第19話:新たな事件
自分が黒の団の捜査協力をしなくなって、ひと月が経とうとしていたその晩。
暖かい夜気に湿気が混ざり、街灯の灯りがぼんやりと光っている。
生温い風が肌を撫でるので、「冷たいやつを一杯やろう」と二人で飲んだ帰りだった。
ファルカスと一緒に酒場を出て、通りを歩いていると、曲がり角から現れた人影が、ドンと二人の間にぶつかってきた。
「痛っ」
「何だ?」
「すみません。すみません」
衝撃で一寸後ろにそった二人の前に、体を震わせる少女がしゃがみ込んでいた。擦り切れた服と、足には足環。足環などで拘束することは、法に反する。
「……助けて……」
眉を大きく下げ、唇が震えている。
ファルカスが素早くマントを脱ぎ、少女にかけた。
「どこ行った!」
「捜せ!」
少女がやってきた方角から、男たちの大声が聞こえる。
「こっちだ」
ファルカスが少女を引っ張り、3人は通りの脇に入った。自分は通り側に立ち、二人を奥に入れる。追手が来ていないか、伺っていた。
「目を閉じて、じっとしゃがんでいろ」
奥では少女を物陰に隠しているようだ。
「どうだ?」
自分の所まで戻ってきたファルカスが周囲の様子を確認してる。
「こっちに逃げたぞ」
「早く見つけろ」
脇道に近づく影が、壁に映った。マズイな。
通りに背を向けると、ファルカスを引っ張り胸に抱き込む。そのまま頭を押さえて、顔をぎゅうっと自分の胸に押し付けてやる。
「おい……」
胸元から軽い抗議の声が上がってきた。
「しっ。じっとしろ」
フーフーと熱を持った吐息が胸を湿らせる。
目を伏せると、いつもは見えない漆黒の天頂が見える。頭を押さえつけた指を、漆黒の髪の中に滑り込ませる。今だけ、ゆっくりと。
バタバタっという足音が、タッタという音に代わり、遠のいていった。
「いい加減、離せ」
左肩を軽く叩かれ、髪の中から指をするっと抜く。
ファルカスは、グッとこっちの胸を押しのけてきた。
「これで、黒の団だとは気づかれなかっただろう」
「ああ……」
指先を擦りながら視線を動かすと、うなじに手を当て、下を向くファルカス。
「大丈夫か?酔ってるか?」
「何でもない」
顎を上げずに、漆黒の髪を左右に揺らした。
突っ立ったままのファルカスを横目に、少女に向けてファルカスを指さす。
「もう、大丈夫だぞ。こいつは黒の団だ」
少女に見上げられたファルカスが、ハッとして、片膝をついた。
「俺は黒の団副団長ファルカスだ。事情を聞かせてくれるか?」
「黒の団……?」
顎に指を添えながら少し考えていた少女は、小さく頷いた。もたもたしてたら、見つかるかもしれない。
「商会の方が近い。行くぞ」
マントに包んだ少女を横抱きにすると、先に歩き出す。後ろに付いてくるファルカスは、左右に気を配っているようだ。
商会に着くと、ギルベルトが出てきたので、簡単に事情を説明する。
次いで出てきたダリアは、少女に目をやると、エドに「黒の団に行ってアルに渡すよう」手紙を持たせた。
ダリアは、少女には事情をきかず、風呂に案内した。
「ちょっと大きいけど、アタシの服を着るといいわよ」
フフフと少女に笑いかけながらタオルと服を渡している。少女は黙ったまま、こちらとダリアの顔を交互に見ていた。分かる。男か女か悩んでいるんだよな。
「ええと、この人は男性だけど……気にしなくていいぞ」
首の後ろを搔きながら、言い淀んでいると、ダリアにバシーンと背中を叩かれた。
「何するんだよ」
抗議の声を上げると、少女は口元に手を添えながら、ふっと息を漏らした。
ダリアの服を着て現れた少女は、恥ずかしそうに顔を赤らめながらうつ向いていた。まだ外れていない足環が痛々しい。
「ちょっと大きいけど、かわいいわ」
ダリアが、片手を頬に添え、ほうっと息をはいた。
「いや、ちょっとじゃないだろ」
「そうだな。大きさが全然合ってないな」
自分の軽口にファルカスも合わせてきた。
「まあ、アンタたちは全然かわいくないわね」
口を尖らせたダリアは、椅子を引いて少女を座らせる。ちらっとギルベルトを見上げてから、少女に向けて唇の端を思いっきり持ち上げた。
「さあ、これはうちの自慢のスープよ」
ダリアに勧められると、少女はおずおずとスプーンを口に運んだ。
一口目をゆっくりと口にすると、大きな目を輝かせ、こちらが目を見張る勢いで食べ始める。4人はソファに腰かけながらその様子を見ていた。
頬杖をしたまま、向かいに座るダリアが顔をしかめ、ダリアの横に座るギルベルトは、首を捻っている。
「嫌ねえ。ここ数年は、人さらいの話は聞かなかったのに」
「辺境は、黒の団が警護してましたからね」
形の良い顎を指で挟んだファルカスは、自分の隣で眉間にしわを作っていた。
「確かに、辺境では人さらいが増えているようだが……」
「辺境での任務は、魔獣討伐じゃないのか?」
思わず身を乗り出すと、ダリアとギルベルトが同時にこちらを向く。
「人流や物流の監視もするのよ」
「辺境では何でもしますよ」
二人の答えに、隣でファルカスも、うんうんと頷くが、自分は首を傾げた。
「辺境の魔獣討伐で成果を上げたから、都市警護に回ったんじゃないのか?」
「確かに、世間にはそういう触れ込みであったわね」
「黒の団が辺境の警護を外れると、誰かが得をするということでしょうか?」
3人が話している間、目を伏せて考えをまとめている様に見えたファルカスが、小さく息を吐いた。
「俺達は、ほとぼりが冷めたか位だったんだが……」
黒の団の異動に何の意味があったのか、意図的に魔獣討伐の印象を植え付けているのか、誰もが口にはしないがそう考えているようだった。
廊下からタッタッタという足音が聞こえ、扉が開くとともにエドが入ってきた。
「アルさんを連れてきましたよ」
「はい、じゃあ、皆出て頂戴」
ダリアが音頭を取って、アル以外のメンバーに退室を促す。
「こういうのは、アタシたちに任せておけばいいわ」
アルとダリアと少女以外は、一旦廊下に出る。男4人は、手持無沙汰で廊下に突っ立っておくしかなかった。
「入って来ていいわよ」
思ったより早く、ダリアの許可が下りて、中に入れられる。
奥のソファには、少女を挟んでダリアとアルが座っていた。こちらは、ファルカスを真ん中に、ギルベルトと自分が腰を下ろす。エドは椅子をギルベルトの横に引っ張ってくると、逆向きにして跨った。
「では、話していただけますか?」
アルが促すと、少女は小さく頷き事情を話し始めた。ダリアにしっかりと肩を抱かれた少女の左手はアルにそっと握られている。
少女の名前はレナ。辺境の村出身だった。
最近、人さらいが出るから、常に数人で行動するよう言われていたのに、その日レナはうっかりはぐれてしまったらしい。
攫われて、馬車に押し込められると、他にも似たような境遇の男女が集められていた。
馬車が都市の大きな屋敷の敷地内に入った時、突然馬が暴れ出し、その隙をついて逃げた。すぐに敷地の外に出ず、しばらく敷地の中に潜み、出入りする馬車に紛れて逃げてきた。
話し終わるとレナは、はあっと長く息を吐いた。ダリアが肩をさすり、アルがさっきよりも固く左手を握ってやっている。
レナが、唇を震わせながら、ゆっくりと口を開いた。
「あなた方は……黒の団だと聞きました」
ファルカスはレナをじっと見て、その先を待っているようだった。
「どうして辺境から出て行ってしまったんですか……どうして……」
すがるような眼でファルカスを見てきたレナは、口をぎゅっと結んだ。誰もが、何か言葉を探しているようで室内が静まり返る。
「それは……」
自分が言いかけたのと、ガタガタッという音が重なり、皆が顔を一斉に向ける。
「……ごめんなさい」
椅子の背もたれに肘をついたエドが、申し訳なさそうに縮こまっていた。エドの隣では、口元に人差し指を立てるギルベルト。
隣で息を吸い込む音がして、目をやるとファルカスが姿勢を正していた。
「謝って済むことではないが、すまなかった。その上で、俺たちに力を貸してくれ、頼む」
すっと少女に頭を下げるファルカスに、レナは、ゆっくりと頷いた。




