44話
放課後。
校門を出たところで、累くんのマネージャーさんが立っていた。
いつも落ち着いている人なのに、今日は顔色が悪い気がする。
「マネージャーさん、こんにちは。今日は優くんのお迎えですか?」
「愛姫ちゃん……頼む」
マネージャーさんは、息子と同い年の私に対して、突然頭を下げた。
「え……どうしたんですか?」
「とにかく、今からついてきてほしい」
「え?どこに?」
「……累のところ」
累くんの名前を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。
理由は分からない。
でも、嫌な予感だけは、はっきりしていた。
━━━━
マネージャーさんに連れられ、車で向かった先はテレビ局だった。
中のスタジオでは、テレビ番組の収録が行われているらしい。
マネージャーさんが案内してくれたのは、スタジオの、さらに奥にある別室だった。
普段はきっと、お偉い人たちが使う部屋なのだろう。
中には椅子がいくつかと、スタジオ全体を見下ろせる大きな窓があるだけだった。
私は、窓の向こうをそっと覗く。
スタジオは、思っていたよりずっと賑やかだった。
スタッフさんが行き交い、カメラや照明が慌ただしく準備されている。
そして……。
スタジオの隅で、椅子に座ったまま、魂の抜けたような状態の累くんの姿があった。
「……お兄ちゃん……」
「累、今朝からあの様子で……愛姫ちゃん。家でなにかあった?」
「……」
黙り込む私を見て、マネージャーさんは、何かを察したように言葉を続ける。
「今日は最後まで見て。最後に、サプライズでお兄ちゃんを驚かせようか」
私は無言で頷く。
「はーい、じゃあ次いきまーす!」
突然のスタッフさんの明るい声。
その声を合図に、累くんはすっと立ち上がった。
顔は、別人みたいだった。
さっきまで、魂が抜けていたみたいだったのに。
そこにいたのは、完璧な“仕事モード”の結城 累。
推しの顔だ。
「……え」
すると突然、累くんのそばに駆け寄り、彼に向かって小さく笑った女の子がいた。
テレビで最近見かけるようになった、私と同い年の子役の子。
「マネージャーさん……あの子、誰?」
「ああ、今回の番組の共演者だよ」
累くんは屈んで、その子と目線を合わせる。
その表情は、とても柔らかい。
……あんな顔、家ではしない。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
……私には、過保護なだけなのに。
累くんは、その子にだけじゃない。
スタッフさんにも。
他の子役の子たちにも。
きっと、自分が子役上がりだからなんだろう。
いつも、同じように優しい。
分かってる。
これは仕事。
演技。
いつもの結城 累。
そして、未来の“RUI”。
それなのに。
嫌だ。
知らない感情が、胸の奥に、じわじわと広がっていく。
(……なんで、あんなに近いの)
(……なんで、笑ってるの)
(……なんで、私じゃないの)
その距離。
その笑顔。
もう、直視できなかった。
「……帰る」
ぽつりと、こぼれる。
「え?」
「帰る」
「愛姫ちゃん?」
呼び止めるマネージャーさんの声を背に、歩き出す。
(……なんで、こんなに嫌なんだろう……仕事だって、分かってるのに)
頭がぐちゃぐちゃのまま、涙を必死に堪える事しか、今はできなかった。




