紫の貴婦人、ノクターン・バイオレット
放課後の買い出し帰りのことだった。
夕日が街を茜色に染め始める商店街で、紅葉とトマ斗は大きなスーパーの袋を抱えて歩いていた。
「いやぁ、今日のコロッケは格別だったな! やっぱ人間の作る揚げ物は最高だぜ」
「もう、トマ斗はすぐ買い食いするんだから。これ、今夜の夕食用のお肉なんだからね!」
トマ斗が袋の隙間からひょっこり顔を出して軽口を叩く。平和な日常が戻ってきたことにホッとしつつ、紅葉は緩んだ表情を引き締めた。あの日、イモムシ怪人が消え際に言った「害食の軍団は、不滅だ」という言葉が、どこか胸の引っかかりとして残っていた。
その時――。
スゥッ……と、空気が甘く、どこか妖艶な香りに包まれた。
「あら? こんな下界の、しかも埃っぽい夕暮れ時に、不粋な虫どもを片付けたのは……あなたかしら?」
澄んだ、けれどどこか冷ややかな声が響く。
ハッとして紅葉が振り返ると、夕日に照らされた電信柱のてっぺんに、見慣れない影が立っていた。
それは、深い夜の闇のような紫色のドレスを纏い、ツヤツヤとした黒髪をなびかせた、まるで貴婦人のような少女――背中にはナスビのヘタを模した小さな黒紫色の羽が生えている。
「な、誰……!?」
紅葉が身構えると、影の少女はふわりと軽やかに舞い降りてきた。その手には、まるで小さなステッキのように上品な細い柄のついた、奇妙なナイフが握られている。
「あたしはベジタブル・ガーデンからやってきた、夜の闇を切り裂く、気高きスミレの刃――『ノクターン・バイオレット』よ!」
ポーズを決めながら名乗った少女に、紅葉とトマ斗は思わずポカンと口を開けた。
「の、のくたーん……? えと、名前、ちゃんと決めてるんだ……」
「ちょ、まっ! お前、ついさっきまで自分で名前考えてなかっただろ!」
トマ斗が慌ててバッグの隙間からツッコミを入れると、ノクターン・バイオレット――紫苑はビクッと肩を震わせ、パッと顔を真っ赤に染めた。
「っ……! うるさいわね、この赤球! 雰囲気を出すための演出でしょ!」
「いや名前のツッコミ待ちみたいな登場しといて何言ってんだよ!」
「もう、お二人とも喧嘩しないでくださいまし!」
紫苑の影からふわりと現れたナスの妖精・ナス美が、トマ斗に向かってぷりぷりと怒る。
そんな愉快なやり取りに、紅葉は思わずクスッと笑ってしまった。
「ふふっ。でも、すごくカッコいい名前だね、紫苑ちゃん」
「っ……! べ、別に褒めてほしくて名乗ったわけじゃないんだからね!」
紫苑はバツが悪そうにそっぽを向いたが、その耳たぶはほんのりと赤く染まっていた。
突然現れたもう一人の野菜ヒロインとの、ちょっとチグハグで賑やかな出会い。
しかし、その和やかな空気は、不気味な地響きとともに一瞬で切り裂かれることとなる――!




