第16話:待ち人
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イージスは、黒の団に詰めていた。ファルカスを見送ることしかできなかったあの日から。
商会には戻らない――アイツが戻ってくるまで。
2階の窓に届くほど背の高い木は、夏の白い花をたくさんつけていた。香りの強さで知られているが、今日も匂いが届かない。もう3日……風が止んでいるせいか。
あの日、商会に戻るとすぐに二人に頼んだ。
「頼む。アイツが戻るまで、商会の仕事を休ませてほしい」
「何で、アンタがそんなことする必要があるのよ」
頑張って口を尖らせるダリアと、口元を必死に抑えながら肩を震わすギルベルト。ギルベルトは、ダリアの肩をポンポンと叩くと、首を左右に振った。
「リオン、駄目ですよ。全然怒って見えませんよ」
ダリアは、しぶしぶ観念するという様子を見せようとしていたが、突然パチンと指を鳴らした。
「あっ、じゃあ、アタシの団服着る?」
「駄目ですよ!」
「ダメだろう!」
ギルベルトと反対意見の声が揃う。
「貸すなら、私の団服ですよ!」
「大きいだろう!」
反対意見の理由は違った。三人で顔を見合わせて、笑い声が起こる。胸のつかえが少し取れた気がする。
「あんまり気負わないのよ」
「危ないことをしたら駄目ですよ」
そうして、二人は詰め所に送り出してくれた。
詰め所で待機してからは、門が見える窓の前を通るたびに、一度止まっては外を確認していた。今も窓際で、横向きに立ち止まったまま、顔だけを門に向ける。
目的の人物は、まだ、あの門を潜らない。
あの日のことを思い出すと、口の中に酸っぱさが広がっていく。丁度今くらいの時間、午後の真ん中。
町の通りで、次の配達に向かおうと、ベルの鞍に手をかけていた。
「運び屋の旦那!」
遠くから聞こえる馬の足音に、聞き覚えのある声が混じっていた。眉をしかめながら振り向くと、アルと対比的な地味顔の男が見えた。アルの副官だ。
査察があるから詰所には寄らなくていいと言われていたのに、どうしたんだ。
「行政府から、ハア……きゅ、急に大規模捜査が命じられて……副団長には止められていた……んですが、アルに呼んでくるよう……ハア……頼まれまして」
息を切らしながら、説明する副官にじれったくなり、目的の場所だけを効くと、自分一人で先に行くことを決めた。
「悪い。これ、ダリア商会に持って行っといてくれ」
仕事の残りを副官に預けると、ベルを走らせた。
左右の建物が、どんどん流れていく。
ベルの背中で、「どうして呼んでくれなかったのか」という、思いが拭えない。
いや、違うな。査察に加えて、急な大規模捜査。何らかの悪意を疑って当然だ。巻き込めないと判断したんだろう。鐙を踏む足に力がこもる。
「ベル、もうちょっとだけ頑張ってくれ」
左右の景色から建物が少なくなり、緑が多く混じり始めたころ、目的の廃屋が目に入ってきた。周りには、待機している黒の団の奴らが確認できる。
目的地に近づいているはずなのに、心臓が不規則に動く。綱を握る手に力を込めた。
待機している団員の後ろに着くと、足が地面についた。何の不自由もなく。
バッと顔を廃屋に向ける――違和感がない。違法魔法薬の反応が無いんだ。
「待て!」
右腕を持ち上げ大きく叫んだ直後、廃屋から閃光が漏れた。
閃光から遅れて、バリーンという窓の割れる音とともに赤と緑の光が放たれた。
赤は、中止。緑は――救助要請。
黒の騎士服の袖に、白い腕章をつけた救護班が、廃屋へと飛び込んでいく。
自分も飛び込みたい気持ちを抑え、足に力を入れる。両手で両頬を叩くと、パンと高い音がした。
自分ができること……アイツの仕事を邪魔しないこと。違法魔法薬の痕跡を捜すこと。
頭を振ってから、廃屋の周囲を歩き出す。
違法魔法薬の痕跡が無いことだけが、確かになった頃、ファルカスが廃屋から出てきた。外の明るさが眩しいのか、額に手を当てている。疲れた顔が、任務の失敗を物語っていた。
団員たちの暴走を抑え、アルに後のことを頼むファルカスが見えている。右手でこめかみを抑え、左手で倒れそうになる体を支えた。
あの時も、自分は動けなかった。
……オルニス兄さん。
馬車に乗せられる直前のファルカスと目が合った。後ろ手に縛られながらも、切れ長の目が、じっとこちらを見てきた。何故だか頷いてしまうと、ファルカスも頷き返してきた。
だから今、黒の団にいる。ファルカスの代わりに……。
顔だけを門に向けたまま、待ち続けていた。
突然の強い風に髪を乱され、掻き上げると、強い花の匂いが届いた。窓の外を見下ろすと、見慣れない馬車がこちらへ向かってきている。
——帰ってきた。
門に向かって階段を駆け下りると、入れ違いに門の衛兵が、詰め所に駆け込んでくる。
馬車を降りるために下げた髪は、漆黒。髪色を認め、前へと逸る足。
——そうじゃない。まずは、団員からだ。自分が足を止めた両脇を団員達が流れていく。
ファルカスは、すぐに団員たちに囲まれた。
「副団長、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「食事はちゃんと出されました?」
「ああ、食べてた……」
ファルカスは、ひとつひとつに殊勝に応えていたが、いつも通り、部下たちの声がだんだん非難めいてくる。
「食事は旨かったんですか?」
「……ああ、旨かった」
「捕まっている間、何してたんですか?」
「……ああ、鍛錬だな」
「ただ、休んでただけですよね?」
「——いい加減にしろ。全員持ち場に戻れ!」
ファルカスがいつも通り大きな声で怒鳴ると、団員たちは「サボりだ」「狡い」などと笑いながら持ち場へ戻っていく。いつもと違って、目の端を光らせたり、鼻をすすったりしながら。
ファルカスを囲む輪が消えた後には、ウルスとアルが残される。
「よく、戻ったな」
「お帰りなさい、兄さん」
アルは、ファルカスに飛び込んだ。
普段落ち着いているアルが、感情的に行動するのは珍しい。
「ああ、ただいま」
人前で「兄さん」と呼ばないアルも、今日ばかりは、何度も呼んでいる。「兄さん、兄さん」と。
良かったな、アル。
後ろの方で様子を伺っていると、アルが、時々こっちを振り向いて、ファルカスに何か話している。こっちを向いたファルカスは、切れ長の目を細めて大きく頷いてきたので、こちらも大きく頷き返した。




