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第5話: 共闘

 検問所の門前に立つファルカスの視線の先には、森へと駆けていくイージスの姿がある。


 ファルカスは、イージスを止めるために持ち上げた腕を仕方がなく下ろした。

「あの、バカ! こんな時間に一人で出るとは……。魔獣に襲われても知らんぞ」

 

 吐き捨てながら、両手を握りこむ。震える肩を抑え込むために。こうしている間にも、夜の帳は東から西へ落ちていく。しかもアイツが向かう先では、黒くて厚い雲も広がり始めているのも見える。気が付くと、呼吸が早くなっていた。

 

 体を丸め息を吐きだすと、漆黒の髪をかき上げる。目を細めるが、見える姿は、ただ小さくなっていくだけだ。

「……くそっ!」

 大きく吐き捨てると、馬に駆け寄り、地面を強く蹴った。

 

「残りの奴らは、念のため調べてから返せ。俺はあいつを追う」

 馬上で指示を出すと、飛び出した男の背中を追い、自分もまた飛び出した。


 ファルカスには、先を行くイージスの姿だけが映っている。

 あの袋は……間違いない。

 あの男——イージス=アルギュロスとかいったか。知りたくもなかったが、あの後アルが教えてきた。何が、「兄さん、気になるでしょう?」だ。

 

 ふと、左腰の据わりを確認すると、そこには慣れ親しんだ重みがある。あろうことか、斬られてしまった。よりによって自分の剣で……。

 斬ってきた時の、片頬だけを歪めてきた顔がちらつく。

 初めて見た時から変な感じはしていた。何なんだ、アイツは。

 

 あっ……。一瞬、馬の動きが微妙に崩れた。

 右手だけで手綱を持っていたことに気付き、舌打ちする。左手で柄を握り込んでしまっていたらしい。そういえば、アイツは丁寧に拭いてから剣を返してきたっていう話だったな。握りこんでいた手を開くと、指が勝手に剣を撫でる。

 

 ザッザッという音とともに、むわっとした土埃が一気に鼻を通る。——つっ。馬に蹴り上げられた小石が左頬に当たり、左手で軽く頬をさする。何を考えているんだ、俺は。頭を軽く振り、手綱を両手で持ち直すと、再び標的を定めた。

 

 追い続けていると、徐々にイージスの背中が大きくなっていく。声が届いたのか、こちらを振り向きはするも、止まる気配はまるでなかった。

 

 しかし、何度目かの呼びかけの後で、急に馬の速度を落とし始めた——今まで止まろうとしていなかったのに。

 手綱を強く握り直すと、一気に距離をつめる。あいつの肩から下がった袋が、しっかりと自分の目に入るまで近づいた。



 * * * 

 


 検問所を飛び出してきたイージスの両脇では、緑の木々が流れていく。頬にあたる風が、自分の中の熱を下げていくようだ。後ろから聞こえる馬の足音に振り返ると、砂塵の中に揺れる漆黒の髪が目に映る。追ってきているのは、あの副団長だった。あきらめの悪い奴だな。

 仕方なく、声が耳に入る距離までベルに速度を落としてもらう。

 

「止まれ、馬を止めろ!」

 声は耳に入ったが、言うことを利かせようとしているのが気に入らない。折角下がった体温も、今はまた元に戻ったかのようだった。

「止めたけりゃ力づくで来いよ」

 吐き捨ててやり、前を向き直す。

 

「聞け! そっちは魔獣が増えているんだ。一人じゃ危ないぞ」

 皮肉を返してやったのに、全く諦めようとせずに追いかけてくる。

「分かったから。頼む。止まれ……止まってくれ!」

「——ベル!」

 命令じゃ……ない。

 明らかに自分の身を案じている声を意外に思い、完全に速度を落とした。左に並んだ副団長が、長く息を吐いたのが分かった。

 

「何で……はあ……そこまで……今日中に……届けなきゃ……ならない……」

 叫び過ぎたのだろう、吐息とともに出す声が、かすれている。

「今日が誕生日なんだと」

 胸元の袋を示し、それだけを短く答えると、少しの沈黙があった。

「——仕方ない……しかし、俺はまだその包みを確かめていない」

 副団長の強い口調に軽くため息が漏れる。まだ、言うのかよ。

 

 副団長が大きく息を吸い込んだ。

「——だから、それを検めるまで、俺は付いていく」

 じっとこっちの目を見てくる。コイツは、何を言っているんだ。

「はあ!? お前は、帰れよ」

「これは、任務だ。俺の意思ではない」

 切れ長の目は涼やかなのに、口は固く結んでいる。勝手にすればいい。黙ってベルの速度を上げると、すぐ後ろに馬の足音が続いた。

 

 自分の左側で、馬上に揺れる漆黒の髪を見とめる。

 任務だと言い張っていた割には、「どこへ行くのか」とも「何をしに行くのか」とも訊いてこない。

 

 右側では景色が後ろへ流れていき、風が体温を下げるのに、左側の景色は変わらず、体が熱い気さえする。脈打つ心臓が邪魔だ。久しぶりに人と馬を並べる高揚感だ、多分。ベルも前方にピンと耳を立て、並走を楽しんでいる。

 

 森の中を通る街道を走り、聞いていた特徴の家を見つけた。馬から降りると、副団長も馬から降りて、自分の後を付いてくる。遅い時間の来訪に警戒されたのか、なかなか扉が開かれない。

 

 副団長がこっちの肩を軽く叩き、一歩前に出た。

「遅くにすまない。俺は、黒の団の副団長ファルカスだ」

 副団長がのぞき窓にマントの留め具を映すと、黒の団の名前に安心したのか扉が開き始める。副団長が半歩だけこちらに下がった。

 

 二人の下から、扉を両手で支えた小さな女の子が見上げてきた。依頼人とおんなじ栗毛だ。母親らしき女性が上で扉を支えてやっている。

 胸元の袋からそっと包みを取り出し、両手で持ち直す。赤い染みが目に入ってくると、眉間が動いてしまった。

 縮んでしまった眉が、伸びているかを意識しながら、両手に持ち直して少し屈む。

 

 女の子へ腕を伸ばすと、向こうも小さな手できゅっと包みを掴んできた。

「親父さんからだよ。誕生日おめでとうって。これ……」

 女の子に謝ろうとした瞬間、自分の視界で漆黒の髪が沈んだ。

「悪い。俺が汚してしまったんだ」

 副団長の方が先に、片膝をつき女の子に頭を下げていた。

 

「これ位良いよ。持ってきてくれてありがとう」

 ——良かった。自分がほっと吐く息とは別に、足元からも、ほっと吐かれた息が聞こえる。

 女の子がきょろきょろ辺りを見渡した。

「お父さんは?」

「仕事で遅れているが必ず帰る」

 副団長は膝をついたまま、しっかりと女の子と目線を合わせ約束していた。

 子供相手にここまでするとは……。

 

 軽く頭を振って、視界に入ってくる漆黒の髪を追いやる。女の子の方へと向き直り、唇を引き上げた。

「その素敵な贈り物、開けてみてくれるかな?」

「うわー」

 ごそごそと包みが開かれると、現れたのは、目がクリっとした人形。

「おおー、凄く可愛いな」

 女の子へパチパチと拍手を送ると、親指を立て、副団長へ傾けた。

「このおじちゃんも見たがっているから、見せてやってくれないか?」

 

 女の子は、副団長に向かって人形を差し出した。

「はい、どうぞ」

「ああ……」

 副団長は、両手で人形を受け取った姿勢のままで呆気にとられている。

 一旦背を起こしてから、思い切り腰を折る。そのまま、アイツの横から覗き込んでやった。

「かわいい、に・ん・ぎょう・だな?」

 

「な……」

 覗き込まれた方は、こちらへくるっと首を傾けると、目と口を同時に開いた。ちらっとだけ人形を見ると、すぐに女の子へ返す。なにか言いたげにこちらを見上げた顔が、憮然としていた。

 元々、包みを検める気なんかなかったくせに……。思わず口元が緩む。

 

 副団長が立ち上がり、母親の方と話を始めた。副団長の説明を静かに聞く母親の後ろでは、人形を持ってパタパタと走り回る女の子が見える。

「もう、遅いですし。泊まっていかれては?」

「折角の申し出だが、申し訳ない。女所帯へ迷惑をかけるわけにはいかない。都市までの道は街灯もある。問題ない」

 副団長らしい判断に、こっちも頷く。

 

 女の子は手を振って見送ってくれた。大きく手を振り返す自分の隣で、小さく手を振り返しているのを見逃さなかった。

「任務ね……ご苦労な事で」

「……任務だ」

 からかってやると、不愛想に返してきて馬に跨る。少し……不器用なんだな。



 街道の脇では、魔石を使った街灯がゆっくりと灯り始め、その明かりだけを頼りに来た道を戻る。静かな森の中では馬の足音と、馬の息遣いが聞こえるだけだ。時折、街灯の近くを通ると、昨夜と同じように漆黒の髪の煌めきが目に入る。

 

 ——ん!?

「止まれ!」

 自分が違和感を覚えたのと、叫ばれたのが同時だった。街道の脇から魔獣が姿を現わし、前方を塞ぐ……二頭だ。

 この辺りでは、見たことがない奴らだな。

 魔獣はそれぞれが、二本足で立ち上がると、ゆらりと左右に分かれた。

 

 お互い確認するまでもない。魔獣の動きに注視しながら、静かに下馬する。それぞれの馬に合図を送り、馬が距離をとったことを確認する。

 夜気に吹かれながら背中合わせになると、じんわりと熱が伝わった。

 

「俺はこっちをやる。お前はそっちを頼む」

 後ろから掛けられた声とともに、シャァーっという微かな音が耳に入ってくる。

「分かった」

 こちらも剣を抜きながら、短く答える。

 

「あいつらをやった事があるか?」

「いや」

「そうか、眉間を狙え」

 そう言われた瞬間、後ろからザザッと地面を蹴る音が耳に入り、シュッという風を切る音が続く。

 

 あいつの相手の方が大きかった。こちらも剣を構える。

 魔獣が飛び込んでくるのを避けながら、眉間に一撃打ち込む。腕に伝わる衝撃を感じると、言われた通り、ドサッと魔獣が地面に倒れた。

 

 あいつの方はどうだ。急ぎ振り向くと、相手が大きい分手こずっていた。剣を鞘に納める間も惜しく走る。魔獣とあいつの間に飛び込み、魔獣を翻弄するのを引き受ける。

 

 ——今だ。

 声をかける前に、漆黒の髪が飛び込み、重い剣が止めを刺した。こっちの動きをよく見ている。

 

 魔獣を倒した後で、息を整えるために片膝をつくと、漆黒の髪が視界に入る。肩で息をしながらも、手を差し出してきた。

「手間を……取らせて……悪かった」

 魔獣を倒すのは、自分の仕事というわけだ。差し出された手を掴むと、黒の団への発言に苦い笑みが浮かぶ。

 

「いや。俺の方こそ悪かったな」

 自分についてこれる奴とやるのは……。それに、先に大きい方を引き受けたあいつは、やっぱり……。

 口の端が上がるのを抑えられそうにない。

 

 立ち上がると、同じ高さになった目が、こちらをじっと見てくる。

「お前の剣は一見重そうだが、実際には無駄がなく軽い。どこかで正統な剣を——まずいな」

 折角向けてくれた言葉が、遮られてしまった。

 

 ポツリポツリと落ちる水滴に、頭を上げる。あの黒い雲では本格的に降り出すだろう。

「この先の猟師小屋に向かおう」

「ああ、それがいい」

 提案された猟師小屋なら知っていた。あそこなら馬も繋げる。激しい雨は、さらに激しい風を呼ぶだろう。

 それぞれの馬に跨り、小屋へと急ぐ。

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