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【完結】【BL】黒狼の銀の盾《コクロウのイージス》  作者: 山神ユキ
11章エピローグ:新生―護り合う二人
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第36話:新生

 自分の隣に、漆黒の髪が見える光景は、当たり前になってきた。

 頬を撫でる西風に、冷たさが混じり始め、黄色や赤に色づいた木々たちが揺れる。もうすぐ秋が終わる。そうしてまた、冬を迎える。あの日と同じ冬を。



 休日の午後、イージスが「出かけよう」と商会の扉を開くところだった。

「いってらっしゃーい」

 振り返ると、カウンターに片肘を付いたダリアが、反対の手をひらひらと振っている。

 

 口を開きかけると、トントントンという音が聞こえ、ギルベルトが階段を下りてきた。

「イージス。この書類にサインをしてからにして下さい。『イージス』で良いので」

 ギルベルトからペンと書類を受け取り、書類をテーブルに置く。ペンの頭で軽く額を叩くと、立ったままサインした。少しだけゆっくりと。


「ほら、これ……」

 書き上げると、カウンターに座るダリアの手の中に押し込む。

「何?」

 訝し気に少し金髪を揺らすと、書類に目を落とそうとしていた。

 ダリアの問いには答えず、少しだけ、ゆっくりと扉へ向かう。

 

「何なのよ、もう……」

 後ろから聞こえた不満げな声が、途中からすっと消えた。振り向くと、左手に書類を握りながら、右手で口を覆っているダリア。

「……やっと……」

 一言だけ呟くと、顔だけをギルベルトに向ける。少し肩を丸めた体が、いつもより小さい。

「どうかしましたか? これは……」

 書類をのぞき込んだギルベルトは、すぐに顔を上げ、こっちを見てきた。じっと見てくる目が、いつもより大きい。

 

 二人に向かって片頬を少し緩める。できるだけいつも通りに。

「ダリア。俺、ダリアがくれた名前もちゃんと気に入っているよ」

 書類には、イージス=アルギュロスのサインをしておいた。じゃあな、と今度は自分が手を振る番だ。


「アンタ、今夜の事、忘れてないわよね!」

 強い口調とは逆に、指で目元を拭っている。豪奢な金髪は、ギルベルトに口づけられていた。

「ああ、コクロウを連れてくるよ」

 キーっという音とともに扉を開くと、秋の澄んだ空気が、肺に入り込んでくる。陽の明るさに目を眇める。ほんの少しだけ。


 歩き出すと、窓ガラスに映る自分の姿が目に入ってきた——茶色の髪が。

 足元を見ずになるべく足を早める。


 馬小屋ではエドとレナが馬たちの世話をしていた。

「ベルを連れていく」

 二人に声をかけると、両腕に飼い葉を抱えたレナが隣にやってくる。エドに気づかれないように声をひそめてきた。

「今夜は、ごちそうですって」

「ああ」

 

「イージスさーん。僕、明日から一人で都市の外に出ても良いって」

 少し離れたところからエドが、ブンブンと腕を振ってきた。

「もう、今夜の事は、本人にばれているみたいだけどな」

 レナに囁くと、俯きながら肩をすくめる。

「そうみたいです」


 馬たちに飼い葉を運ぶエドが目に入った。少し呼吸を整える。なるべくなんでもないように。でも、ちゃんと聞こえるように。

「エド。明日から剣の稽古をするぞ」

「イージスさんと?」

 こっちを見たエドに向けて頷いてやると、肩を弾ませながら、駆け寄ってきた。


「17だからな」と、エドの頭をこつんと小突くと、目を見開く。

「やったー!」

「そんなにかあ?」

 飛び上がって駆け回る様子に、頭の後ろを搔いてしまった。

 

 今度は、エドが隣にやってくる。レナに気づかれないように声をひそめてきた。

「レナは、ダリア商会(うち)で働くって。良かったですよね」

「お前だろ?」

 もう一度、エドの頭をこつんと小突くと、エヘヘと眉を下げた。

 


「後でな」

 にぎやかな二人を後にして、ベルに跨った。途中で待ち合わせたファルカスと、都市の外れにある丘へ向かう。

 頂上の手前で、少し道を逸れる。ザッツ、ザッツ、ザッツと、馬で落ち葉を踏みしめながら奥に進むと、少し開けた場所に出た。


「向こうの方までよく見えるな」

 隣から、驚いたような声が上がった。

「穴場なんだ。まあ、ダリア達にはバレているんだけどな」

 馬を降りて、丘の際に立つと、眼下には都市が広がっている。

 隣を見ると、切れ長の目を細くして、空を見上げていた。


「東の大陸(こっち)では俺の加護も弱まるから、あいつらの姿までは見えないかもしれないが……」

 空に向かって呼びかける。

「火竜、水竜、緑竜、風竜、地竜。僕のメランリュクスを紹介するよ」

 握りこんだ拳が少しだけ震える。今なら、多分……。

 

 こっちを向いたファルカスの眼が開いていく。

「髪が……それに、いつもより光っている……赤、青、緑、金、鋼色……」

 唇を震わせながらこっちへ腕を伸ばしてくると、形の良い指で周りの光を撫でている。

「やっぱり。ちゃんと見えるんだな」

 口元が緩んで、息が漏れた。

 

「五色(ごしき)の光の中で、銀髪が……本当に綺麗だな」

 ほおっと息を吐くファルカスに、聞きたくなった。

「銀髪の方が良いか?」


 ファルカスが、形の良い指を自分の髪に差し込んできた。ふっと息を吐かれる。そのまま、こちらに向けた切れ長の目を細め、口角を上げた。

「馬鹿だな……関係ないだろ。お前は、お前だろ」

 加護の光が何だか眩しくて、ファルカスをまっすぐ見ることができない。


 最初はそっと光に触れていたファルカスも、慣れてくると指を回したり、腕を回したりで忙しい。お互いに気に入ったらしい。

 鋼色の光が、キラキラと瞬いた。

「ああ、うん……『竜の眼』……そうなんだ?」

 自分の頬にそっと手を当てると、少し熱い。傾いた太陽が顔を照らしてくる。

 

「何だ?」

 ファルカスが怪訝そうな顔をして訊いてきた。

「竜の眼……コクロウが持っているのは『竜の眼』だって、地竜が」

「竜の眼?」

「竜の加護が視えるんだって!」

 思わず大きな声が出て、ファルカスの腕を掴んでしまった。

 

「そうか。俺にも竜たちが視えると良いな」

「そうなると、良いよな。竜たち(こいつら)もコクロウの事が気に入っているんだ」

 鋼色の光が大きく瞬き、ファルカスが目を凝らしている。

 

「地竜がな。自分だけコクロウの役に立てなかったって言って。だから、『竜の眼』のことは絶対に自分が教えるって」

「そうか、竜の眼……」

 ファルカスは、腕を組みながら頭を下げると、フッと息を吐いた。

「折角教えてくれたのに、お前の役にしか立たないな。実に、残念だ」

 隣で、うんうんと頷きながら、下を向いて口の端を緩めてくる。

 

「何だよ、それ」

 抗議を込めて軽く肩を押してやった。

「止めろよ」

 ファルカスもこっちを押し返してくるので、二人で声を出して笑う。

 笑った後、顔を上げたファルカスの口の緩みが止まっていた。こっちをじっと見てくる。

 

 二人の間を、さあっと風が駆け抜け、落ち葉が舞い上がった。

「——仕方ない。お前がどこで迷っていても、どこに隠れていても、俺が必ず見つけてやる」

 告げられた言葉に、息を吸ったきり、唇が震える。だけど、体の奥からは、熱い何かがあふれ出しそうで……。

 夕陽に照らされて輝く漆黒の髪が、うまく見えない。


 ぷはっとファルカスが噴出した。

「それにしても、お前。『僕』って似合わないな」

「しかたないだろう、竜たち(こいつら)は『僕』っていう俺しか知らないんだから。心外だ」

 わざと口を膨らませると、ファルカスが、上がり気味の眉を一段と上げた。じっと動かずに。少し厚めの下唇だけが開いていく。

 

「お前、メランリュクスの名前は、良いのか?」

 夕陽の中で佇む漆黒の髪に、輝く五色の光が降り注いでいた。

 正面に向き直すと、自分の眼には、沈んでいく夕陽。

「……お前だけが覚えておいてくれれば良いよ」

 スーッと吹いた風が、黄色い秋の花の匂いを届け、青と水色の光が、静かな雨のように降り注いでいる。

 

「——俺だけのメランリュクス……だな」

 

 呟かれた言葉に、ハッとして隣を見ると、自分と同じ夕陽を見ていた。

 頬をなぞる髪が、ほんの少し短い。

 隣に手を伸ばし、頭の後ろに手を滑らせる。

 漆黒の髪がこちらを向き、そのまま、好きに撫でられてくれている。

 

 髪を撫でる手の上にファルカスが手を重ねてくる。その手を取ってやり、指を絡めた。

 二人並んで歩き出す。

「綺麗だな」と言うファルカスが夕陽を見ている。

「ああ、綺麗だ」と言う自分も同じ夕陽をみている。


 夕陽の輝きは、己の命を燃やしているからではなく、明日を迎えるためにある。

 夕陽の美しさはずっと変わらないのに、ただ一つ変わってしまっていたのは……。

 

 冷たさを伴う風が、爽やかに頬を撫でる。また冬がやってくる……あの日と同じ冬が。

 夕陽に照らされて黄金色に輝く枯草。沈んでいく美しい夕陽。

 あの向こうにメランリュクスがあった。


「護るべきものなんか、どこにもない」

 あの時は、そう思っていた——でも違ったんだ。

 

 大丈夫だよ、オルニス兄さん。

 見つけたんだ、俺のメランリュクスを。コクロウは見つけてくれたんだ、俺を。

 あの日見た夕陽とは、もう違う。

 

 俺の護るべきものは、もう、ここにある——。


 ―― 完 ――



◆――あとがき――◆

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

イージスとファルカスの二人の旅路に、最後までお付き合いいただけたことを、とても嬉しく思います。


初めての長編小説で、初めてのウェブ投稿だったので、最終話のPVを確認できた時は、「読んでくれた人がいるんだ」と本当に嬉しかったです。


よかったら、お読みいただいた後に「読んでやったぜ!」「読了!」くらいの気持ちで、ポチっと押していただけると、大変喜びます。


読んでくれた方、ブックマーク付けてくれた方、評価くださった方、お一人お一人にお伝えするのは恥ずかしいので、申し訳ありませんが、ここで改めてお礼申し上げます。


お礼の代わりと言っては、何ですが、「後日談」を掲載しております。

良かったら、もう少しだけお時間を分けてください

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