45話
「……ただいま」
リビングに入ってきた累くんの声は、いつもより少し低かった。
リビングのソファにちょこんと座っていた私は、ぎゅっと服の裾を握りしめる。
「……お兄ちゃん……おかえりなさい……」
「……めごたん、スタジオに来てたんだって?マネージャーには、もう連れて来ないようにって言っておいたから」
淡々とした声。
責めるでも、怒るでもないのに、胸が痛んだ。
「……ちがう」
小さく、否定する。
その声に、累くんは私の横へ静かにやって来る。
怖くて、顔が見られない。
「愛姫ね……さっきね」
ああ、こういう時ばかり……。
自分が小学生だってことを思い出す。
「共演者の子に、嫉妬した」
「えっ……嫉妬?」
「お兄ちゃんが……遠くに行っちゃう気がして……嫌だった」
「めごたん……」
「だから……嫌い、なんて言って、ごめんなさいっ……」
声が震える。
言い終わる前に、ぽたっと、床に雫が落ちた。
「……お兄ちゃんのこと……大好きなのに……っ」
累くんは目を丸くし、しばらく俯むいて黙り込む。
次に動いたと思うと、そのまま膝をつき、私をそっと抱き寄せた。
「おにぃーー」
「お兄ちゃんね……愛姫に嫌いって言われたとき、正直、すごく怖かった」
抱きしめる腕が、わずかに震えている。
でも、愛姫と……しっかり名前で呼んでいた。
「俺……いなくなった方がいいのかな、とか……考えた。愛姫が、そんな風に思うわけないって、分かってるのに」
ぽろぽろと……今度は累くんの頬から、涙が落ちた。
「……ごめんね。俺も、ちゃんと話さなかった」
その顔を見て、私は崩れてしまった。
「お兄ちゃん……愛姫ね……う、う、うわぁぁん!」
柄にもなく、大泣きしてしまう。
累くんは、それ以上なにも言わず、ただ優しく、私の頭を撫でた。
「愛姫が嫉妬するくらいなら、俺は一生ここにいるから」
少し困ったように、でも、はっきりと。
私の小さな指が、累くんの服をきゅっと掴む。
私はしばらくの間、お兄ちゃんの腕の中で泣き続けた。
次の日、あのクマちゃんは、私のランドセルに付いていた。
GPSが付いているかは、聞かなかった。




