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第16話:待ち人


 

 * * * 


 

 イージスは、黒の団に詰めていた。ファルカスを見送ることしかできなかったあの日から。

 商会には戻らない――アイツが戻ってくるまで。

 2階の窓に届くほど背の高い木は、夏の白い花をたくさんつけていた。香りの強さで知られているが、今日も匂いが届かない。もう3日……風が止んでいるせいか。


 あの日、商会に戻るとすぐに二人に頼んだ。

「頼む。アイツが戻るまで、商会の仕事を休ませてほしい」

「何で、アンタがそんなことする必要があるのよ」

 頑張って口を尖らせるダリアと、口元を必死に抑えながら肩を震わすギルベルト。ギルベルトは、ダリアの肩をポンポンと叩くと、首を左右に振った。

「リオン、駄目ですよ。全然怒って見えませんよ」

 

 ダリアは、しぶしぶ観念するという様子を見せようとしていたが、突然パチンと指を鳴らした。

「あっ、じゃあ、アタシの団服着る?」

「駄目ですよ!」

「ダメだろう!」

 ギルベルトと反対意見の声が揃う。

 

「貸すなら、私の団服ですよ!」

「大きいだろう!」

 反対意見の理由は違った。三人で顔を見合わせて、笑い声が起こる。胸のつかえが少し取れた気がする。

「あんまり気負わないのよ」

「危ないことをしたら駄目ですよ」

 そうして、二人は詰め所に送り出してくれた。

 


 詰め所で待機してからは、門が見える窓の前を通るたびに、一度止まっては外を確認していた。今も窓際で、横向きに立ち止まったまま、顔だけを門に向ける。

 目的の人物は、まだ、あの門を潜らない。

 

 あの日のことを思い出すと、口の中に酸っぱさが広がっていく。丁度今くらいの時間、午後の真ん中。

 町の通りで、次の配達に向かおうと、ベルの鞍に手をかけていた。

 

「運び屋の旦那!」

 遠くから聞こえる馬の足音に、聞き覚えのある声が混じっていた。眉をしかめながら振り向くと、アルと対比的な地味顔の男が見えた。アルの副官だ。

 査察があるから詰所には寄らなくていいと言われていたのに、どうしたんだ。

 

「行政府から、ハア……きゅ、急に大規模捜査が命じられて……副団長には止められていた……んですが、アルに呼んでくるよう……ハア……頼まれまして」

 息を切らしながら、説明する副官にじれったくなり、目的の場所だけを効くと、自分一人で先に行くことを決めた。

「悪い。これ、ダリア商会(うち)に持って行っといてくれ」

 仕事の残りを副官に預けると、ベルを走らせた。

 

 左右の建物が、どんどん流れていく。

 ベルの背中で、「どうして呼んでくれなかったのか」という、思いが拭えない。

 いや、違うな。査察に加えて、急な大規模捜査。何らかの悪意を疑って当然だ。巻き込めないと判断したんだろう。鐙を踏む足に力がこもる。

「ベル、もうちょっとだけ頑張ってくれ」


 左右の景色から建物が少なくなり、緑が多く混じり始めたころ、目的の廃屋が目に入ってきた。周りには、待機している黒の団の奴らが確認できる。

 目的地に近づいているはずなのに、心臓が不規則に動く。綱を握る手に力を込めた。

 

 待機している団員の後ろに着くと、足が地面についた。何の不自由もなく。

 バッと顔を廃屋に向ける――違和感がない。違法魔法薬の反応が無いんだ。

「待て!」

 右腕を持ち上げ大きく叫んだ直後、廃屋から閃光が漏れた。


 閃光から遅れて、バリーンという窓の割れる音とともに赤と緑の光が放たれた。

 赤は、中止。緑は――救助要請。

 黒の騎士服の袖に、白い腕章をつけた救護班が、廃屋へと飛び込んでいく。

 

 自分も飛び込みたい気持ちを抑え、足に力を入れる。両手で両頬を叩くと、パンと高い音がした。

 自分ができること……アイツの仕事を邪魔しないこと。違法魔法薬の痕跡を捜すこと。

 頭を振ってから、廃屋の周囲を歩き出す。



 違法魔法薬の痕跡が無いことだけが、確かになった頃、ファルカスが廃屋から出てきた。外の明るさが眩しいのか、額に手を当てている。疲れた顔が、任務の失敗を物語っていた。

 

 団員たちの暴走を抑え、アルに後のことを頼むファルカスが見えている。右手でこめかみを抑え、左手で倒れそうになる体を支えた。

 あの時も、自分は動けなかった。

 ……オルニス兄さん。


 馬車に乗せられる直前のファルカスと目が合った。後ろ手に縛られながらも、切れ長の目が、じっとこちらを見てきた。何故だか頷いてしまうと、ファルカスも頷き返してきた。

 

 だから今、黒の団(ここ)にいる。ファルカスの代わりに……。


 顔だけを門に向けたまま、待ち続けていた。

 突然の強い風に髪を乱され、掻き上げると、強い花の匂いが届いた。窓の外を見下ろすと、見慣れない馬車がこちらへ向かってきている。

 

 ——帰ってきた。

 門に向かって階段を駆け下りると、入れ違いに門の衛兵が、詰め所に駆け込んでくる。

 馬車を降りるために下げた髪は、漆黒。髪色を認め、前へと逸る足。

 ——そうじゃない。まずは、団員からだ。自分が足を止めた両脇を団員達が流れていく。

 

 ファルカスは、すぐに団員たちに囲まれた。

「副団長、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「食事はちゃんと出されました?」

「ああ、食べてた……」

 ファルカスは、ひとつひとつに殊勝に応えていたが、いつも通り、部下たちの声がだんだん非難めいてくる。

 

「食事は旨かったんですか?」

「……ああ、旨かった」

「捕まっている間、何してたんですか?」

「……ああ、鍛錬だな」

「ただ、休んでただけですよね?」

「——いい加減にしろ。全員持ち場に戻れ!」

 ファルカスがいつも通り大きな声で怒鳴ると、団員たちは「サボりだ」「狡い」などと笑いながら持ち場へ戻っていく。いつもと違って、目の端を光らせたり、鼻をすすったりしながら。

 

 ファルカスを囲む輪が消えた後には、ウルスとアルが残される。

「よく、戻ったな」

「お帰りなさい、兄さん」

 アルは、ファルカスに飛び込んだ。

 普段落ち着いているアルが、感情的に行動するのは珍しい。

「ああ、ただいま」

 人前で「兄さん」と呼ばないアルも、今日ばかりは、何度も呼んでいる。「兄さん、兄さん」と。

 良かったな、アル。

 

 後ろの方で様子を伺っていると、アルが、時々こっちを振り向いて、ファルカスに何か話している。こっちを向いたファルカスは、切れ長の目を細めて大きく頷いてきたので、こちらも大きく頷き返した。

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