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奈落から始まる言霊支配〜スキルなしと切り捨てられた俺は、邪神と共に女神を殺す〜  作者: 黒海苔


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四話:言霊と奈落の底

「――で?」


 俺は、ノアの手を掴んだまま言った。


「これからどうするんだよ」

「どうするって?」


 ノアは首を傾げた。その仕草だけなら、無邪気な少女に見えなくもない。

 だが、俺はもう知っている。こいつの中身は最悪だ。

 最低で、理不尽で、人の人生を玩具にする邪神だ。


「女神を殺すんだろ」

「うん」

「そのために、まずはここから出るんだろ」

「うんうん」

「じゃあ案内しろよ」


 俺がそう言うと、ノアはぱちぱちと瞬きをした。そして、にこっと笑った。


「やだ」

「……は?」

「やだ」

「何で二回言った」

「大事なことだから?」

「ふざけんな!」


 思わず声が響いた。奈落の闇に、俺の怒鳴り声が反響する。


「おい、一緒に女神を殺すって言ったじゃないか。そのための手助けをしてくれるんじゃないのかよ」

「うん。するよ?」

「じゃあ案内しろ!」

「それはしない」

「何でだよ!」


 ノアは肩をすくめた。


「だって、それじゃ面白くないじゃん」


 その瞬間。俺は、ようやく理解した。

 勘違いしていた。

 こいつは味方になったわけじゃない。俺を救ったわけでもない。

 女神を殺したいという目的が、たまたま一致しているだけ。

 こいつは――


「……お前、やっぱり最悪だな」

「今さら?」


 ノアは楽しそうに笑った。


「ユウってば、学習遅くない?」

「殺すぞ」

「できないくせに」

「いつか絶対やる」

「いいねぇ。復讐対象が増えた」

「増やすな!」


 俺は深く息を吐いた。

 怒鳴っても無駄だ。こいつは怒らせれば怒らせるほど楽しむタイプだ。最悪すぎる。


「じゃあ、せめて聞かせろ」

「なに?」

「お前、さっき魔物を一瞬で消したよな」

「消したね」

「そんなことできるなら、全部お前がやればいいだろ」


 ノアは肩をすくめた。


「無理無理。今のは特別」

「特別?」

「ここは奈落の底。女神の目が届きにくい場所だから、少しだけ派手に動けた。でも何度もやるとバレる」


 ノアは笑ったまま、紫の瞳だけを細めた。


「ボクがあの子に見つかると、いろいろ面倒なんだよね。だから、次からは基本的にユウが頑張って」

「……ふざけんな」

「ふざけてるけど、本当だよ」


 ノアは俺の周囲をふわりと回る。歩いているように見えるのに、足音はしない。


「ボクができるのは、助言と、ちょっとした嫌がらせと、ユウを面白がることくらい」

「最後いらねぇだろ」

「いるよ。一番大事」

「大事にするな!」


「でも安心して」


 ノアは俺の目の前で止まった。


「ユウには力がある」

「言霊、だろ」

「そう。命令した言葉を、現実に押しつける力」


 俺は自分の手を見る。血で汚れた手。震える指。

 こんなものに、本当に力があるのか。


「試してみようか」


 ノアが言った。


「……何を」

「言霊」


 嫌な予感がした。


「いや、待て。試すって、何に?」

「ちょうど来たし」


 ノアが俺の背後を指差す。振り向く。

 闇の奥。赤い光が、また浮かんでいた。

 一つ。二つ。三つ。さっきよりは少ない。だが、それでも十分すぎるほど怖い。


「……おい」

「はい、第一回。ユウくんの楽しい言霊講座ー」

「楽しくねぇ!」

「講師はボク、実験台はあの魔物、生徒は死にかけのユウです」

「紹介の仕方!」


 魔物が低く唸った。足が震える。喉が乾く。

 さっきまでの決意が、あっさり恐怖に塗り潰されそうになる。


 殺す。強くなる。そう言った。

 言ったけど。怖いものは怖い。


「ノア」

「なに?」

「手助けは?」

「応援してる」

「それ手助けじゃねぇ!」

「がんばれー」

「軽い!」


 魔物が一歩近づく。黒い唾液が石畳に落ちる。じゅう、と嫌な音がした。床が溶けている。


「……あれ、唾液やばくないか?」

「うん。触れたら皮膚が溶けるね」

「先に言え!」

「今言ったよ」

「遅いんだよ!」


 魔物が跳んだ。巨大な影が、一直線に迫る。

 俺は反射的に叫んだ。


「――止まれ!」


 瞬間。魔物の体が、空中で止まった。


「……っ!」


 本当に止まった。爪が、俺の顔のすぐ前で固まっている。

 生臭い息がかかる。心臓が痛いほど鳴っていた。


「おお」


 ノアが拍手した。


「初めてにしては上出来」

「これ……どれくらい持つんだよ」

「さあ?」

「さあ!?」

「ユウの集中力と、相手の強さと、命令の重さ次第かな」

「曖昧すぎる!」


 魔物の体が、びくりと震えた。止まっていた爪が、少しずつ動き始める。


「おい、もう解けそうなんだけど!」

「じゃあ次の命令」

「次!?」

「止めるだけじゃ倒せないでしょ?」

「それはそうだけど!」

「ほら、早く」


 俺は歯を食いしばった。

 倒す。この魔物を倒す。でも、どう命令する?


 消えろ?

 さっきノアは言っていた。自分が本気で信じられない命令は弱い。

 なら、いきなり"消えろ"は通らないかもしれない。

 もっと具体的に。目の前の魔物。こいつが動けないなら。攻撃できないなら。


「――牙、砕けろ!」


 言った瞬間。魔物の口元で、乾いた音が弾けた。

 牙が砕ける。黒い破片が床に散った。


「ギャアアアアアッ!」


 魔物が叫ぶ。同時に、俺の頭に鈍い痛みが走った。


「ぐっ……!」

「おっと」


 ノアが目を細める。


「代償、来たね」

「頭が……割れそうだ……!」

「命令が強いほど返ってくるからね」

「先に言えって言ってんだろ!」

「言ったよ。雑に使えば死ぬって」

「雑すぎる説明だな!」


 魔物が床に落ちる。牙を失っても、まだ生きている。赤い目で、俺を睨んでいる。

 完全に怒っている。


「ユウ、次」

「分かってる……!」


 俺は一歩下がった。息を吸う。

 今度は、もっと小さく。具体的に。今の俺に信じられる範囲で。


「――足、折れろ」


 魔物の前脚が、嫌な方向に曲がった。悲鳴。

 同時に、俺の膝にも痛みが走る。


「っ、痛……!」

「反動だね」

「くそ……!」


 でも、分かった。使える。

 万能じゃない。代償もある。けれど、確かに使える。


「ユウ」

「……分かってる」


 魔物はまだ動こうとしていた。足が折れても、牙が砕けても、這うようにこっちへ近づいてくる。

 この奈落では、たぶんそういうものなのだ。

 生きるか、食われるか。中途半端な情けは、自分を殺す。


 俺は魔物を見下ろした。恐怖はあった。吐き気もあった。でも、目を逸らさなかった。


「――心臓、止まれ」


 魔物の体が跳ねた。一度だけ。それから、動かなくなった。


 静寂。


 俺はその場に座り込んだ。


「……はぁ……はぁ……」

「初勝利おめでとう」


 ノアがぱちぱち拍手する。


「嬉しくねぇ……」

「でも勝ったよ」

「……そうだな」


 俺は動かなくなった魔物を見る。

 初めて、自分の力で殺した。自分の言葉で。自分の意思で。


 気持ち悪い。怖い。でも。生き残った。


「どう?」


 ノアが覗き込む。


「強くなれそう?」

「……分からない」


 正直に答えた。


「でも」


 俺は拳を握った。


「何もできないわけじゃないってことは分かった」

「うん」


 ノアは満足そうに頷いた。


「それで十分」


 そう言って、彼女は俺の隣にしゃがみ込む。


「じゃあ、次は二体同時でやってみよっか」

「鬼かお前は!」

「邪神だよ?」

「そうだったな!!」


 闇の奥から、また足音が聞こえた。今度は二つ。いや、三つ。増えている。


「……なぁ、ノア」

「なに?」

「地上まで、どれくらいある」

「さあ?」

「お前ほんと使えねぇな!」

「でも可愛いでしょ?」

「自分で言うな!」


 ノアはくすくす笑った。


 俺は立ち上がる。足は震えている。頭は痛い。心臓はまだ暴れている。

 でも、さっきより少しだけ、前を向けていた。


 奈落は深い。地上がどこにあるのかも分からない。女神は遠い。

 復讐なんて、まだ夢物語みたいなものだ。


 それでも。俺は一歩、前に出た。


「行くぞ、ノア」

「うん」

「変な命令するなよ」

「えー」

「えーじゃない」

「じゃあ一個だけ」

「やめろ」

「命令」


 心臓が冷えた。日本にいた頃と同じ、最悪の響き。


 ノアは楽しそうに笑った。


「生き残って」


 その言葉だけは。なぜか、痛くなかった。


 俺は小さく息を吐いた。


「……言われなくても」


 闇の向こうで、魔物が唸る。俺は血で汚れた手を握りしめた。


「生き残ってやるよ」


 奈落の底で。俺と邪神の、最悪で理不尽な旅が始まった。



 ◇



 奈落の底での旅は、思っていたより地味だった。

 いや、正確に言えば、地味に最悪だった。


「ユウ、右」

「分かってる!」

「左も」

「先に言え!」

「言ったよ。今」

「今じゃ遅いんだよ!」


 右から、角の生えた狼。左から、腕が四本ある猿みたいな魔物。正面には、よく分からない肉の塊。

 何だこれ。地獄の動物園か。


「止まれ!」


 右の狼が固まる。


「転べ!」


 左の猿が足をもつれさせる。


「こっち来るな!」


 正面の肉の塊が、一瞬だけ進行方向を迷った。


「おお。今の雑なのに通ったね」

「褒めてる場合か!」

「じゃあ採点するね。百点満点中、六十一点」

「微妙に現実的な点数やめろ!」


 俺は落ちていた骨みたいなものを拾い、転んだ猿の頭を殴った。硬い。俺の手の方が痛い。


「痛っ……!」

「ユウ、殴り方下手だね」

「高校生に魔物の殴り方を求めるな!」

「でもさっきまで神殺すって言ってたよ?」

「神を殴る予定はまだない!」

「じゃあどうやって殺すの?」

「これから考えるんだよ!」


 言いながら、俺は叫ぶ。


「眠れ!」


 猿の体がびくんと震え、崩れるように倒れた。効いた。

 けど、頭がぐらつく。言霊を使うたびに、体のどこかが少しずつ削られる感覚がある。

 痛みだったり、疲労だったり、眩暈だったり。命令の内容によって反動が変わる。

 便利だが、気軽には使えない。


「ユウ、残り」

「分かってる……!」


 狼の停止が解けかけている。正面の肉塊も、またこちらへ向かってくる。

 俺は息を吸った。小さい命令。短く。確実に。


「目を閉じろ」


 狼の赤い目が閉じる。


「口を開けるな」


 肉塊の裂けた口が、ぎちぎちと音を立てて閉じる。


「動くな」


 二体の動きが止まる。その隙に、俺は走った。

 倒す必要はない。全部倒していたら、体がもたない。今は逃げる。生き残る。


「ユウ、逃げ足だけは才能あるね」

「だけって言うな!」

「逃走系主人公」

「嫌なジャンルを開拓するな!」


 瓦礫の隙間を抜ける。崩れた柱を飛び越える。

 背後で、魔物たちの唸り声が遠ざかっていく。


 しばらく走ってから、俺は壁に手をついて止まった。


「……はぁ……はぁ……死ぬ……」

「生きてるよ」

「そういう問題じゃない……」

「でも上達してる」


 ノアが俺の顔を覗き込む。


「最初は一匹相手に半泣きだったのに、今は三匹相手に逃げ切れた」

「逃げ切れたことを成長としてカウントしていいのか?」

「いいんじゃない? 死んだら成長も何もないし」


 それはそうだ。悔しいが、正論だ。


 俺は座り込み、息を整える。

 周囲は相変わらず暗い。ただ、最初に落とされた場所とは違い、ここには古い通路のようなものが続いていた。

 壁には欠けた文字。天井には壊れた燭台。床には、黒い苔。

 奈落というより、巨大な地下遺跡だ。


「なぁ、ノア」

「なに?」

「ここ、本当に出口あるんだよな?」

「あるよ」

「どっちだ」

「それを探すのが冒険ってやつだよ」

「つまり知らないんだな?」

「知ってるか知らないかで言えば、知らない」

「はっきり言いやがった!」


 俺は天井を見上げた。見えない。どこまでも黒い。


「……不安しかない」

「大丈夫。ユウは案外しぶといから」

「褒め言葉として受け取っていいのか、それ」

「うん。ゴキブリみたいで素敵」

「最悪の褒め言葉だった!」


 その時、遠くから水音がした。ぽちゃん。ぽちゃん。


 俺は顔を上げる。


「水……?」

「かもね」

「飲めると思うか?」

「飲んでみたら分かるよ」

「人体実験を勧めるな」

「人間って便利だね」

「最低発言やめろ」


 とはいえ、水は必要だ。俺は立ち上がり、水音のする方へ進んだ。


 通路を曲がる。崩れた階段を降りる。低い天井の下をくぐる。

 すると、開けた空間に出た。そこには、小さな地下泉があった。


 黒い石に囲まれた水たまりのような泉。水面は淡く青く光っている。


「……怪しすぎる」

「綺麗だよ?」

「綺麗すぎるから怪しいんだよ」


 俺は泉の前でしゃがみ込んだ。水は澄んでいる。変な匂いはしない。ただ、青く光っている。


「ノア」

「なに?」

「飲めるか分かるか?」

「分かるよ」

「おお」

「飲めば分かる」

「帰れ」

「ここが帰る場所だよ?」

「嫌すぎる」


 俺は悩んだ。このまま水なしで進むのは無理だ。だが、飲んで毒だったら終わる。

 言霊でどうにかできるか?


 俺は泉に向かって、恐る恐る言った。


「……飲める水になれ」


 水面が、わずかに揺れた。青い光が少しだけ薄くなる。代償は、軽い眩暈。


 ノアが感心したように言う。


「おお。今のはいいね。命令というより、願いに近い」

「効いたのか?」

「たぶんね」

「たぶんかよ」

「飲んで確認」

「結局そこか……」


 俺は手ですくい、少しだけ口に含んだ。


 冷たい。喉に染みる。変な味はしない。むしろ、信じられないくらい美味かった。


「……うまい」

「よかったね」


 俺は夢中で水を飲んだ。喉が潤う。体の奥に溜まっていた熱が引いていく。

 生き返る。大袈裟ではなく、そう思った。


「はぁ……」

「ユウ、今すごく幸せそう」

「水が飲めるって偉大なんだな……」

「文明が落ちると感謝レベルが上がるね」

「やかましい」


 俺は顔も洗った。手の血を流す。傷口に水が染みたが、それでも少し落ち着いた。


 すると、泉の底に何か光るものが見えた。


「……ん?」


 俺は腕を伸ばし、泉の底を探った。指先に硬いものが触れる。

 引き上げると、それは小さな黒い石だった。石というより、結晶。中に紫色の光が閉じ込められている。


「これ、何だ?」


 ノアの表情が少しだけ変わった。


「へぇ。魔核だね」

「まかく?」

「魔物の中心にある力の結晶。強い魔物ほど濃い魔核を持ってる」


 ノアは俺の手元を覗き込む。


「これはかなり小さいけど、使い道はあるよ」

「売れる?」

「売れる」

「よし、拾う」

「即答だね」

「金は大事だろ」


 地上に出たところで、無一文では詰む。

 服もいる。食料もいる。宿もいる。地図もいる。女神への復讐以前に、生活基盤が必要だ。


「魔物倒したら魔核が取れるのか?」

「全部じゃないけどね。奈落の魔物は残りやすいかも」

「つまり……」


 俺は考える。必要な魔物だけ倒す。魔核を集める。地上に出た時の資金にする。悪くない。


「ユウ、顔がちょっと商人っぽい」

「生きるためだ」

「復讐者なのに?」

「復讐にも金がいる」

「現実的な復讐者だねぇ」


 ノアが笑った。俺は魔核をポケットに入れる。


 その時だった。泉の向こう側。石壁の一部に、文字が刻まれているのに気づいた。


「……文字?」


 読めない。日本語ではない。だが、召喚された時に女神が話していた言葉は理解できた。

 なら、この文字も読めるかと思ったが、無理だった。


「ノア、読めるか?」

「読めるよ」

「何て書いてある?」

「えー、どうしよっかな」

「読め」

「命令?」

「お願いだ」

「素直でよろしい」


 ノアは壁の文字を見上げた。


「上へ向かう者は、光ではなく影を辿れ。門は獣の腹にあり、鍵は声なき者の舌に眠る」


「……は?」

「だって」

「意味が分からん」

「遺跡の文章ってだいたい意味分からないよね」

「読めたなら解説しろ」

「やだ」

「何でだよ!」

「ユウが考えた方が面白いから」

「またそれか!」


 俺は壁の文字を睨んだ。


 上へ向かう者は、光ではなく影を辿れ。つまり、明るい道じゃなく暗い道?

 門は獣の腹にあり。獣の腹?

 鍵は声なき者の舌に眠る。声なき者の舌?


「……分からん」

「諦め早いね」

「情報が詩的すぎる」

「でも重要そうだよ」

「お前は本当に解説しないんだな」

「ヒントならあげる」


 ノアは俺の耳元に顔を寄せた。甘ったるい声で囁く。


「奈落は、ただの穴じゃないよ」

「……どういう意味だ」

「ここは捨てられた場所。神様にとって都合の悪いものを、ぜーんぶ閉じ込めた場所」


 ノアの紫の瞳が、闇の中で妖しく光った。


「魔物も、呪いも、失敗作も、昔の秘密も。だから、上に戻る道も、普通の階段じゃない」


 ノアは笑う。


「この奈落自体が、ひとつの大きな封印なんだよ」


 俺は壁の文字をもう一度見る。

 光ではなく影。獣の腹。声なき者の舌。

 意味は分からない。けれど、ただ歩けば地上に出られるわけではないことだけは分かった。


「……面倒くさいな」

「復讐の道って感じでいいじゃん」

「俺はもっと楽な道がよかった」

「楽な復讐ってつまらなくない?」

「俺は面白さを求めてない」

「ボクは求めてる」

「知ってた!」


 俺は立ち上がった。


 水は飲んだ。魔核も手に入れた。謎の文章も見つけた。やることは一つ。進む。


「ノア」

「なに?」

「影を辿れっていうなら、暗い方だよな」

「たぶんね」

「じゃあ、あっちか」


 泉の奥に、暗い通路があった。他の通路よりも、さらに黒い。嫌な気配がする。絶対に何かいる。


「……行きたくねぇ」

「行くしかないね」

「お前、先に行けよ」

「やだ。怖いし」

「邪神が怖がるな!」

「冗談だよ」

「冗談に聞こえないんだよ!」


 俺は深く息を吸った。そして、暗い通路へ足を踏み入れる。

 背後で泉の光が遠ざかる。前には、闇。隣には、笑う邪神。


 最悪の旅路だ。


 でも、少しだけ。本当に少しだけ。

 俺は思った。


 この最悪な旅を進んだ先に。

 俺は、今までの自分とは違う何かになれるのかもしれない。


「ユウ」

「何だよ」

「今、ちょっとかっこいいこと考えてたでしょ」

「考えてねぇ」

「嘘だ。顔が主人公だった」

「見るな」

「照れてる?」

「照れてない」

「命令。照れて」

「無理な命令すんな!」


 奈落の闇に、ノアの笑い声が響いた。


 俺はその声に振り回されながらも、前に進む。

 地上はまだ遠い。女神はもっと遠い。


 だけど。俺の復讐は、確かに一歩ずつ進んでいた。

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