50話
今日は、朝から蝉がうるさい。
「暑い……」
私はリビングの床に転がっていた。
冷房は効いているが、暑いものは暑い。
「めごたん、床で溶けないで」
キッチンから累くんの声が飛んできた。
「溶けるぅ……」
「今日のお昼、流しそうめんだから」
「え!!やった!」
私は思わず、飛び起きた。
「じゃあ、今から準備するから楽しみにしてて」
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「すご……」
お昼には、リビングに流しそうめんセットが完成していた。
てっきり、数千円の卓上の小さいそうめん器を予想していたが、リビングの端から端までを竹で繋いだ、しっかりとしたセットだった。
「先週、事務所にあったの借りたんだ」
私が感心していると、突然、インターホンが鳴った。
モニターを見た累くんが、露骨に嫌そうな顔をする。
「こんにちは!」
玄関先に立っていたのは、歩くんだった。
「なんで来たの?」
「呼ばれたから」
「呼んでない」
歩くんは、不機嫌な累くんを、まあまあと宥めると、中に入ってきた。
リビングに座る私を見つけるとニコッと笑った。
「愛姫ちゃん、こんにちは」
「こんにちは……」
「あれ、今日のお昼は流しそうめん?」
私は、なにも言わずコクンと頷いた。
正直、私は彼を警戒している。
なぜなら、この人は私を勝手にスタジオへ連れて行き、勝手にエキストラ出演までさせた前科がある。
なにより、公表していない累くんの妹だという事を知っている数少ない人物だからだ。
「いいねー。累、俺も食べていい?」
「良いけど……」
「やった!お土産のアイスあるから、それは食後に食べよ!」
累くんが明らかに不機嫌になった、流しそうめん会がスタートした。
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「きたー!」
私は箸を構える。
しかし、ツルッと箸の間をそうめんが通り抜けていき、なかなか取れない。
「はい、愛姫ちゃん」
すると、隣の歩くんは、そうめんが乗った器を私に差し出した。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
その瞬間、そうめんのスタート地点から殺気がした。
「めごたん」
「ん?」
「お兄ちゃんのあげる」
累くんの持つ器を見ると、そうめんが山盛りだった。
どう考えても一人分じゃない。
「いや、多いよ」
「いっぱい食べて」
「多いって」
そのやり取りを見た歩くんが子どもみたいに笑う。
私もつられて笑うが、累くんだけ真顔だった。
「歩、笑いすぎ」
「いや、嫉妬する累、新鮮だなぁって」
「いいから、早く食べろ」
「はーい、お兄ちゃん」
「歩……お前……」
そんな楽しい、時間はあっという間に過ぎてしまった。
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夕方。
みんな満腹になり、私はソファで麦茶を飲む。
「お兄ちゃん、流しそうめん楽しかった!」
そう言うと、累くんは嬉しそうに笑った。
「よかった」
私の隣に座っていた歩くんもフッと笑う。
「来年もやろうねー」
「歩は、来なくていい」
「なんで?」
「なんででも」
「えー、理不尽」
「歩くんも来ていいよ?」
私が言うと、累くんは数秒固まった。
私の中で、今日一日で歩くんの印象は少し変わっていた。
思っていたより、ずっと優しくて、ずっと面白い人なのかもしれない。
「……めごたんが言うなら」
「やったね」
歩くんが勝ち誇る。
累くんは悔しそうだった。
「よし、じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな」
歩くんはそう言って立ち上がると、何かを思い出した顔をした。
「そういえば累」
「ん?」
「今度の“あれ”、マネージャーさんに返事した?」
累くんの動きが、一瞬だけ止まる。
「あー……まだ」
「早めにしなよ」
歩くんはそう言って、ちらりと私を見る。
「じゃあね、愛姫ちゃん」
「ばいばい!」
「めごたん、ごめん。歩を下まで送って行くわ」
「……うん?」
突然、累くんは私にそう言うと、歩くんを追いかけ、リビングを出ていった。
その累くんの横顔が私の心には引っかかった。




