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【完結】【BL】黒狼の銀の盾《コクロウのイージス》  作者: 山神ユキ
7章:焦がす夜―救われる二人
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第23話:潜入決行

 


 * * *


 

 イージスは、晩餐会へと向かう馬車の中で、まだ明るい西の空を眺めていた。

 これから、東の空の濃紺が、西の茜色を追いかけていく。

 人命がかかっている。直近の日程で動くべきだと全員の意見が一致した。

 しかし、今日を潜入の日と決めてから、わずか7日。

 首元が少しジトッとする。今日の空は、雨を落としそうにないのに。

 

「窮屈だ」

 隣に座るファルカスは、眉をしかめて、首元のタイを掴もうとした。

 裾の長い上着に太めのタイで、商人を装っている。いつもと違って、黒一色じゃないのは、新鮮だ。見ていると、目が細くなる。

 

「緩めるなよ」

「分かっている。それにしても長い」

 窘めると、うんざりしたような顔を見せる。晩餐会の時間の話だろう。

「夏は陽が落ちるまでが長い。夏の晩餐会は、夕暮れも楽しむものだ」

 言い方が良くなかったのか、口をこちらに開いて、何かを言いかけている。

 

 ゴトンという音がして、漆黒の髪がこちらに倒れこんでくる。馬車が石でも踏んだんだろう。

 右腕を背中から回して抱き込んでやると、ファルカスは、唇の下に手の甲をあてた。

 まだ、恥ずかしいのか……。

 こっちの練習の成果はどうだろうか。軽く息を吸う。

 

「ファルカス」

「なっ……」

 そっと呼んでみると、口だけじゃなく、目も大きく開いて動かなくなった。

「今、呼ばなくてもいいだろ……」

 抱き込まれたまま、顔だけを背けて文句を言ってきた。恥ずかしくても体だけは離さないらしい。ダンスの練習の成果だな。

 眉にぎゅっと力を込めている様子が可笑しくて、こっちの肩が震えてきた。

 

「俺は良いけどな。『運び屋』って呼ばれても。でも、お前がちゃんと呼べないと、俺がうっかり『副団長』って呼ぶかもしれないぞ。良いのか?」

「……分かっている」

「本当に?」

「分かっているから。離せ」

 からかうように顔を近づけると、ドンと胸を叩かれたので、腕を離してやる。

 

「では、どうぞ」

 体勢を直したファルカスに両掌を向けた。こっちの掌と顔を交互に見比べている。

「ほら?」

 さらに顎をしゃくって、促してやると、恨めしそうに見てきた。

「……イージス……」

 小さい声でボソボソと返す。不満げに肩を竦ませながら。

「アルに怒られるからな」

 不服そうに言葉を付け足してから、手の甲を唇の下に当てているので、思わず吹き出してしまった。


 パカッ、パカッ、ゴトンと、周囲から聞こえる馬車の音が増えてきた。

 自分たちの馬車の速度も落ち、ギギーっという音とともに馬車が止まる。

 馭者に扮したアルの副官が、座席に顔を向けてくる。

「俺はこのまま待機します。ファルカス様(・)もお気をつけて」

「ああ、お前も気を付けろ」

 馬車を下り、参加者用の受付へ向かう。建屋の正面に面する庭では、ガーデンパーティーの準備が進められていた。

 

 客の中には、正装しているが、上流階級には見えない奴らが交っている。

 歩きながら、隣の男と見比べる。上から下まで眺めて、また下から上へ。

 何でか、この場の誰よりも上流階級然としている。姿勢がそう見せるのか、やっぱり顔か。

 

「そんなに顔が良くて……お前、ちゃんと田舎の商人の正装に見えるのか?」

 冗談めかして笑って見せると、口を尖らせてきた。こっちに目を眇めてきて、眉間には、くっきりと浮かぶ皺。

「顔は関係ないだろう。金を払えば、誰でも参加できるんだ。それに俺の顔よりお前の方が……」

「きゃあ! 素敵ねえ」

 ファルカスの後半の言葉は、女性達の感嘆の声に搔き消されてしまった。

 

「受付が終わったら、大広間へ移動してください!」

 受付では、誘導係が大声を張り上げている。

 屋敷の奴らが、やけにファルカスを見てきた。まあ、綺麗な顔しているからな。

「こちらの布は、後で余興で使いますので、絶対に失くさないで下さい」

 隣に立つファルカスは、何度も念を推されている。

 自分は青い布を渡された。ファルカスの手には赤。

 帯剣や、魔石の持ち込みは許されない。あちこちで、探知用の魔石が光っている。

 

 大広間は1階のずっと奥にあった。集められたのは、一般の参加者ばかりのようだ。上客は、別の場所で待機しているんだろうか。見上げると、広間を囲むように配置された個室が見えるので、目を眇めてみる。出入りしている奴のことは、ここからは確認できなかった。

 

「何か感じるか?」

「いや、今のところ何も感じないな」

 こっちの答えに、ファルカスが顎を撫でた。

「そうか。さすがにここでは使ってこないか……」

 お互い、怪しまれない程度に視線を動かす。


 大広間には、どんどん人が集まってくる。司会が前に立つと、余興が始まった。

「受付でお渡しした布をご確認下さい。」

 受けっとた布は、自分が、青。ファルカスが赤。

「赤の方がた、おめでとうございます! 特別な催しを行います。赤の方だけ残って下さい」

 周りで「緑だわ」「黄色だった」と、残念そうな声が溢れる。

 ファルカスを見ると、唇を固く結んでいた。

 

「赤以外の方は、正面の庭に移動してください。ガーデンパーティーを始めます」

 司会の声が、耳に入ってくる。参加者がぞろぞろと大広間を出ていく。

「また、戻るのね」

「結構な距離を歩かされるわねえ」

 参加客は軽い不満を述べながら歩いている。

 

「お前は手筈通り、屋敷内を捜索してくれ。お前頼みだ」

 ファルカスの言葉に頷くと、切れ長の目がこっちを見ている。

「気をつけろよ、ファルカス」

「お前もな……イージス」

 細くなった切れ長の目を見ていると、自分の胸を掴みたくなった。今更、単独行動くらいで緊張するとは……。

 頭を軽く振り、息を吸う。吐く息を合図に移動する。あくまで目立たないように。

 大広間を出る寸前、少しだけ足が止まる。振り返ると、ファルカスが、少し唇を持ち上げたように見えた。


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