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剣の世界〜とある村の一日〜  作者: なえみ
キャラバン編

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第四節 最初の夜

どーしよう。

どーしよう。


キャラバンの計画ばっかりに夢中になってた。


何を持って行くか。

何を持って帰るか。

どこで何が売れるか。

何が必要になるか。


そんなことばっかり考えてたら――


自分の用意が最後になった。


まずい。

出発までもう時間がない。


今日もお店を空けないと。


「あ、籐吾さん! 今日もお願いします!」


店の前を通りかかった籐吾さんに声をかける。

籐吾さんはこっちを見て、無言で手を上げた。


――ごめんね、籐吾さん。


今度、何かお礼しよう。



御形さんと一緒に防具屋さんへ。


親父さんがわたしを上から下まで眺める。


「お前さんなら軽い装備じゃないとな」

「はい!」


「全部、軽い革の装備だな。上はこれくらいか」


出されたのは、胸からお腹までを守る軽い革防具。


硬いけど、思っていたより軽い。


「下は……スカートか?」

「はい! スカートで」


「なら、これで」


渡されたものを広げる。


「親父さん、このスカート短くないですか?」

「菖蒲、それは下に革のズボン履くんだよ」


御形さんが横から教えてくれる。


「あ、そうなんですね、御形さん」


なるほど。

そういうものなのか。


なぜか親父さんの顔が赤い。


「後はブーツと……おら、奥に行って着替えてこい」

「はーい」


装備一式を抱えて、御形さんと一緒に奥へ。


わたしが着替える場所に入ると、御形さんは入口のところに立った。


外を見張ってる。

なぜ?


「御形さん?」

「ん?」


「何してるんです?」

「親父が覗かないようにな」


「覗くか馬鹿やろうが!」


奥まで親父さんの声が響いた。


やっぱり顔が赤い。

なんでだろ?



着替える。


革のズボンを履いて。

その上からスカート。

上の防具も着けて。


ブーツも履く。


うん。

思ったより動きやすい。


その場で少し身体をひねってみる。

大丈夫そう。


「親父さーん」


表へ戻る。


「大体いいですけど、お腹がブカブカです」

「は?」


親父さんが近づいて、わたしの腰回りを見る。


「はー……お前、見た目以上に細いな」

「なら、ここを詰めるか」


「もっと絞ってもいいですけど」

「これ以上はベルトで調整だ。ほら」


渡されたベルトを見る。


太い。


「なんか変わったベルトですね。幅も広い」

「お前、スパイク使うだろ?」


「まあ……」


使うけど。


親父さんがカウンターの下をごそごそ。


「ほれ。昨日、武器屋の親方が持って来て預かってる」


カウンターの上に、


カチャ。

カチャ。

カチャ。


ズラリ。


わたしのスパイク。


「あ!」

「ここに差し込む。そうだ。ほら、着けてみろ」


幅広のベルトを腰に巻く。


一本。

二本。

三本。


スパイクを差し込んでいく。


身体を動かしてみる。


落ちない。

邪魔にもならない。


すぐ手が届く。


いい。

すごくいい。


くるっと御形さんの方を向く。


「御形さん! どうでしょう?」


御形さんがわたしを見て、


「うん、かっこいいな」

「えへへ、ありがとうございます」


よし。

準備完了!



そして。

出発の日。


晴れ!

雲ひとつない!

青空!


――まあ、乾季だもんね。



村の中に荷車がズラリと並んでいる。


何度も見たことはある。

キャラバンが村へ来るたびに見てきた。


でも。


自分が乗ると思って見ると、全然違う。


「うわー……」


大きい。

荷物も思ってたよりたくさん。


あれも。

これも。


わたしが帳面の上で数えていたものが、本当に荷物になって積まれている。


――やっぱり現物は違うなぁ。


荷車の前には大きな牛。


今日からずっと、この子達が引っ張ってくれる。


鼻先を見ながら、


「牛さん、よろしくね」


「菖蒲! 乗るよ!」

「あ、はーい!」


御形さんの声。


慌てて荷車へ。


わたしが乗るのは御形さん達と同じ荷車。


老ハンターさん。

御形さん。

籐吾さん。

わたし。


あと、御者さん。


荷物の隙間に座って、もう一度周りを見る。


本当に行くんだ。

キャラバン。


わたしが。


リーダーさんが声を上げる。


「全員乗ったか?」


ズラリと並んだ荷車。

それぞれから手が上がる。


「それでは! 出発します!」


御者さんが手綱を取る。


牛が一歩、前へ出た。


ゴト。


ゴト。


ゴト。


ゴト。


車輪が回る。

荷車が揺れる。


動いた。


「おお……」


キャラバンが、動き出した。



村の道を進み、正門へ。

いつも見ていた門を、今日は荷車の上からくぐる。


そのまま防護林へ。

木々の間を抜けていく。


ふと振り返る。


「あ……」


見送りの人達。

たくさんの人が手を振ってくれている。


わたしも大きく手を振る。


「必ず戻りますからー!」


何人かが何かを叫んでくれる。

もう声はよく聞こえない。


それでも手を振る。

ずっと振る。


やがて木々に隠れて、みんなが見えなくなった。



防護林を抜ける。


そして。


「うわー……」


思わず声が出た。


広い。

ものすごく広い。

目の前いっぱいに草原。


その向こうまで、ずっと続いている。


そして、その上には青空。


「広ーい……」

「菖蒲は初めてか?」


御形さんが聞く。


「ちらっとはあるけど、こんなにしっかりとは」


村の近くなら来たことはある。

でも、本当に外へ向かって進んだことなんてない。


荷車はどんどん進む。


振り返れば、さっきまであんなに大きかった防護林が少しずつ小さくなる。


遠くなる。

もっと遠くなる。


そして。

いつの間にか見えなくなった。


村も。

防護林も。


もう見えない。


前も。

後ろも。


草原。


空。


――本当に外に出たんだ。



風がそよぐ。

草が揺れる。


遠くから、


オオォォ――


「ひっ」


身体がびくっとする。


「な、なんですか?」

「あれは仲間と離れて寂しがってる」


御形さんが何でもないことみたいに言う。


「そうなんですか?」


へえ。


しばらくすると、今度は別の声。


遠くから何かが鳴いている。


「あれは?」

「求愛の声」


「へえー」


また別の声。


そのたびに御形さんが教えてくれる。


最初はいちいち身体がびくっとしていたけど。


一時もすると、

あ、また鳴いてる。


二時もすると、

何か鳴いてるなぁ。


――慣れってすごいな。



二時ほど進んだところで、荷車が止まった。


「休憩だな」


外へ降りる。

地面に足が着く。


「んーーーー!」


思いっきり伸びをする。

固まってた身体が伸びる。


「あー、気持ちいい」

「目の届くところにいろよ」


「はい!」


数歩歩く。


草。

土。

風。


「うわー……」


初めての外界。

その地面に立った。


「えへへ」


なんだか嬉しい。


キィィ――!


「ひっ!」


また身体が跳ねた。


「何かの声?」

「鳥だな」


あ、鳥。


周りを見る。

ハンターさん達は休んでない。


一人は御者台の上から周囲を見ている。

一人は荷車の確認。


他の人達は降りて腰を伸ばしたり、水を飲んだりしている。


休憩。


だけど。

全員が休むわけじゃないんだ。



しばらくして、


「出発します!」


また荷車へ。


ゴト。

ゴト。

ゴト。


のんびり。

ゆっくり。


でも、気をつけて。


警戒して。

キャラバンは進んでいく。



定期的に休憩しながら進み、


四回目の休憩を終えて、しばらくした頃。


荷車が止まった。


「?」


周りを見る。


道の横。

何もない。

本当に何もない。


開けた地面。


老ハンターさんが荷車を降りる。


「今晩の野営地だ」

「ここで夜を?」

「そうだ」


わたしも降りる。


見回す。


あ。

少し高い。


周りより、ほんの少しだけ地面が高くなっている。


そして。

木もない。

大きな岩もない。


何もない。


「遠くまで見渡せるだろ?」

「あ……」


ぐるっと見る。

確かに。


何かが近づいてきたら、ずっと遠くから見える。


「早く見つけることが出来る?」

「その通り」


なるほど。



荷車を動かす。

四角く並べる。


その内側へ牛さん達を入れていく。


「あ、牛さん達を守るんだ」


荷車そのものが壁になる。

荷車から天幕を張っていく。


わたし達も手伝う。


荷車から少し離れたところには木を集める。

道中、休憩のたびに拾って積んできた木。

足りない分は荷車から降ろす。


「あれは?」

「あそこで焚き火をする」


「離れて?」

「そうだ。暗くても、何か近づけば早く見つけることができる」


「あ、なるほど」


「それに、こっちが暗ければ外からは見えにくい」

「へえー」


知らないことばっかりだ。



警戒する人。

荷車を点検する人。

牛さん達の状態を確認する人。

晩ご飯の用意をする人。


焚き火の準備をする人。

松明を準備する人。


誰かに言われなくても、みんな自分が出来ることを始めている。


じゃあ。

わたしに出来ることは……。


「よし」


野菜を取り出す。

わたしは野菜の皮剥きを始めた。



旅の途中。

食事はあまり豪華には出来ない。


たくさん持って行けば、その分だけ荷物が増える。


お肉もそんなに入れられない。


でも。

お腹の満足感は必要。


疲れたままじゃ、明日歩けない。


だから。

いい出汁の出る野菜をたくさん。


保存の利く野菜も。

少しのお肉。


ぐつぐつ。

大きなお鍋の中で煮込んでいく。


味を見る。


「ん」


もう少し。

少しだけ塩を足す。

もう一度。


「うん!」


出来た。



その頃には。

外界が、ゆっくり夜へ変わり始めていた。


西の空が赤く染まる。

赤から紫へ。

紫から深い紺へ。


草原も少しずつ色を失っていく。


遠くの景色から順番に闇の中へ沈んでいく。

空には一際明るい星。


一つ。

また一つ。


気がつけば、たくさん。


夜が来る。


松明に火が点けられる。

少し離れた焚き火にも、


ぼっ。


火が入った。



みんなで晩ご飯。


「いただきます!」


温かいスープを飲む。


あー。

美味しい。


自分で作ったけど。

疲れた身体に温かいものが入っていく。


それだけで、ほっとする。



食事の後。

籐吾さんとお茶を飲む。


湯気の向こうで籐吾さんが言う。


「見張りは荷車ごとに交代で二時ずつだ」

「二時ずつ?」


「ああ。そうすると最低でも四時と二時は寝られる」

「少しでも長く寝られるように?」


「その通り。疲れを取るためだ」


籐吾さんがお茶を飲む。


「でも、睡眠だけでは戻らない。食事も大事だ。二つ揃って疲れが取れる」

「へえ」


「今日のスープ、美味かった」

「ありがとうございます!」


えへへ。

嬉しい。


「うちは二番車だから二番目だ。菖蒲は初めてだから早めに寝とけ。時間になったら起こす」

「はい!」



寝床に入る。

目を閉じる。


……。


……。


眠れない。

外から聞こえる音。


風。

牛さん。


焚き火の薪が爆ぜる音。

時々、遠くから聞こえる何かの声。


村の夜とは全然違う。


目を閉じて。

開けて。

また閉じる。


いつの間にか、うとうと。



どれくらい経ったんだろう。

横で何かが動く気配。


目が覚めた。


「お、起きたか?」

「あ……御形さん」


身体を起こす。


周りを見る。

静か。


「……あ、時間?」

「見張りの時間だ」


寝床から抜け出す。


外へ。


「んーーーー」


伸びをする。


ふと。

空を見上げる。


「うわーー!」



星。



右も。

左も。

前も。

後ろも。


全部。

星。


村で見るより、もっといっぱい。

もっと明るい。

どこまで見ても終わらない。


真上を見上げる。


「綺麗……」


空から星が降ってきそう。

遮るものが何もない。


屋根も。

壁も。

木も。


どこにもない。


ただ、空。


果てがない。



それから視線を下ろす。


真っ暗。


焚き火の周り以外。


闇。


さっきまで見えていた草原も道も、全部なくなっている。


星空はあんなに明るいのに。

地上は真っ暗。


暗闇が溶けて、こっちへ流れてきそう。


思わず一歩、荷車へ近づいた。



御形さん達と合流する。


御形さん。

籐吾さん。

老ハンターさん。

御者さん。


四人は荷車の外側へ。


「菖蒲は中だ」

「中?」

「牛達を観察する」


「?」


御形さんが牛さん達を指す。


「動物の方が敏感だからな」

「あ、そうか」


人間より先に何かに気づくかもしれない。


「それと」

「はい」

「もしも何かあった時」


御形さんがわたしを見る。


「お前がキャラバン全員を起こすんだ」


ごくり。

自分の喉が鳴った。


「はい」

「緊張はするな。感覚が鈍る」


「はい」

「でも、寝るな」


「はい!」


大事だ。

わたしの見張り。

とっても大事。



牛さん達を見る。


寝てる。

静か。


一頭の耳が、

ぴくっ。


「!」


見る。

……何もない。


しっぽが揺れる。


……大丈夫。


また耳が動く。

そのたびに周りを見る。


静か。

大丈夫。



どれくらい経った頃だろう。


「菖蒲」


御形さんが小さな声で呼ぶ。


「はい?」

「月が出るぞ。今日は上弦の月だ」


「月?」


東の空を見る。


暗い地平の向こう。


ぼんやり。

光。


そして少しずつ姿を現す。


「あ、お月さま」


半分だ。


「半分ですね」

「あの月が満月になって、次の下弦の月が帰る頃だ」


「……」


半分のお月さまを眺める。


これから満ちて。

丸くなって。

また欠けていく。


その頃には帰ってくる。


――あー。


月が明るい時にキャラバンが動くんだ。

なんだか少し分かった気がする。


さっきまであんなに緊張していたのに。

少しだけ肩の力が抜けた。


視線を戻す。


牛さん達。

大丈夫。

静か。



焚き火が揺れる。


遠くで何かが鳴く。

風が草原を渡っていく。


空には数え切れない星。

東には半分のお月さま。


その下で。

わたし達のキャラバンは眠っている。



初めての外界。

初めての野営。

初めての見張り。


そして。


初めての夜は。


静かに。

静かに。


過ぎてゆく。

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