第23話:潜入決行
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イージスは、晩餐会へと向かう馬車の中で、まだ明るい西の空を眺めていた。
これから、東の空の濃紺が、西の茜色を追いかけていく。
人命がかかっている。直近の日程で動くべきだと全員の意見が一致した。
しかし、今日を潜入の日と決めてから、わずか7日。
首元が少しジトッとする。今日の空は、雨を落としそうにないのに。
「窮屈だ」
隣に座るファルカスは、眉をしかめて、首元のタイを掴もうとした。
裾の長い上着に太めのタイで、商人を装っている。いつもと違って、黒一色じゃないのは、新鮮だ。見ていると、目が細くなる。
「緩めるなよ」
「分かっている。それにしても長い」
窘めると、うんざりしたような顔を見せる。晩餐会の時間の話だろう。
「夏は陽が落ちるまでが長い。夏の晩餐会は、夕暮れも楽しむものだ」
言い方が良くなかったのか、口をこちらに開いて、何かを言いかけている。
ゴトンという音がして、漆黒の髪がこちらに倒れこんでくる。馬車が石でも踏んだんだろう。
右腕を背中から回して抱き込んでやると、ファルカスは、唇の下に手の甲をあてた。
まだ、恥ずかしいのか……。
こっちの練習の成果はどうだろうか。軽く息を吸う。
「ファルカス」
「なっ……」
そっと呼んでみると、口だけじゃなく、目も大きく開いて動かなくなった。
「今、呼ばなくてもいいだろ……」
抱き込まれたまま、顔だけを背けて文句を言ってきた。恥ずかしくても体だけは離さないらしい。ダンスの練習の成果だな。
眉にぎゅっと力を込めている様子が可笑しくて、こっちの肩が震えてきた。
「俺は良いけどな。『運び屋』って呼ばれても。でも、お前がちゃんと呼べないと、俺がうっかり『副団長』って呼ぶかもしれないぞ。良いのか?」
「……分かっている」
「本当に?」
「分かっているから。離せ」
からかうように顔を近づけると、ドンと胸を叩かれたので、腕を離してやる。
「では、どうぞ」
体勢を直したファルカスに両掌を向けた。こっちの掌と顔を交互に見比べている。
「ほら?」
さらに顎をしゃくって、促してやると、恨めしそうに見てきた。
「……イージス……」
小さい声でボソボソと返す。不満げに肩を竦ませながら。
「アルに怒られるからな」
不服そうに言葉を付け足してから、手の甲を唇の下に当てているので、思わず吹き出してしまった。
パカッ、パカッ、ゴトンと、周囲から聞こえる馬車の音が増えてきた。
自分たちの馬車の速度も落ち、ギギーっという音とともに馬車が止まる。
馭者に扮したアルの副官が、座席に顔を向けてくる。
「俺はこのまま待機します。ファルカス様もお気をつけて」
「ああ、お前も気を付けろ」
馬車を下り、参加者用の受付へ向かう。建屋の正面に面する庭では、ガーデンパーティーの準備が進められていた。
客の中には、正装しているが、上流階級には見えない奴らが交っている。
歩きながら、隣の男と見比べる。上から下まで眺めて、また下から上へ。
何でか、この場の誰よりも上流階級然としている。姿勢がそう見せるのか、やっぱり顔か。
「そんなに顔が良くて……お前、ちゃんと田舎の商人の正装に見えるのか?」
冗談めかして笑って見せると、口を尖らせてきた。こっちに目を眇めてきて、眉間には、くっきりと浮かぶ皺。
「顔は関係ないだろう。金を払えば、誰でも参加できるんだ。それに俺の顔よりお前の方が……」
「きゃあ! 素敵ねえ」
ファルカスの後半の言葉は、女性達の感嘆の声に搔き消されてしまった。
「受付が終わったら、大広間へ移動してください!」
受付では、誘導係が大声を張り上げている。
屋敷の奴らが、やけにファルカスを見てきた。まあ、綺麗な顔しているからな。
「こちらの布は、後で余興で使いますので、絶対に失くさないで下さい」
隣に立つファルカスは、何度も念を推されている。
自分は青い布を渡された。ファルカスの手には赤。
帯剣や、魔石の持ち込みは許されない。あちこちで、探知用の魔石が光っている。
大広間は1階のずっと奥にあった。集められたのは、一般の参加者ばかりのようだ。上客は、別の場所で待機しているんだろうか。見上げると、広間を囲むように配置された個室が見えるので、目を眇めてみる。出入りしている奴のことは、ここからは確認できなかった。
「何か感じるか?」
「いや、今のところ何も感じないな」
こっちの答えに、ファルカスが顎を撫でた。
「そうか。さすがにここでは使ってこないか……」
お互い、怪しまれない程度に視線を動かす。
大広間には、どんどん人が集まってくる。司会が前に立つと、余興が始まった。
「受付でお渡しした布をご確認下さい。」
受けっとた布は、自分が、青。ファルカスが赤。
「赤の方がた、おめでとうございます! 特別な催しを行います。赤の方だけ残って下さい」
周りで「緑だわ」「黄色だった」と、残念そうな声が溢れる。
ファルカスを見ると、唇を固く結んでいた。
「赤以外の方は、正面の庭に移動してください。ガーデンパーティーを始めます」
司会の声が、耳に入ってくる。参加者がぞろぞろと大広間を出ていく。
「また、戻るのね」
「結構な距離を歩かされるわねえ」
参加客は軽い不満を述べながら歩いている。
「お前は手筈通り、屋敷内を捜索してくれ。お前頼みだ」
ファルカスの言葉に頷くと、切れ長の目がこっちを見ている。
「気をつけろよ、ファルカス」
「お前もな……イージス」
細くなった切れ長の目を見ていると、自分の胸を掴みたくなった。今更、単独行動くらいで緊張するとは……。
頭を軽く振り、息を吸う。吐く息を合図に移動する。あくまで目立たないように。
大広間を出る寸前、少しだけ足が止まる。振り返ると、ファルカスが、少し唇を持ち上げたように見えた。




