあ……お願いしようかねえ」


「はい!」

萱さん。

いい返事。


午後。

宿屋さんの前の広場を借りて、販売所を開いた。


商品を並べる。

値を確認する。

籐吾さんにも受付をお願いする。


準備よし。

さあ、来い!

「……」


来た。

いや。

来すぎた。


担当者さんが告知してくれたおかげだろう。

広場には、どんどん人が集まってくる。


――予想外。

忙しい!


「いらっしゃいませ!」

「はい、これですね!」

品物を渡して、受け取って、確認して。


「ありがとうございます!」

売る。


すぐ次。

「はい、お待たせしました!」

売る。


次!

「ありがとうございます!」

また次!


横では籐吾さんも受付。

大きな身体で、わたしの言った通りに品物を渡してくれている。


――ここでもお世話になってます。

籐吾さん。

いつもありがとうございます!

でも今はお礼を言ってる暇もない!


「はい、次の方どうぞー!」


夕方。

「ふうーーーー……」


やっと、ひと段落。

疲れたぁ。


でも。

気持ちいい。


目の前にあった品物がどんどん減っていって、代わりにたくさんの人が嬉しそうに持って帰ってくれた。


商売したー!

って感じ。


隣を見る。

籐吾さんが地面に足を広げて座り込んでいる。

でっかい身体が、完全にへばっている。


「籐吾さん、お疲れ様でした! ありがとうございました!」


籐吾さんが無言で手を上げる。

ほんと、お疲れのようです。


「明日もよろしくお願いしますね!」

「……」

えー。

って顔をされた。


「ふふふ」

逃がしません。


「お願いしますね!」

しばらくこっちを見ていた籐吾さんが――


また手を上げた。

よろしくお願いします。


ふと。

宿屋さんの裏手から、小さな音が聞こえた。


コン。

コンコン。


ん?

覗いてみる。

「あ」


萱さん。

お鍋を前にして、何かを叩いている。


コン。

コンコン。


そのすぐ側には、宿屋の娘さん。

萱さんの手元を興味深そうに覗き込んでいる。


萱さんが何か説明する。

娘さんが、

うんうん。

頷く。


また萱さんが説明する。

また、

うんうん。


「……」

それを見ていたわたしも、

うんうん。

順調、順調。



そして翌朝。

販売所を開くと――


また来た。

「いらっしゃいませー!」


朝から大盛況。


昨日来られなかった人。

昨日買って、また来てくれた人。

人から聞いて来たという人。

次から次へとやってくる。


「はい、ありがとうございます!」

売る。


「こちらですね!」

売る。


「ありがとうございました!」

売る。


そして――


「あ」

気がつけば。

並べていた品物がない。

箱の中を見る。


ない。

荷車を確認する。


ない。

「……」


全部。

売れた。


「籐吾さん、お疲れ様でした!」


「はあーーーー……」

籐吾さんが、その場に座り込んだ。


わたしは空っぽになった箱を見る。

昨日まで、あんなにいっぱいだったのに。


役場との交易分。

一般販売分。

この村へ持ってきた品物は――


全部、行き先が決まった。

「……よかった!」


胸の奥から、じわっと嬉しさが込み上げてくる。


計画して。

調べて。

選んで。

積んで。

ここまで運んできて。

交渉して。

売って。


全部売れた。


――よかった!

全部売れた!


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