54話
家の時計は朝5時を指していた。
まだ眠気の残る家の中を、スーツケースのタイヤが静かに転がる音が響く。
「忘れ物ない?」
玄関で靴を履く累くんを見上げながら、私は尋ねた。
「うん。今回はちゃんと確認したよ」
そう言って、累くんは少し照れくさそうに笑う。
「よかった」
オーディションを応募するかどうかで悩んでいた累くん。
それでも一歩踏み出してくれた。
その結果、一次審査は無事合格。
今日から始まるのは、合宿での二次審査。
1週間の合宿で、最終審査のメンバーが決まる。
「めごたんも、朝早くからお見送りしてくれてありがとう」
そう言って、ぽんっと私の頭を優しく撫でる。
「えへへ」
私が少しくすぐったくて笑った、その時だった。
──ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「来たみたいだね」
累くんが玄関の扉を開けると、そこにはマネージャーさんと、その隣で眠たそうに目をこすっている優くんが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう、愛姫ちゃん。朝早いのに偉いね」
「おはよー……」
優くんは半分眠ったまま、小さく手を振る。
私は2人の姿を見た瞬間、心の中で小さくガッツポーズをした。
(来た……!)
今日こそ、あの作戦を決行する時だ。
このチャンスを逃したら、二度と合宿へ行けないかもしれない。
私は意を決して、マネージャーさんの服の裾を、ちょんちょんと引っ張る。
「ん?」
マネージャーさんがしゃがみ込み、私と目線を合わせた。
「マネージャーさん……あのね……お願いがあるの」
私は累くんに聞こえないよう、小さな声で耳打ちした。




