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第4話:駆け出す男


 

 ——翌朝。

 

 

 検問所では、朝一番に都市を出るために商人や旅人が列をなしていた。イージスも、仕方がなく後輩のエドとともに二頭立ての荷馬車の馭者席に座っていた。

 春といえども、まだ寒さが残っている。


「——くしゅっ……」

 身震いすると、エドが心配そうな顔をしてきた。寒さを感じる理由は、気温だけじゃない。

「どうしました?」

「ああ。今朝は昨日より寒かったからな……」

 思い出すのも嫌な気分になるので、曖昧に答えてしまった。背を丸めて深く座る。

 

「イージスさん、昼過ぎには出ないと、夕暮れまでに戻れませんよね?」

 今朝はいつもと違い検問が滞っている。エドの言葉に空を見上げると、いつもより太陽が高かった。

「何かあったんですかね? 僕、ちょっと見てきます」

 そう言った途端、馬車から飛び降り駆け出してしまった。

「ちょっと、待て。エド!」

 思わず、腰を浮かしかけたが座り直す。

 だから連れてきたくなかったんだ。眼が離せないだろうが。


 戻ってきたエドによると、どうやら黒の団による違法魔法薬の荷物検査が行われているらしい。列を外れることも禁止され、順番を待つしかなかった。

「ダリアさん達とどこで会ったんですか?」

 暇を持て余したのか、隣に座るエドが面倒なことを尋ねてくるので、用意している答えを教えてやる。

「金が無くて倒れていたら、ダリアとギルベルトに拾われた?」

 あの時、砂漠の端で倒れていた自分をのぞき込んできた金髪の男は、女の格好をしていた。

 

「じゃあ、『アルギュロス』ってどういう意味ですか?」

 自分の髪をひと房つまんで見てみる。ただ一つ変わってしまったのは……。

「それは、ダリアにでも訊け」

 つまんでいた髪が、陽光の下でたまに光る。いっそ真っ黒なら、もう光ることもないんだろうか。つまんでいたつもりが、いつの間にか掴んでいたことに気付き、髪から手を放す。

 たまたま抜け落ちた髪の行く先に目を落とすと、地面に映る影が目に入った。昨夜のあいつの髪は、ただの黒じゃなかった。勝手に周りの黒いものを探し、比べてしまう。

 

 一つ自分の頭を振った。

「昼には出られるだろう。起こしてやるから、眠っとけ」

 エドの帽子を顎の下までグイッと押し下げてやる。すぐに聞こえてきた寝息にそっと毛布をかけてやった。

 しかし昨夜といい、今日といい、違法魔法薬とは……黒の団がしらみつぶしに探したところでな……。

 

 エドの寝息を隣で聞いていると、後方から地鳴りのような馬の足音が近づき、舞い上がる砂塵と共に馬車の傍を一団が駆け抜ける。

 黒の揃いの騎士服に身を包んだ一団の先頭を走るのは、黒の団副団長ファルカスだった。風の思うがままに漆黒の髪をなびかせ、整った顔をしかめたまま前方を見つめている——こちらを見る素振りをちらりとも見せないのに、通り過ぎる男から目が離せない。

 

 あの漆黒の髪——あいつだ。

 昨夜のことは、思い出したくもないのに忘れる事も出来ない。そんな自分にもまた腹が立つ。

 竜の加護を失って……漆黒になるっていうのか、あの男のように……馬鹿か、俺は。

 体温が引いていき、頭を振る。春なのに寒いのは——昨夜のせいだ。それ以外にない。


 地面に映る影が短くなり、太陽が自分の真上を通り過ぎても、列は全く進まなかった。「まだ、間に合う」と自分に言い聞かせるが、検査の終わる様子はない。少しずつ地面に伸びる影が長くなっている。それも、朝とは反対方向に……。

「今日はもう、都市を出られないかもしれませんね」

 とっくに起きていたエドは、表情を動かさないまま呟いた。

 

 西の空を見上げた。シャツにぐっと皺がよる。気づくと胸のあたりで握りしめていた。

 あの日、夜遅くになっても祝ってやりたいと言われていたのに。

 家に帰ってやりたいと言った栗毛の依頼人は、大事そうに包みを抱えていたのに。

 約束したのに。俺は——。

 

 もう一度西の空を確認する。

「よし。決めた!」

 一声と共に勢いよく立ち上がると、荷馬車から飛び降りた。

 

「ベル、セル」

 娘馬のベルと母馬のセルに呼びかけると、二頭の馬は首を縦に振って承知したかに見えた。二頭の首を撫でてやる。

 

「セル、お前の娘はとても賢い。少しの間俺に貸してくれ」

 二頭立ての装備を外し、一頭立ての装備に付け替える。荷台から騎乗用の鞍を取り、積荷を動かし荷車のバランスをとる。エドの持つ手綱も一頭立ての長さに調整してやった。これで大丈夫だろう。

「よし、セル。エドを頼むな」

 

 ベルの方も騎乗用の準備が出来た。

 荷台の奥から包みを取り出すと、目に入るのは、リボンの薄紅色。そっと袋に入れ、袋が胸元に収まるよう左肩の上で紐を固く結ぶ。最後に、袋を手で軽く抑えた。

 

 眉尻を下げたエドが、こちらを見上げてくる。

「何するんですか?」

「俺は、この荷物を届けてくる。お前はここにいろ」

「僕、一頭立てにした二頭馬車なんか扱ったことないです」

「大丈夫、手綱だけ握っとけ」

 不安げなエドに簡単な指示を伝える。全部終わったら、セルの首筋を軽く3回叩くのを忘れないように付け足す。

 

「ようし、ベル。頼むな」

 ベルに跨り都市を出る順番を待つ列の様子を見て回ることにした。

 あれだな。あの荷馬車と、あいつらが臭うな。

 いかにも、旅する商人と護衛といった風情の奴らの中に、微かに違法魔法薬の違和感がある。眉間に力が入り、右のこめかみを軽く押さえた。

 

 ベルに門へ向かうよう指示を出す。あとは、誰に教えるかが問題だが。

 軽くあたりを見回すと、馬にまたがる小柄な団服姿が目に入る。

 ——見つけた。昨夜水をかけてきた団員だ。

 

「おい」

 後ろ姿に呼びかけると、こちらへ振り向いてきた。

「昨夜は、申し訳ありませんでした」

「いや。俺の方こそ……な?」

 丁寧な謝罪を受けるとこそばゆい。自分の鼻の頭を掻いた。

「見事な剣技でした。兄さんが、気にしているはずです」

「ん? そうか?」

 団員の視線は門の方へ向いているが、とりあえず返事をしておいた。

 

「そんなことより、良いことを教えてやる」

 こっちの話に、団員は形の良い顎に指を添え、少し考え込む様子を見せていた。

「違法魔法薬の匂い……それが、本当なら……」

「昨夜、嗅いだろう? 俺、鼻が良いんだよ」

 人差し指で、軽く自分の鼻をトントンと叩くと、団員は、こっちの鼻のあたりをじっと見てきた。

「なるほど。では、一緒に来て頂けますか?」

 お願いします、と丁寧に頭を下げられると断りづらい。

「ああ……」

 何となくこうなる気はしていた。頭を一振りして、団員の馬の後ろにベルを付かせる。

 

 門の周囲では、何人かが役人に詰め寄り抗議の声を上げているのが見えた。

「何で、出られないんだよ!」

「いつもなら、とっくに門を出ているだろうが!」

 

 騒ぎを横目に通り過ぎると、門の前で馬から降り、副団長に引き合わされた。

 皺の寄った眉間と、細くした目をこっちに向けてくる。

 やっぱりな……こいつと話をするのが嫌だったんだよ。

 小柄な団員が、副団長への説明を一手に引き受けてくれるようで助かる。

 地面の小石をつま先で転がしながら、副団長たちのやり取りが終わるのを待っていた。

 

 副団長が団員に調べさせると、教えてやった荷馬車などから、やはり違法魔法薬が見つかったらしい。

 良かった、今ならまだ間に合いそうだ。

「もう良いよな?」

「駄目だ」

 副団長の方を向くが、眉一つ動かそうとせず、全く譲ろうとしない。

 

 手のひらが布の感触に気付く。袋を抑えていたようだ。副団長がちらりとこっちを見た気がした。

「第一、今日はもう……」

 副団長が何かを言いかけているが、それどころではない。

「残りの奴らも関係ないんだ」

 きっぱりと断言してやる。

「何を証拠に?」

 そんなこと言われても、東の大陸(こっち)の人間にあの違和感を理解できるわけがない。

 

 西の空を見ると、夜が始まろうとしている。このままでは埒が明かない。左肩に手をやり、結び目が固い事は、確かめた。念のためサスペンダーでも袋を抑え、ベルに跨る。門はしっかりと目にとらえている。

 

「お前——何をする気だ!」

 後ろから聞こえた揺れる声の持ち主を探すと、目に入ってしまった。漆黒の髪の下で、眉尻をグッと下げ、きれいな顔を歪めている。決まっているだろ——強行突破だよ。

 

「——やめろ!」

 背中にぶつかってくる叫びの中には、震える声が混じっている。もう一度だけ、振り返って見る。こちらに伸ばした腕が、肩のあたりまで持ち上っている。きれいな顔は——やっぱり歪んでいた。

 もう一度門を目にとらえる。誰にも止めさせはしない。あの漆黒の髪の男であっても。

 これ以上、自分の中の何かを揺らがせることのないよう——黄昏の中を駆け出した。


ここから、二人の距離は縮まっていくのか――? 不安にさせたらすみません、少しずつ変わっていきます。

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