お弁当と、ふたたびの襲撃
キーンコーンカーンコーン。
待ちに待った昼休みのチャイムが鳴り響くと、教室は一気に賑やかになった。クラスメイトたちが机をくっつけてお弁当を広げる中、紅葉はそそくさと自分のスクールバッグを抱え、人気のない中庭へと向かった。
木漏れ日が落ちるベンチに腰を下ろすと、周囲に誰もいないことを確認してから、バッグの中のお弁当用保冷バッグをそっと開ける。
「……ぷはあっ! 息が詰まるかと思ったぜ!」
保冷バッグの隙間から、赤い小さなボールのようなものがポンッと飛び出してきた。緑のヘタを頭に乗せたトマトの妖精、トマ斗だ。彼は短い手足をジタバタさせながら、ベンチの上にポスッと着地した。
「ご、ごめんねトマ斗。授業中、ずっとカバンの中で窮屈だったよね」
「ったく、妖精を保冷バッグに押し込むヒロインがどこにいるんだよ。おまけに俺様は今、エネルギー切れ寸前だ。早く『燃料』を頼む!」
へにゃりと萎びかけの体をアピールするトマ斗に苦笑しながら、紅葉はお弁当箱の隅から、ツヤツヤと輝く真っ赤なミニトマトを一つ取り出した。
「はい、おじいちゃんちの畑で採れた、一番星トマト。今朝もぎたてだよ」
「おっ! 待ってました!」
トマ斗は自分とさほど変わらない大きさのミニトマトに飛びつくと、あっという間に平らげてしまった。すると、萎びかけていた真っ赤な体が、ポンッという音とともにみずみずしく膨れ上がり、背中の小さな葉っぱの羽がピンと立ち上がる。
「くぅ〜っ! やっぱり紅葉のじいちゃんが育てたトマトは最高だな! 太陽の恵みがたっぷり詰まってるぜ!」
「ふふっ、よかった。おじいちゃんのトマトは、土づくりからこだわってるからね」
紅葉は嬉しそうに目を細めた。実家を離れ、今は街で暮らす紅葉にとって、祖父が定期的に送ってくれる泥つきの野菜たちは、何よりの元気の源だった。
「ねえ、トマ斗」
紅葉は、胸元に下げたペンダント――もともとは祖父からもらったトマトのヘタを模した小さなお守り――をそっと撫でながら尋ねた。「トマ斗は、どうしてこの街に来たの? 妖精の世界があるって言ってたよね」
トマ斗は少しだけ真面目な顔になり、ポンとベンチを蹴って紅葉の肩に飛び乗った。
「俺たちが住む『ベジタブル・ガーデン』はな、太陽と土の恵みがあふ豊かな場所なんだ。でも、連中……害食の軍団『ペスト』が急に現れて、俺たちの畑を灰色に枯らしちまった」
「灰色に……」
「ああ。連中は次なる狙いを人間の世界に定めた。人間が持つ『活気』や『食べる喜び』を奪って、この世界ごと不毛の地にしようとしてるんだ。俺はそれを食い止めるために、先遣隊としてこっちの世界にやってきたってわけさ」
トマ斗はそこで言葉を区切り、紅葉の横顔を見上げた。
「……だから、俺には『熱い情熱』を持った相棒が必要だったんだ。作物を愛して、誰かのために怒れる、真っ赤な心を持ったやつがな。お前のお守りが光ったのは、お前の中にその力が眠っていたからだぜ、紅葉」
少し照れくさそうにそっぽを向くトマ斗を見て、紅葉は胸の奥が温かくなるのを感じた。
引っ込み思案で、教室ではいつも隅っこにいる自分。でも、大切なものを守りたいという気持ちなら、誰にも負けない。
「……そっか。私、トマ斗に見つけてもらえたよかったかも」
「へへっ、だろ? 俺様の目に狂いはないからな!」
トマ斗が威張ったその瞬間――。
空の青さが、みるみるうちに濁った鉛色へと変わっていった。中庭を囲むツタや植木鉢の花々が、一瞬でしおれ、黒く変色していく。
「なっ……なんだこれ!?」
紅葉が思わず立ち上がると、ベンチの脇の地面がボコボコと泡立ち、泥水のような液体が湧き出した。
『ククク……昨日やられたアブラムシの雑魚とは格が違うぞ。美味いもの、新鮮な生気をすべて食い尽くしてやる……!』
這い出してきたのは、昨日よりもさらに巨大で、背中に硬い甲羅と無数の牙を持つ、イモムシをモチーフにした怪人だった。害食の軍団ペストの尖兵、オオタバコガの怪人である。
「うそ、学校の中にまで……!」
「紅葉、来るぞ! こいつは硬い装甲で、表面からの攻撃を跳ね返す厄介なタイプだ!」
トマ斗が空中で身構え、紅葉の肩から飛び降りる。
怪人は口からドロドロとした粘液を吐き出し、中庭の芝生をみるみるうちに枯らしていく。このままでは、学校全体が灰色に染まってしまう。
恐怖で足がすくみかけたが、紅葉は昨日交わしたトマ斗との言葉を思い出していた。
(私の中にある、真っ赤な情熱……!)
紅葉はギュッと目を閉じ、胸元のペンダントに両手を添えた。
「私……この学校も、みんなの笑顔も、絶対に荒らさせない!」
ペンダントが太陽のように眩い真紅の光を放ち、周囲にみずみずしいしずくが弾け飛ぶ。
鮮やかな赤と深緑のフリルドレスが纏われ、頭上にトマトのヘタのティアラが輝いた。
「大地を潤す太陽の恵み、フレッシュ・スカーレット!」
赤い戦士へと変身を遂げた紅葉は、鋭い眼光で目の前のイモムシ怪人を睨み据えた。
――イモムシ怪人がギチギチと不気味な音を立てながら、ねっとりとした粘液の塊を紅葉めがけて吐き出した。
「もたもたしてると、その瑞々しい肌もパリパリに干からびさせてやるぜ!」
「させるもんか……!」
紅葉は地面を強く蹴り、素早く横へ跳躍した。彼女がいた場所の芝生が、粘液に触れた瞬間にシュワッと音を立てて黒く腐敗していく。その威力に冷や汗を流しながらも、紅葉は両手を構えた。
「トマ斗、どうすればいいの? 装甲が硬くて弾かれそう!」
「安心しろ、あいつの硬い殻はな、内部からの熱エネルギーに弱い! 『サン・リコピン・シールド』で懐に潜り込むんだ!」
「わかった!」
紅葉は再び着地すると同時に、目の前に光り輝く赤色の盾『サン・リコピン・シールド』を展開した。怪人が次々と放つ粘液の弾丸をシールドで全て受け止め、衝撃を吸収していく。盾の赤みはみるみるうちに増し、まるで熟れたトマトのように熱を帯びていく。
「いまだ、紅葉! 突っ込め!」
トマ斗の合図とともに、紅葉はシールドを前面に押し出したまま、一気にイモムシ怪人の懐へと突進した。
ガツンッ!!
硬い装甲同士が激突するような鈍い音が響く。怪人の強固な防御壁に対し、紅葉の纏う情熱のエネルギーが内側からじわじわと亀裂を入れていく。
「なっ……この小娘、重い……だと!?」
「私の街を、私たちの学校を荒らすな――っ!」
紅葉が力いっぱいに叫びながら両手を突き出すと、シールドのエネルギーが一気に爆発し、怪人の巨体を大きく押し戻した。バランスを崩した怪人の装甲の隙間――ちょうど腹部の柔らかい部分が露わになる。
「トマ斗、フィニッシュだよ!」
「おう、いけいけ紅葉! 一番星のパワーを見せつけてやれ!」
紅葉は跳ね上がるように空中へ舞い上がり、両手の指先に甘酸っぱくも強烈な光を凝縮させた。
「フレッシュ・スカーレット・バースト……!」
放たれた無数の光の種が、まるで弾丸のように一斉に怪人の弱点へと降り注ぐ。
ドガガガガッ!!
「ぐあああっ……こんなはずでは……害食の軍団は、不滅だぁ……!」
捨て台詞を残し、イモムシ怪人はまばゆい真紅の光の中に包まれて、跡形もなく消え去っていった。
静寂が戻った中庭。
黒く変色していた芝生や植木鉢の花々は、パッと鮮やかな緑と色とりどりの花びらを取り戻し、初夏の爽やかな風がふわりと吹き抜けていった。
「はぁ……、やった……!」
変身が解けた紅葉は、膝に手を突きながらふうっと大きく息をついた。けれど、その表情には昨日よりも確かな自信と、やり遂げた充実感が満ちていた。
肩に飛び乗ってきたトマ斗が、満足そうに腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
「ふっ、上出来だな紅葉! あのイモムシ野郎も、これできりきり舞いだったぜ」
「もう、トマ斗がいきなり無茶振るんだから……」
苦笑しながらも、紅葉は胸元のペンダントを優しく包み込んだ。
平和を取り戻した学校のチャイムが、再び穏やかに鳴り響く。
平凡だった日常の裏側で、トマトの赤と情熱を胸に宿した少女の戦いは、まだ始まったばかり――。




