第15話:一人きり
行政府に連れて行かれると、「待機室」と書かれたプレートが掲げられた部屋に入れられる。
脱いだマントを掛けながら、ぐるりと部屋を見渡すと、窓が高く外は見えない。清潔と言ってよく、寝台に机と椅子と水差し。無いものは、時計。見張るための覗き穴は、どこかにあるはずだ。
ボフッと勢いよく寝台に倒れこむと、両手を広げ仰向けになった。
「正式な処分が下るまで、ここで静かに待ってもらう」とドミヌスの部下は言っていた。待機……。本当に一人きりだなんて、いつ以来だ。誰の声も聞こえてこないので、耳をすませてしまう。
部屋の外では、見張りの声だろう。ぼそぼそっと話す声がしている。一人になった部屋では、嫌でも雑音が耳に入ってきた。
「……噂通り……美人……」
聞き捨てならない自分の評判に、眉間に力を込め両手でシーツを握りこむ。美人……美人ね。その単語は、あの女にこそ相応しい。自分を捨てた母親。もう、久しく思い出すこともなかったというのに。
アルの心配そうな顔を思い出す。『美人』という言葉に反応してしまう自分に、少し泣きそうな顔でこっちを見てくるから、『大丈夫だ、アル。表の奴らは、ここを出たらぶん殴ってやるから』そう言ってやる。そうしたら『駄目ですよ、兄さん』って笑うから。
ふうっと自分のため息を聞きながら横を向いて、体を少し丸める。夜が近づき、室温が少し下がっていく。
『一人でいると、碌なことを考えないぞ』というのは、死んだ団長の口癖だったか。
「……だから俺たちは、一緒にいるんだ」
ウルスが付け足すいつもの言葉を自分でも口に出してみると、両手の指先まで温まっていく気がした。
再び仰向けになり、知らない天井を見る。これからどうするか、考えることはたくさんあるが、今は英気を養うべきだ。俺たちの為にも。今は、自分たち以外のことを考えたいが……。
額に手の甲を置いていると、部屋でも、廊下でもパチンパチンという音がして、天井から光が落ちてきた。もう、そんな時間か。眩しさに目を眇めると、キラキラと細かな塵が銀色に点滅する……銀色。
「銀色」という名前を持つのに、全く銀色ではないアイツ……でも、アイツの周りだけキラキラと光っているように見えることがある。
片頬だけを歪め、皮肉気に笑っている顔を思い出すと、急な眠気がやってきた。このまま眠れそうだ……。
翌朝、すっきりと目が覚める。高い窓からは太陽が見えない。時間は分からないが、朝食前くらいの時間だろうか。
コンコンコンと扉が叩かれ、開けると食事が乗ったプレートを持つ男が立っていた。騎士ではない。
「昨夜、夕食をお持ちしましたが、眠っておいでのようでしたので……」
そう言いながら、男は手早く部屋を整えた。見張りはつくが、身の回りを清潔に保つことはできるので、好きな時間に呼び鈴で呼ぶように言い残された。
寝台に腰かけたまま、高い窓から太陽が見えるようになっても、一向に事情聴取は始まらなかった。
あいつらを護りきれるだろうか……。
軽く頭を振り、両手で顔を叩く。パンパンと高い音が、一人きりの部屋に響く。
時間は、食事を目安にすれば良い。いつも通りを心掛けろ。
寝台から立ち上がり、いつも通り鍛錬を行う。試しに呼び鈴を鳴らしてみると、浴場に案内された。
空いてしまった時間は、無駄なことを考えないよう、なるべく間抜け面のことを思い出すようにする。
今は、それで良い。
同じような1日を2度繰り返す。何事もないまま3日後、唐突に居室を出るように言われた。
通された部屋は、「清廉なる」ドミヌスの名には似つかわしくない、大きな赤い派手な花が活けてある。その花の前で、自分の向かいに座るドミヌスは、相も変わらず笑顔を張り付けている。
「待っただろう?」
腰かけるよう勧められ、ソファに腰を下ろしたところで、声をかけられた。
言葉とは別の意味に気づき、思わず顎が上がる。この野郎、無意味に拘束しやがって。
「そんなに怖い顔をしなくても」
ドミヌスが、わざとらしく両肩を小刻みに震わせながら、くつくつと笑う。そうして、いつも通り口だけの笑顔に戻った。
「今回の件は、副団長単独の職務違反と認定することにしたが、それだけでは足りない。君たちの行動を問題視する上の方も多くてね。あくまでも一定期間だがね。第一に『副団長の指揮権停止』、第二に『黒の団単独判断による作戦立案の禁止』、そして『行政府の監督下における任務のみ従事』ということでどうかね?」
「自分の処分は、異論ありません……が、任務に関する制限は、捜査に支障をきたします」
声の抑揚を抑え反論を試みると、ファルカスを無視したドミヌスの目が鈍く光った。
「次に問題が起きた場合、副団長は即時解任。下手をすれば、黒の団は解散だろう。私の案を受け入れるなら、今後の存続に向けて協力するのも、やぶさかではないよ」
もし従わなかったら……。赤い花が毒々しく見えて、目をそらすことができない。
自分の答えは出ていた。




