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【完結】【BL】黒狼の銀の盾《コクロウのイージス》  作者: 山神ユキ
7章:焦がす夜―救われる二人
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第22話:潜入前夜

 あれから潜入する日はすぐに決まり、イージス達は準備に追われていた。

 今日もベルに跨り詰所へ向かうと、風をはらんだ団旗が見えてくる。

 夏の爽やかな風が、団旗を泳がせ、汗を引かせていった。

 

 団長執務室の前に立つと、扉の向こうからファルカスの大きな声が聞こえてくる。

「絶対に嫌だ」

「仕方ないですよ」

 構わず扉を開けると、ソファには、ムスッとしたファルカスと、眉を少し下げたアル。

「珍しいな。何を揉めているんだ?」

 ファルカスは一度言い出すと、絶対に引かない所がある。二人はこちらに構うことなく続けていた。

 

「兄さん。多少のダンスはできないと問題かと思います」

「いや、別に問題ないだろう」

 ファルカスの声が、さっきより少し大人しい。どうやら、晩餐会のダンスを回避しようと駄々を捏ねているようだ。

 仕事中は自制しているアルの「兄さん」呼びは貴重だ。いつもは効果があるのに、珍しい。


「リードする方、される方。どっちでも良いからできないと話にならないぞ」

 横からつい口を出してしまった。

 ソファの背もたれに手をつくと、ファルカスが黙って横にずれてくれる。

 隣に腰を下ろそうとしたところで、こっちを見上げてきた。

「そういうお前は、どうなんだ?」

「俺? 俺は踊れるぞ」

「え?」

 形の良い眉が引き上がって、口が少し開いた。

「何なら、今からやるか?」


 

 訓練場に場所を移して、ダンスを披露することになった。

「言っとくけど、俺はリードする方しかできないぞ」

 ウルスと、アルの副官もやってきて、数人の団員達も見学に回っている。

 アルを相手にダンスを披露すると、「ほお!」とか「おお!」とかいう声が耳に入ってきた。


 ファルカスが頑なに抵抗していた理由も分かった。

 アイツが踊っているのを見ていると、周りからは「ああ……」という低い声が漏れ聞こえる。

 ウルスが、腕を組んで頭を捻っていた。

「何で、あんなに踊れないもんかなあ」

「副団長、照れ屋ですからねえ」

 副官の声に、皆が「あー」と低く長い声を出す。

 

 アルと踊ってきたファルカスが、立ったままの自分の隣に腰を下ろした。

 見下ろすと、頭を下げて床を見ている。

「お前、リードする方は、諦めろ」

「な……」

 突きつけた指を見上げながら、口をはくはくさせている。

「男女で役割が決まっている訳じゃないし、男女で踊るわけでもない。『晩餐会は初めてだから、あまり踊れません』っていうのは、大事なんだ」

「じゃあ、踊らなくて良いだろう」

 不貞腐れたように口をとがらせてくるが、頭を振ってみせる。

 

「参加希望の体なんだぞ。『踊らない』のが問題なんだ」

 まだ、納得のいかないような顔に頭を掻く。仕方がない。

「任務だぞ」

 一言だけ口に出すと、ファルカスが肩を落とした。

「今からでも、リードされる方なら間に合う」

 顎をしゃくって、立つように促してやる。


 ファルカスの手を取り、背中に右手を回す。

 こちらを握ってくる手が少し湿っている気がする。緊張しすぎだな。

「肩の力を抜け」

「抜いてるだろう!」

 両肩がしっかりと持ち上がっているのに、なかなか認めようとしない。眉をそんなに顰めて。

 力が入りすぎると、双方が消耗してしまう。すぐに休憩することになった。アルからタオルを受け取って、2人で立ったまま汗を拭く。

 

 アルと並んで見学していたウルスが、自分たちをじっと見てきた。

「そういえば、お前達。互いに何て呼んでいるんだ?」

 突然のウルスの質問に、眉間に力が入る。何でそんなこと訊くんだ。

「特に呼んだことない。なあ?」

「必要ないからな」

 ファルカスに同意を求めると、アイツの眉間も皺が寄っていた。

 

 ウルスの太い眉がピクッと動いた。

「ちょっと、いいか? アルと俺とファルカス。こうやって並んでたら、何て呼ぶ? イージス!」

 ウルスがこっちに指を突き付けてきた。

「……副団長かなあ?」

 

「じゃあ、今度はお前だ、ファルカス! お前は、俺達が一緒にいたら何て呼ぶんだ?」

 ウルスは、手のひらを見せながら自分とアルの前に腕を広げた。

「運び屋だろ」

 自分たちの答えが気に食わなかったらしく、はあっと深いため息を吐かれる。

 ファルカスと顔を見合わせる。意味が分からない。

 

「お前たち全く駄目だ! そんなんじゃ、潜入にならんだろ。名前で呼べ、名前で!」

 大声を出しながら、ウルスが勢いよく両腕を挙げていた。

「あ!」

「ああ……」

 自分たちも納得の声が出る。確かにそうだ。

 

「とりあえず、今からは2人の時も『お前』じゃなくて、名前でお願いします」

 こちらを見るアルの声には、抑揚がなかった。

「はい、すみません」

「ああ……」

 いつもより厳しめのアルに、一緒に小さく応える。

「特に兄さん。そういう所がダンスにも繋がっているんですよ」

 アルは両肩を下げると、長く深い息を吐いた。

 

 ファルカスの手を取り、背中に右手を回す。まずは、姿勢からやり直そう。

「肩の力を抜けって言っているだろう? 剣を振る時と同じだよ」

 今度は、反論してこなかった。自覚はあるらしい。

「お前、踊れるんだな……」

 ぼそっと呟くファルカスの耳が少し赤い。片手が空いていたら、いつもの癖が出ていただろう。

 自分の片頬が緩んでいく。

 

「昔、必要に駆られてな。10年ぶりだけど、意外に踊れるもんだな」

 背中に回した右手を腰までずらすと、軽く力を込める。こっちが腰を近づけると、腰を引いてしまうファルカス。

「腰を引くな。腰を」

 位置を直す度に、ビクッとされてしまう。

 

「それよりもファルカス。また『お前』って言ったな? アルに怒られるぞ」

 緊張しているのか、恥ずかしいのか、ちっともこっちを見ない——まあ、両方だな。

「両方は無理だ……」

 精一杯顔をそらしているが、形の良い唇が引きつっているのが目に入る。

「両方……? ダンスと名前ってことか?」

 返答がないのは、肯定ってことだろうな。

 

 繋いだ手はそのままに、腰から離した右手をアイツの頭の上に置く。

「じゃあ今は、俺だけを見とけ」

 顔をこっちに向けて回してやった。顔を回されたアイツは、大きく目を開く。

 相変わらず、顔を近づけようとしてこなかったが、アイツの匂いだけは、濃くなっていった。

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