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【完結】【BL】黒狼の銀の盾《コクロウのイージス》  作者: 山神ユキ
7章:焦がす夜―救われる二人
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第26話:助ける覚悟


 

 10年前——。


 天幕を飛び出したイージスの鼻には、焦げた嫌な臭いが入り、口に入ってくる空気が熱かった。

 各所から上がる火の手。あちこちで胃の内容物をもどし、地面を転がり回る騎士達。

 頭が猛烈に痛くて割れそうで、吐き気もした。自分の内で湧き上がる衝動と、それを抑えようとする複数の力が拮抗していた。


「団長。火竜がいうことをききません。こんなことしたくないのに」と言った直後に燃え上がった部下は、今の自分と同じくらいの若者だった。

「団長、お願いですから、もう殺してください」そう涙を流しながら頼んできた部下は、自分よりも経験豊富な部下だった。


 護ってやることと、絶ってやることが、同じだなんて……耐えられない。


「お前がいれば、メランリュクスは大丈夫だ」

 そう言って笑ったオルニス兄さん。

「イージス、メランリュクスの銀の盾……我は、オルニス=シルフィード=ナイアス、今こそ授かりし風竜(ふうりゅう)の加護をすべて返そう」

「何をするつもりだ、オルニス兄さん」

「ゼピュロス! イージスを連れて行け」

 

 叫ぶイージスには構わず、ゼピュロス(風竜)に命じた——自分の呼びかけには応えてくれなかった。

「離せ、放せ。ゼピュロス!」

 大声で喚いても風竜ゼピュロスは決して放してくれなかった。


 俺には五竜の加護があったが、風竜の加護だけでいえば、オルニス兄さんの方が強かった。

 ゼピュロス(風竜)が、俺よりオルニス兄さんの言う事を選ぶなんて、分かり切ったことだったのに。

 全ての竜の加護が暴走するなか、強い加護を使おうと思ったら、加護を返すしかなかったんだ。

 ——分かっていたのに……託されていたのに。


 

 カツッ——。

 ファルカスの歯が自分の首元に当たり、引き戻される。

 

 フーフーと自分の顔にかかる熱い吐息。自分の腕に伝わる震え。

 切れ長の目は開かれることなく、厚めの下唇は閉じられることがない。

 あの嫌に甘い匂い……そして、ふり乱れる漆黒の髪。


 ——助けたい……助けてやりたい。

 

 ファルカスの上体をそっとベッドに下す。

 水差しの奥の壁には、鏡が掛けられていた。

 意を決して目をやると、鏡に映る自分の髪の毛は——濃い茶色。


 髪の色もすっかり変わってしまった……。

 東の大陸に来てから加護が使えなくなったせいだろう……ずっとそう思っていた。

 呼ばなかったら、ずっとそう思えるのに。

 呼んでも来なかったら……。

 五竜の中では水竜(すいりゅう)の加護が一番強い。水竜で駄目なら多分……。

 顔を下げると、ファルカスの苦しそうな吐息がかかる。


 

 息苦しかった。

 視界の果てまで火柱が立ち並んでいた。

 護る力と滅ぼす力が、同じだなんて……耐えられなかった。

 両脇に垂らした拳が固くなり、爪が手のひらに食い込む。


 

 ドンドンという音に、目を向けるとファルカスが、背中を大きく反らし、拘束を解こうとしていた。悩んでいる暇は無い。このままでは、怪我をさせるかもしれない。

 

 ファルカスを拘束しているものを全部解く。ベッドに腰を下ろし、正面から両腕でしっかりと抱きしめた。

 あの嫌な匂いが、自分の中にも流れ込んでくる。

「もうすこしだけ、辛抱してくれ」

 体の中から息を吐き切る。それからゆっくりと息を吸い込んだ。

「我は、イージス=ナイアス=メランリュクス。五竜の加護を授かりし者。我の求めに応えよ。来てくれ! 水竜アクア!」

 

 ファルカスの体が、水色の細かい粒に包まれ始める。その周りを青と蒼の光の層が輝く。

 その中で煌めく漆黒の髪が、とても綺麗だった。

 

 ぎゅっと抱きしめると、腕の中の熱が下がっていく。

 胸にあたる呼吸がゆっくりになっていき、顎を少し持ち上げると、顔の赤みも無くなっていた。

 水竜の加護により、浄化されたようだ。

 

 気が付いたのか。少しこっちを見上げて、パチパチパチッと瞬きする。

 何やら唇を動かしてから、目を閉じた。

 ベッドに横たえると、静かな寝息を立て始めていた。

 音をたてないように、ベッドに腰かけ直すと、頭と頬を撫で、首元から髪を梳いてやる——何度も何度も。

 

 ファルカスの上で、水色と青の光がきらりと光る。

(——やっと呼んでくれたね、イージス)

「ごめんね、アクア」

 10年ぶりだというのに、水竜は呼びかけに応えてくれた。

(この子も、もう大丈夫だね)

 水色の光が漆黒の髪を撫でるように、動いていく。

「……ん……」

 光に髪を撫でられたファルカスの唇が動く。

 

「ありがとう、アクア」

(ねえ、イージス。スルト(火竜)は、イージスが怒っていると思ってるよ)

「いや。あれは、スルトのせいじゃない」

 ファルカスの上で輝く蒼い光に向かって首を振る。

(ねえ、思い出して、イージス。イージスが受け入れてくれないと、私たちも力を貸せないよ)

 青い光が、きらきらっと点滅したように光る。

 

(もう行くね。東の大陸(こっち)だと、これが精いっぱいみたい。ねえ、イージス。次は、スルトのことも呼んであげてね)

 固く唇を引き結んでいたせいか、応える言葉が口から出せなかった。

(またね……)

 パチパチパチと光が消えていき、アクアも消える。

 頭がひどく重たい。俺も少しだけ眠い……。

 

 

 朝になったのか。

 頭の後ろの方から、チッチッチという鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 頭の上に、何か温かい物が置いてあった気がしたんだが……。

 額の下で何かがモゾモゾと動き、目を開ける。

「……ん?」

 額を上げると、切れ長の目を細くしたファルカスの顔がすごく近い。

 

「起きてたのか?」

 とりあえず、訊いてみたが、何でファルカスの顔がここにあるのか。

「あっ!」

 勢いよく上体を跳ね上げる。ベッドには、仰向けのままのファルカス。

 あの後、ファルカスの肩口に額をあてたまま寝入ってしまったようだった。

 

 ファルカスの顔を見ると、漆黒の髪は張り付いたままだが、形の良い眉も、切れ長の目も……いつも通りだった。

「ファルカス。もう、大丈夫だ」

 大きく息を吐くと肩から力が抜けていく。

「イージス……助かった」

 ファルカスが、厚めの下唇に手の甲をあてながら俯いている……元に戻った。

 ひょっとして……竜の加護も……。


 ——眩しいな。

 目を眇め顔を上げると、窓の外から朝の光が差し込んでいた。

 昨日の夕方には、湿り気を含んでいた空気も、今朝は気にならない。

 朝の光に煌めく漆黒の髪を見つめる。

「いや。お前が助かってくれたおかげで、俺も助けられたんだ」

 開いたままのファルカスの目が、「訳が分からない」と言っていたが——それでいいと思った。 

ここから、二人がどう向き合っていくのか。どうか、静かに見届けていただけたら嬉しいです。

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