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【完結】【BL】黒狼の銀の盾《コクロウのイージス》  作者: 山神ユキ
4章:忍び寄る影―並び立つ二人
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第11話:捜査協力依頼

 商会へ戻ったイージスは、馬小屋でベルを休ませると扉の前に立った。丸い月を見上げてから深呼吸する。

 

 ——さあ、小言が来るぞ。

 ギーッという音と共にゆっくりと商会の扉を開けると、ソファに腰かけたギルベルト。

 ダリアは、ギルベルトに背中を預けたまま、ソファの肘置きに両脚を投げ出し、書類に目を通していた。

 

「あら、案外早かったわね」

 ダリアは目を落としたまま、こちらを全く見ようとしない。珍しい事もあるもんだな。

「何よ?」

「いや、別に……」

 肩透かしを食らったようで、口ごもる。

 

「27にもなって、心配なんかしないわよ」

 相変わらず顔を上げようとしないダリアの隣では、ギルベルトが手を口にあて、肩を小刻みに揺らしている。

「く……黒の団から……先ぶれがあったんですよ」

 ダリアの書類は、よく見ると上下逆さまだった。

「もう遅いんだから、早く寝なさいよ!」

 バサッと音を立てながら書類をテーブルの上に置き、顔を上げたダリアの頬は、少し膨らみ少し赤い。

 ——何だ、いつも通りか。

 

 2階に上がる階段の1番下の段に脚をかけたところで、止める。振り返ったら、2人がこっちを見ていた。

「俺。明後日は、急な仕事は受けないから」

 後ろで、ダリアの声が聞こえた気もするが、気にせず階段をかけ上がる。トントントンという足音がやけに軽かった。


 

 翌朝、イージスはエドと並んで、馬達の背にブラシをかけていた。足元の草花が春のものに入れ替わり始めている。

 暖かい春の訪れに、馬たちが活発になってきた。風に尻尾をなびかせて、走り回っているヤツもいる。

 

 走り回りたいのは、馬だけではないようで。

 「僕も都市の外に出たいけど、ダリアさんが17になるまでダメだって……」

 エドは肩を落としながらも、体を傾け全身でセルにブラシをかけてやっていた。


 17……。

 騎士団の皆が、団長になった自分を祝ってくれた誕生日——最初で最後の。


 ふと、目に入ったエドのつむじが去年よりも近かった。もう、そんな年頃か。片方の唇が勝手に引きつっていく。

「エドは、小さいままで良いんじゃないか?」

 エドの頭をギュッギュッと押さえつけてやった。いずれ、嫌でも大人にならないといけないのだから……。

「もう!」

 エドが、こちらを向いて口を尖らせる。

 

「一人で出るなら、剣の腕を上げないとな。ギルベルトにもっと厳しく鍛えてもらえ」

 額をこつんと突いてやると、エドは大げさに額を押さえた。

「僕、イージスさんの剣も好きなんですけど……ダメですか?」

 額を押さえたまま、上目遣いで見てくるが、ゆっくりと首を振った。俺の剣はダメだ。誰一人守れなかったような、そんな剣。誰にも教えられない。

 

「ちゃんと基本を教えてもらった方が良いんだよ。ほら」

 エドの後ろを指さすと、ギルベルトが、赤毛を弾ませながらこちらへやってくる。

 ブラシをかけ終わったベルの腰を軽く叩いてやると、他の馬達の所へ駆けていった。


「黒の団から、イージスへ依頼が来ています」

 肩を弾ませるギルベルトは、軽く汗ばんでいた。

「リオンと一緒に話を聞きに行って下さい」

「……一人で良くないか?」

 肩を落として、首を傾けギルベルトを見る。

「イージスが説得できるなら、どうぞ」

 ギルベルトは指を揃え、掌をこちらへ向けてきた。

 

「はあー。全く……」

 昨日、心配なんかしないって言ってたのは、誰だよ。

 ギルベルトの後ろで跳ね回っている馬たちの尻尾が――黒い。顎を上げて宙を見る。明日会うけどな。まあ、今日も会っても別に良いよな……。

「——ベル、出かけるぞ!」

 走りながらベルを呼び、足を止めずに2人を振り返る。

「エド、ダリアの馬の準備を急げ」



 * * * 


 

 ダリアと、それぞれ馬に乗り、黒の団の詰め所へと向かった。

 建屋の入り口では、見慣れてきた小柄な団員が立っている。近くの団員に馬を預けた途端、ダリアが走り出した。

 

「きゃー。アルー! アルじゃない。きれいになって!」

 コイツもダリアの昔馴染みだったか。アルと呼ばれた小柄な団員は、両手首を掴まれ、ブンブンと振り回されている。今まできちんと見た事がなかったが、ファルカスと同じで切れ長の目だ。

 

 ダリアといい、こいつといい、黒の団の団員は整った顔立ちの奴ばっかりだな。2人を見ていると、街の噂が思い出される。あいつも綺麗な顔しているもんな。

 はしゃぐダリアに小柄な団員は、ひたすら何かを頷いていた。2人の輪には加われず、辺りを見回しながら付いていった。

 

 アルの案内で団長執務室に通されると、頑強そうな男が片手を上げてきた。太くてまっすぐな眉がこちらを見ている。

「よお、リオン。10年ぶりだな」

 ダリアは、ダンダンと足音を鳴らしながら男に近づくと、男にぐっと顔を近づけた。

「アンタは、呼ばないで!」

 

 豪奢な金髪の下では、両肩が持ち上がり、肩甲骨が浮かぶ。ダリアに首元を掴まれた男は、踵を浮かせていた。結構体重がありそうなのに、縮こまっている。

 ふと、壁際に控えて立つアルを見ると、下を向いて片手で口を押えている。あんなに両肩を揺らして。

 

「昔は、呼んでただろうが」

 抗議の声にダリアがパッと手を放すと、男の足が着地した。

「フン。『リオン』の方を字(あざな)にしたのよ。だからアンタは呼んじゃだめ!」

 男は首元を緩めると、ふうっと息を吐いた。

「ふつう、本名を字にすると思わないんだから、仕方ないだろう」

「アンタが都市に帰ってきたのに、顔を出さないから教えようがなかったんでしょ!」

 

 ダリアは人差し指を立て、さらに男に詰め寄っている。男は上半身を反らしたまま、両手を上げていた。

「降参。分かったから。俺もギルにキレられたくないからな」

「分かれば良いのよ」

 ダリアは、汚れを払うかのように、パンパンと両手を叩くと、こっちに振り返った。男の前に出した掌がこちらを向く。

「イージス。この男が、団長のウルスよ」


 引き結んでいた上下の唇が、少し離れてしまった。

 ギルベルトが「リオン」って呼ぶのは、昔なじみだからじゃなかったんだ……掌で額を覆い、両方のこめかみを押える。つまり、リオンと呼ばれて嫌がるのは、ダリアじゃなくて……。

「なあに?」

 ダリアは、眉間に皺を寄せて、怪訝そうにこちらを見ている。

「べつに……」

 ダリアから顔をそらし、床の木目を見ていた。帰ったら、すぐギルベルトに謝ろう。

 

「まあ、座ってくれ」

 示されたソファで、ダリアの隣に腰を下ろして脚を組む。ウルスの他には、壁際に立っているアルの姿しかなかった。

「ファルカスから聞いたが、うちの団員が世話になったな。助かった」

 知った名前に目が開いてしまう。

 向かいに座ったウルスは、膝を大きく広げ、両ひざに掌を置いたまま、深々と頭を下げていた。

 

「ここからが本題なんだが……お前、鼻が良いらしいな?」

 顔を上げたウルスが、テーブル越しに上体を曲げ、こちらへぐっと顔を近づけた。大きく開いた唇から見える白い歯が近い。

 ダリアがその顔を掴んで、グイグイと押しやろうとした。

「この子に捜査協力をさせるって事?」

「知っての通り、違法魔法薬検知用の魔石開発は、常に後手だ。薬の側が対抗策を編み出せば、すぐに無効化される」

 ウルスはダリアに顔を掴まれたまま微動だにしない。ダリアの指の隙間からじっとこちらを見つめたままだ。


 自然と自分の両手を合わせ、人差し指を鼻から口へと添わせた。顎の裏を親指で押し上げると、体がゆっくりと前後に揺れる。

 違法魔法薬は、火を灯す、湯を温める、物を冷やすといった生活用の魔石とは根本から異なる。人の精神に直接作用し、欲望や恐怖、快楽を人為的に引き出す——そういう「歪んだ魔法」だ。

 

 自分は、魔法感知に秀でた魔術師ではない。精神に訴えかける人為的な魔法にだけ、強い違和感を覚える。それは竜の加護の影響で、本能に近い感覚だ。

 正規の攻撃魔法——たとえば火炎魔法なんかは分からない。分かるのは、人の心を歪める魔法だけだ。

 

「……俺のはそんなに便利なモノじゃない」

 静かに息を吐くと、腰を前にずらし、肩だけを背もたれに当て体をソファに沈める。両腕を組むと、自然に顎が上を向いた。

 体を固くし、顎を上げたまま視線だけを下げると、こちらを向くダリアが、何か口を開きかけている。

 ——行儀が悪いとでも言うつもりか。でも、ここは気安く入り込んで良い場所じゃないだろ。

 

 パン、とダリアが軽く両手を叩く音が室内に響いた。

「良いわ。イージス、アンタ手伝いなさいよ」

「はあ?」

 組んでいた脚が床に落ち、思わず立ち上がる。

 下から見上げてくるダリアは、唇の両端を持ち上げている。ダリアの人差し指が、ゆっくりとこちらを向いた。

「アンタだって、違法魔法薬は気に食わないでしょ?」

 

 腕を組み、ダリアの指から顔を背ける。両手の指が自分の二の腕をギュッと掴んだ。

「誰だって、気に食わないだろ……」

 東の大陸(こっち)に来てから分かった。俺のメランリュクスを……オルニス兄さんを奪ったのは……。

 竜たち(あいつら)はあんなもの知らなかった。

 自分の内側から沸き起こる何かを押さえつけるように、腕を掴んだ指にさらに力を込める。

 

「ね?」

「……」

「ね?」

「……」

 

 ダリアが、お構いなしに横から覗き込んできては、立てた人差し指と首を傾けてくる。器用にも左右に傾ける度、合わせて片目を閉じていた。ああ、もう。

 組んでいた腕をほどき、右掌に額を乗せる。体が丸まっていくので、前に倒れこまないように、左手で右の脇腹を抑えていた。

 体を曲げたまま、ゆっくりとウルスの方に首を傾けると、白い歯がさっきよりも見えている。

「だー、もう!」

 上体を起こし、両手を髪に突っ込み、頭を振った。

 

「よし、決まりだな。アル。こいつを案内してやれ」

 アルは、目尻を指で撫でながら自分の前に立った。

「改めまして、自分は……」

 グッと掌をアルに向けると、その先を遮る。

「——知ってる。アルだろ?」

 改めて名乗られると、こちらも名乗らないと。しかし、「アルギュロス」っていうのも……。

 頭の後ろに手をやり、その指で頭を掻く。

「それじゃあ、案内頼むわ」

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