赤く熟れる、わたしの心
夕暮れ時の商店街。茜色の空の下、八百屋の店先にはトマトがころころと並び、どこか甘酸っぱい香りが漂っていた。
「あーあ、なんだか最近、みんな元気ないよね……」
高校の帰り道、紅葉はぐったりと垂れ下がった街路樹の葉を見上げながら、重い足取りで歩いていた。ここ最近、街の人々はなぜか活気を失い、まるで栄養を吸い取られた植物のようにどんよりと沈み込んでいる。
その時だった。
カサッ、カサカサ……。
「っと、ぶっ……あぶねぇっ!」
目の前の空きダンボール箱から、突如として何かが転がり出してきた。
慌てて飛び退いた紅葉が見たものは――なんと、手のひらサイズほどの、真っ赤でぷにぷにした小さな生き物だった。頭には緑色の立派なヘタを乗せ、背中にはみずみずしい葉っぱの羽がパタパタと動いている。
「いったたた……。おい、そこのお姉ちゃん! 水……じゃなくて、アツい魂を少し分けてくれ!」
「ひゃ、喋った!? トマトが……しゃべった!?」
「トマト言うな、俺様はトマ斗様だ!」
トマ斗と名乗る小さな妖精は、プルプルと体を震わせながら叫んだ。
その瞬間、商店街の街灯が怪しく明滅し、空気が一気に冷たく凍りついた。
「ククク……見つけたぞ、新鮮な生命力め……」
地面の影から、うねるような黒い影が湧き出す。現れたのは、全身がねっとりとした紫色の液に包まれ、いくつもの目玉と不気味な触角を持つ、巨大なアブラムシそっくりの怪人だった。害食の軍団『ペスト』の尖兵である。
「ひっ……なにこれ、虫……!?」
紅葉は恐怖で足がすくみ、その場に尻餅をついた。
アブラムシ怪人はネットリとした糸を吐き出し、周囲の通りを灰色に変えていく。人々の活気が吸い取られ、街が枯れていくのが分かった。
「おい、しっかりしろ紅葉!」
トマ斗が空中で踏ん張り、紅葉の頬をペチペチと叩いた。
「あいつらは街の『みずみずしさ』を食い荒らす害虫だ! お前の中にある『誰かを元気にしたい、守りたい』っていう熱い情熱……それを形にしろ! 負けるな、真っ赤に熟れるんだよ!」
トマ斗の言葉が、紅葉の胸の奥にドクンと激しい鼓動を響かせた。
恐怖が、ふつふつと湧き上がる熱に変わっていく。私は――こんなところで、街をめちゃくちゃにさせたりしない!
ポケットの中で、実家から持ってきたチェリートマトのヘタを模したペンダントが、太陽のようにまばゆい真紅の光を放ち始めた。
「私……もっとシャキッとしたい!」
紅葉がペンダントを強く握りしめた瞬間、甘酸っぱくも爽やかな香りの光が彼女を包み込んだ。
みずみずしいしずくが舞い散り、鮮やかな赤と深緑のフリルドレスが纏われていく。
頭上に輝くのは、トマトのヘタを模した小さなティアラ。
――ここに、新たな戦士が誕生した。
「大地を潤す太陽の恵み、フレッシュ・スカーレット! 私が、あなたたちの食い荒らしをここで止める!」
――紅葉の宣言に、アブラムシ怪人は不気味に触角を揺らした。
「小娘が、一輪の赤い花が咲いたところで何ができる!」
怪人が口から吐き出したのは、周囲の生気を奪うネバネバとした紫色の糸の束だった。それはまるで鞭のようにしなり、紅葉めがけて容赦なく襲いかかる。
「紅葉、避けろ……いや、弾き返せ!」
宙を舞うトマ斗が声を張り上げる。
「わかってる!」
紅葉は一歩も引かず、両手を力強く突き出した。
瞬間、彼女の掌の前に、太陽の光を凝縮したような透明感のある赤い光の壁が展開される。
ズンッ!
怪人の糸が激突するが、紅葉の張った『サン・リコピン・シールド』はびくともしない。それどころか、浴びた衝撃をエネルギーに変えるかのように、シールドの赤みが一段と鮮やかに輝きを増していく。
「嘘だろ、あの小娘の防御、全然崩れねぇ……!」
怪人が動揺の色を滲ませた隙を、紅葉は見逃さなかった。
「私の街を、これ以上灰色にさせないっ!」
紅葉が跳躍すると、その足元から瑞々しい若葉の足場が次々と生み出される。彼女は空中を軽やかに駆け上がり、右手を高く掲げた。
その指先に、甘酸っぱい香りを放つ無数の光の種――『スカーレット・バレット』が集まっていく。
「いっけーーーっ!!」
放たれた光の種は、まるで意思を持っているかのように一斉に拡散し、雨のようにアブラムシ怪人へ降り注いだ。
ドガガガガッ!
連続する鮮やかな閃光と爆発。怪人はたまらず悲鳴を上げ、その巨体からネバネバした液が霧散していく。
「覚えておきな……我らペストの軍団は、これだけではない……!」
捨て台詞を残し、怪人は黒い煙とともに跡形もなく消え去った。
静けさが戻った商店街。
パッと光が弾け、変身が解けた紅葉は、その場にふっと膝をついた。息は少し荒いが、胸の奥は心地よい達成感と熱いエネルギーで満たされている。
「やった……勝ったんだ……!」
ふと見上げると、先ほどまでどんよりと垂れ下がっていた街路樹の葉が、まるで水分を取り戻したかのようにシャキッと蘇り、街の明かりが温かな色を取り戻していた。人々の表情にも、ゆっくりと笑顔が戻ってくる。
紅葉の肩に、ひらりとトマ斗が着地した。ふう、と小さな息をつきながら、トマ斗はニヤリと笑う。
「やるじゃねぇか、紅葉。お前の『情熱の赤』、なかなかのものだったぜ!」
「うん……!」紅葉は自分の手のひらを見つめ、力強く頷いた。「私、もう迷わない。この街の瑞々しさは、私が守ってみせる!」
胸元のペンダントが、まるで彼女の決意に応えるように、ぽっと温かな光を灯したのだった。
――こうして、平凡な女子高生だった紅葉と、お調子者のトマトの妖精・トマ斗による、害虫軍団との熱い戦いの日々が幕を開けたのである。




