第21話:はためく団旗
黒の団の詳細な調査を待って、2日後、イージスは団長執務室に呼ばれていた。
アルの副官が、立ったまま報告を始める。
「まず、屋敷の人数に対して過剰な食糧が、日常的に運び込まれています」
報告書に目を通すウルスの眉が歪んでいる。
「『晩餐会や、浮浪者への食事の提供で大量の食糧が必要だ』と言い訳できる量ではある……」
「はい。晩餐会の準備の可能性も考えました。しかし、晩餐会等行事が終わった後にも定量的に運び込まれているのを確認しています」
アルの副官が、こちらのテーブルに近づくと、屋敷の図面を広げた。
「次に、屋敷の中ですが、行政府に届けられている図面にはない空間が、何か所か存在しています」
屋敷の図面に何か所かバツ印がついている。
「それから……晩餐会を挟んで前後数日、夜に屋敷を出入りする大き目の荷馬車が目撃されているのですが、該当する記録は、ありませんでした」
副官は、報告を終わると壁際に控えた。
「夜に都市を出入りするのは、無理です。我々が監視しています」
「俺たちの管轄外があるだろう。北の門は、行政府の管轄だ」
アルの疑問に、ファルカスが答えを出す。
顎の下に手の甲を当てながら見ていると、目に入った晩餐会の日付には、心当たりがあった。
「なあ、俺が検問所で足止めを食らった日、北の門から出入りした奴らがいたんじゃないか?」
思いつきを口にすると、他の三人が同時に目を見開いた。
アルが副官に向かって頷くと、副官が、すっと退室する。
副官から受け取った資料に目を通したアルは、軽く頷いていた。
「確かに。検問の日とその前後は、北の門でいつもより『少ない』件数の出入りがありますね」
自分の隣では、腰を浮かせたファルカスが、アルの資料をのぞき込む。
「検問の邪魔になるから、最低限の出入りにしたという理由だな」
「最低限の出入りというより、『必要な出入りだけに絞った』んじゃないか?」
自分も中腰になり、ファルカスに覆いかぶさるかのように、ファルカスの背中越しにのぞき込んでいた。
「繋がったな」
深く腰を沈めたウルスが、腕を組んだまま呟くと、ウルスを除く3人が、顔を見合わせる。
貧民街で見目の良い人物を物色し、晩餐会を名目に、事実上の誘拐。
隠れ蓑として盛大な晩餐会を開催し、晩餐会後に商品を移送。
商品の移送の際、黒の団を足止めするため、行政府に違法魔法薬の情報を適度に流す。いや、——行政府の人間が流す……。
ボフン、ポフッと音を当てながら、自分とファルカスは、ソファに腰を落とした。
「酒場も検問も、違法魔法薬の情報は正しかったが、押収した量は少なかった」
「——捨て駒だな」
苦々しげに呟くファルカスに対し、ウルスは断言した。
「晩餐会も、商品お披露目の機会だろうな」
自分の言葉には、誰も反対しなかった。
商品は、警護が薄くなった辺境からも仕入れていた。レナのように……。
屋敷の図面を見つめていると、自分の指先が顎の形を確かめるかのように深くめり込んでいく。
「辺境の監視を緩める為だけの異動……」
下を向いていたアルの両肩が震えている。
壁際に控えていた副官が、アルの後ろに立った。
顔を上げようとしないアルの隣では、ウルスが大きく息をついた。
「十年前に追い出しておいて、今更戻って来いとは、ずいぶん都合のいい話だと思っていたが……手元に置いた方がマシだと思ったんだろう」
アルの副官が、アルの後ろあたりの背もたれをポンポンと叩く。
「都市の犯罪が減るから邪魔。辺境の監視が上手くいくから邪魔……俺たちが優秀ってことじゃないですか」
冗談めかした副官の声に、アルが少しだけ顔を上げる。
隣からスーッと息を吸い込む音がした。
「——俺が潜入する」
「一人は危険だ。許可できん!」
ファルカスの静かで力強い声は、さらに強いウルスの声で即座に却下された。
アルは思いっきり顔を上げて、2人を見ている。
「今、何かあれば、黒の団は解散させられる可能性がある。俺の独断であれば、俺の解任だけで済む」
ファルカスは、ウルスから視線を外す気が無いらしい。
自分の正面では、太い眉が、眉間に皺を寄せたまま動こうとしない。こっちも、考えを変える気は無さそうだ。
もう一度隣を見るが、やっぱり固い表情は緩みそうにない。
ただ窓の外から、団員達の鍛錬の声が聞こえるだけで、誰も口を開こうとしなかった。
「俺が一緒に行くよ」
「何で!」
ファルカスの声が、真横から聞こえてきたせいで、いつもより大きい。
「一人が駄目なんだろ?」
隣を見ると、正面にファルカスの顔が来ていた。
はあっと吐かれる息が、こっちの顔まで届いてきて、こそばゆい。
「馬鹿言うな!」
漆黒の髪を張り付けた頬が、少し赤く色づいている。視線を落とすと、膝の上で拳をぎゅっと握りしめている。
「晩餐会に魔石は持ち込めない。薬の検知は必要だ」
切れ長の目をじっと見てやる。自分から逸らす気は無かった。
「——二人の言いたいことは、分かった」
ため息とともに、ウルスが自分たちより大きな声を出した。自分の肩も、ファルカスの肩も下がる。
「俺から頼む。この通りだ。協力してほしい」
「団長!」
こちらに頭を下げてくるウルスに、非難めいた声を上げたファルカスは、じろりと睨み返されていた。
「ファルカス。俺が、頼んでいる」
「ああ、クソッ!」
反論を許さないウルスに漆黒の髪を左右に振り乱して、悔しがるファルカス。今更ながら、顔に似合わず口が悪い。
「そうと、決まったら、リオンに手紙だな。アル、アイツが怒りそうにない文面を考えろ」
「甘い物を用意しましょうか?」
「あと、辛い物と酒も忘れるな」
辛い物は、ギルベルトの好物だ。ギルベルトを懐柔する気だな。フムフムと頷いていたら、こちらに気づいたウルスが、白い歯を見せた。
「良いことを教えてやる。良いか? 皆、覚えておけ。アイツを喜ばせるには、アイツの周りを喜ばせるんだよ。そうすると大抵の無茶は聞いてくれる」
「へえ」
よく分かっているなと思いながら、捜査資料に目を落とした。
「おい、イージス。お前も入ってんだよ!」
「え?」
顔を上げると、ウルスが、白い歯を見せながら、太い眉も持ち上げていた。
勝手に体が、かあっと熱くなってきて、変な汗が浮かんでくる。
「アル。じゃあ、コイツ用にも甘いのをたくさん追加してやれ」
アルに命じた奴は、隣で漆黒の髪を上下に揺らしていた。下を向いたままで。
フフッと聞こえた方を見ると、誰かさんとよく似た切れ長の目も、細くなっていた。
執務室に運び込まれた大量の包みを見たファルカスは、「俺のせいだな」と、包みを持とうとした。
「いや、ファルカス。俺が馬まで持っていく。ダリ……ア? に渡すものもあるしな。」
荷物運びを買って出てくれたウルスは、ダリアの名前を呼ぶのに、まだ慣れないらしい。
横に並んだウルスの一歩が大きくて、こちらも少し大股を心がける必要がある。馬繋ぎ場に着く頃には、額にうっすらと汗が浮かんでいた。
ベルに荷物を積んでいる間、ウルスは隣で、包みを両腕で抱えてくれている。
「ダリアには、俺が、怒られとく。ちゃんと、手紙に、書いておいた。心配するな」
抱えた包みを落とさないように、顎を引いて押さえている。何だか変な話し方になっていた。
「やっと『ダリア』って呼べるようになったんだな」
腕を伸ばして、ウルスの腕から包みを引き取っていく。
「お前たちのせいで、さっき練習したんだぞ」
ウルスは、わざとらしく大きく息を吐いてきた。吐き出された息で、残りの包みがカサカサと音を立てる。
「今回ばかりは名前を間違えると、絶対に怒らせる……アイツ過保護だろう?」
「違いない」
体の大きなウルスが、口を小さく尖らせるのが面白くて笑うと、横顔が急に固くなった。
「ファルカスの奴、一人で潜入すると言い張って……。困ったもんだ」
両手に抱えた包みが腕から空になると、ウルスは姿勢を正した。太い眉がまっすぐこちらを向いてきて、目を逸らすことができない。
「アイツを護ってやってくれ。アイツは自分が抜ければ良いと思っているが、アイツ一人が欠けても、それは黒の団ではないんだ。頼む」
勢いよく頭を下げたウルスは、なかなか頭を上げようとしない。
ファルカスを必死に心配する姿が重なる。髪の色は似ても似つかないのに。
「イージスがいなければ、王国騎士団では無いんだぞ」
優しく言い聞かせてくれていたのに……。オルニス兄さん。
ああ、忘れかけていたのは、これだったんだ……。
額に浮かぶ汗が引いていく。
生暖かい風は、夏の厳しさ思い出させようとするが、今だけは涼やかだ。
ベルに跨り見上げると、大きく、はためく黒の旗。
やっと顔を上げたウルスに向かって、口の端を持ち上げる。
「あの団旗に約束するよ——だから、ダリアには怒られてくれよな」
今度はこっちが、太い眉をじっと見つめる。
どこからでも見上げられる団旗は、アイツみたいだった。




