51話
夏休みも終わりにさしかかった頃。
それは、夕食のあとだった。
私はリビングのテーブルで夏休みの宿題を広げていた。
累くんはソファに座り、何やら難しい顔で一枚の紙を見つめている。
いつもなら仕事から帰ってきても、私の宿題を覗き込んだり、おやつを勧めたりしてくるのに。
今日はずっと静かだった。
「お兄ちゃん?」
「……」
テーブルから呼びかけても、累くんは反応しない。
私は、椅子から降りると、ソファに座る累くんの背後へ立つ。
それでも、私の気配に気づいていない様子だ。
「……お兄ちゃん!」
後ろから少し大きめの声で呼ぶと、累くんははっと顔を上げる。
「ああ、ごめん!めごたん、宿題終わった?」
「まだ……」
そう答えながら、私は、ちらりとその紙を見る。
そして、固まった。
見間違いじゃない。
紙の一番上に書かれた大きく太く書かれた文字。
私は、それを知っている。
『A.STRAバックダンサー 公開オーディション』
私の胸が、どくんと鳴る。
それは、累くんの所属する事務所の先輩アイドルグループ、A.STRAバックダンサーオーディション。
先日の夏休み旅行のホテルで見た資料だ。
一次審査は書類選考。
二次審査は合宿。
そして最終審査は、テレビ中継もされる公開オーディション。
応募者は総勢120人。
そこから選ばれるのは、たった10人だけ。
現時点では決まってないことだが、今後、その10人の中から「LU:CENT」が誕生する未来を、私は知っている。
累くんの未来へ繋がる大切なオーディションだ。
しかし……
(うそ……)
まだだったんだ。
まだ、累くんはそのオーディションの応募をしていない。
私の知っている未来は、まだ始まってすらいなかった。
「お兄ちゃん、それ、この間のオーディションのやつ?」
「あぁ、うん、そうだよ」
累くんは紙を裏返すと、見られたくないものを隠すようにテーブルの上へ置いた。
「応募……しないの?」
「……うーん、めごたんは気にしなくていいの」
「え、でも……」
「よし!おやつ食べようか」
累くんは、ソファから立ち上がると、私をひょいっと抱っこすると言う。
私はそれ以上は聞けず、曖昧に頷くことしかできなかった。
(どうしよう……)
まずい。
募集締切は3日後……。
このままだと、LU:CENTは存在しなくなる。
それだけは、ダメだ。
このオーディションが、結城累を……未来のRUIが生まれるんだから。




