第20話:二度目の夜
ホーホーと、鳥の鳴き声が聞こえ、掛け時計を確認したダリアは、ファルカスを見た。
「今夜は、もう遅いから。アンタもうちに泊まっていくのよ」
「は?」
口を開けたままのファルカスを見て、アルは下を向いた。口元を両手で隠し、声を出すのを堪えているようだ。
ファルカスの目は、こちらに助けを求めている。あの2人の様子を見るに、アルに渡した手紙には、このことが書いてあったんだろう。こういう時のダリアには勝てない。ファルカスの視線から逃れるよう顔をそらす。
「先輩の言うことは絶対よ」
「……直接の先輩ではありませんが」
口から出た言葉とは逆に、ファルカスが背筋をまっすぐにしてダリアに対峙している。
いつも通りの真面目さに、声を立てて笑っていたら、ダリアがこっちを指さしてきた。
「イージス、アンタの部屋に泊めるのよ」
「は?」
口と目が勝手に開いて、笑えなくなった。
こちらが話し出す前に、突然ダリアがポンと手を叩く。
「アルとレナは一緒ね。あ、アタシも一緒に寝ようかしら」
ダメに決まっているだろう。ダリアの発言に自分よりもギルベルトの方が速く反応した。
「駄目です」
「ダメだろ」
「絶対ダメー!あっ!」
ガタガタっと椅子を揺らし、ギルベルトと自分に続いて声を上げたエドが、椅子から転げた。転げた後で、頭を掻きながら、フフフと声を漏らすレナをエヘヘと見上げている。
レナの笑顔に少し誇らしげなエド。エドの優しい嘘を見逃しておいた。
2階の自室に案内し、とりあえずベッドに座っておくよう言ったのに、ファルカスは床に座った。
ファルカスの前に敷布を広げ、毛布を重ねる。
「お前は、まだ酔ってるようだし、ベッドで寝ろよ」
「いや、お前のベッドだろ」
尖った口が見えて、言っても無駄だと悟った。重ねる毛布を増やしていく。
毛布を上から押してみて、ギュっギュっという音で寝心地を確認する。
ベッドから上掛けを引っ張り下ろすと、ファルカスに背を向けて毛布の上に寝転がった。
「お前そこで寝んのか?」
声の方へ振り返る。仰ぎ見ると、漆黒の髪がこちらをのぞき込んでいた。
「……あの夜みたいだろ?」
ファルカスの確認には答えない。
あの時は、こんな仲になるとは思っていなかった。
「そうだな」
漆黒の髪の下では、切れ長の目が細くなっていく。
ファルカスも隣で、こちらに背を向けて寝転がったので、上掛けを持ち上げて中に入れてやり、明かりを消す。
上掛けが後ろに引っ張られる分、背中がジリジリと近づけられていく。あの夜と違って、汗の匂いはあまりしない。
上掛けが引っ張られたり、緩められたりを繰り返す。眠れないのか。
仰向けになると、肩にあたるアイツの背中がピクッと動いて、少し離れていく。
「大丈夫だ。あの子は、きっと元気になる」
「俺たちは、一体誰のために力を使ってきたのか……」
隣から聞こえるファルカスの吐きだす息が、いつもより長い。
誰のため……か。
軽く目を閉じると、団長就任が決まった時の事が思い出された。
「何が、メランリュクスの銀の盾だ……」
オルニス兄さんが呟いた。
「俺の銀髪で民が喜んでくれるなら良いじゃありませんか」
俺は、笑っていた。
あの気持ちに嘘はない。
それは、こいつも同じはず。
閉じた目を開き、呆れたように息を吐いてやる。コイツでも分かるように。
「あのな。いつでも、誰かを護ってるだろ? それが辺境でも、都市でも」
「そうだといいが」
呟きながらファルカスが、上掛けを引き上げ、また距離が近くなる。
「明日からもっと忙しくなるぞ。もう、寝ろ」
こんなにじっくりと自室の天井を見ることがあっただろうか。
ファルカスの規則的な寝息を確認してから、目を閉じた。
翌朝、イージスは、ファルカスとアルを馬車で送っていった。
団長執務室の扉を開けると、太い眉に白い歯をのぞかせてきたウルスが立ったまま出迎えてくれる。
「アル、ご苦労だったな」
ウルスがまず、アルを労うと、アルは切れ長の目を少し緩めた。ウルスがくるりとファルカスに顔を向ける。
「ファルカス……災難だったな」
「……ああ」
ファルカスが切れ長の目を持ち上げると、ププッとウルスが噴出した。
「リオ……じゃなかった。ダリアには敵わないだろう? なあ、イージス」
「何とも言えないな」
首を傾げて、両肩を持ち上げて見せた。
ウルスは大きく口を開けて笑いながら、バシーン、バシーンと背中を叩いてきた。
「まあ、とにかく皆んな座ってくれ」
全員がソファに座ると、報告が始まる。
ひとしきり報告を聞いたウルスの太い眉が、真っすぐになっていた。
「アル、都市の外で身元不明の死体が見つかったと発表しろ。特徴はレナと全く同じものだ。レナには悪いが、逃げ出した少女が獣にでも襲われて死んだと思い込ませろ」
アルはウルスに黙って頷くと、立ち上がって部屋を出て行った。
扉がパタンと閉まり、テーブルの上では、ウルスが資料を広げる。
「レナの証言を元に、疑わしい屋敷を検討するぞ」
三人で顔を突き合わせていると、ファルカスがこっちに首を傾けてくる。形の良い指は、地図に置かれていた。
「この辺と、ここら辺りは、違法魔法薬の感じがあったんだったな」
「ああ。そういえば、この辺の孤児たちが、『仲間が帰ってこない』って言っていたよな?」
二人で、ああだ、こうだと言っていると、こちらを見てくる正面の太い眉に気づく。
「飲みに行く度、やけに帰りが遅いと思っていたが……」
ウルスの言葉にファルカスと顔を見合わせてしまった。
「たまたま……な」
呟くファルカスの耳が、ほんのり赤く染まっていた。
「やっぱりこの屋敷が怪しいな」
顎の先を撫でるファルカスの視線の先には、一軒の屋敷の資料があった。
戻って来たアルもウルスの隣で参加する。
「有名人を大勢招待する盛大な晩餐会で有名ですね。それに、政治家との繋がりも聞きますね」
自分の向かいでは、ウルスが、トントントンと地図を指で叩いている。
「屋敷の持ち主は、頻繁に近隣の土地を買収し、屋敷の敷地を拡大しているな」
叩く音に合わせて、ウルスの口調が強くなっていた。
「こんな富豪、都市に住んでたか?」
「元々は、都市の住人じゃないな」
自分の疑問に、隣に座るファルカスが首を横に振る。
「さっきの、孤児たちの『仲間が帰ってこない』ってアレはなんだ?」
こちらを見上げてくるウルスに、ファルカスが、ハッと強く吐いた。
「見目の良い奴が、晩餐会に招待された後、街に戻ってこないって話だ」
「何で戻ってこないんでしょう?」
アルが長いまつげを伏せ、もっともな疑問を口にする。
「そもそも、『良い暮らしを約束されて晩餐会に招待される』らしいんだが、屋敷の関係者が、菓子を配るときに『屋敷に招待された子供たちは良い暮らしをしている』ってわざわざ教えてくれるんだと」
アルには悪いが、気分が悪い話に、皮肉気な口調になってしまう。
「浮浪者や浮浪孤児に食事をふるまう篤志家としての評判もありますね」
アルが目を細くして、1点を見つめている。
これは、もう……。
「……人身売買の可能性がありますね」
「全く不快なことにな!」
アルが呟いた途端、部屋にウルスの太い声が響き、窓がビリビリッと窓が震える。
ファルカスと目を合わせて頷き合った。




