39話
今日は、累くんの卒業式の日。
体育館は、人でいっぱいだった。
保護者、先生、在校生、取材っぽい大人たち。
ひそひそ声もカメラのシャッター音も、全部、当たり前の光景。
(……やっぱり、スターだ)
壇上に並ぶ卒業生の中でも、累くんはすぐに分かる。
いつも見ているはずの制服姿が、今日はやけに大人に見えた。
背筋はぴっと伸びていて、表情は落ち着いていて、
“これから先”を、もう知っている人の顔。
「結城 累」
名前が呼ばれた瞬間、会場の空気が、ほんの少しだけざわつく。
累くんは、静かに立ち上がって、前に出た。
卒業証書を受け取る動作は綺麗で、無駄がなくて。
もうこちら側ではない人の立ち姿だった。
こんなに人がいるのに、私は累くんと目が合った。
累くんは、にこっといつもの笑顔を見せる。
……あぁ。
今、目の前にいるのは、テレビの結城累じゃない。
私の、たった1人のお兄ちゃん。
そう感じた。
⸻
式が終わり、校門の前は、さらに騒がしくなった。
写真、握手、声かけ。
クラスメイトに囲まれ、先生に呼び止められ、
知らない大人にも、何度も頭を下げている。
私は、少し離れたところで、その様子を見ていた。
累くんに、声をかけるタイミングが分からなかった。
その時だった。
累くんは、人の輪を抜けて、こちらに来る。
「めごたん、ごめん。待たせた?」
「え?……ううん、大丈夫」
「俺、どうだった?」
「……かっこよかった」
素直に言うと、累くんはくるっと私に背を向けた。
「お兄ちゃん……?」
回り込むと、そこには、耳まで赤くなった累くんの顔。
私のひと言に照れていた。
「……めごたん。ありがとう」
照れ隠しみたいに浮かべた、とびきりの笑顔。
「……お兄ちゃん。今日で、ほんとに一区切りなんだね」
累くんは、少しだけ考えてから、答えた。
「そうだね。でも、終わりじゃないよ」
「……うん」
「これからも、めごたんのお兄ちゃんだし」
その言葉に、胸の奥が、じんわり温かくなる。
「どこにも行かないって、言ったでしょ」
「……言ってた」
累くんは、いつものように、私の頭に手を乗せる。
「約束は、守るから」
私は、黙って頷いた。
「よし、めごたん。このままだと、お兄ちゃん帰れないから、逃げようか」
「……え!?」
そう言って、累くんは私の手を握る。
「今日は、お兄ちゃんのワガママに付き合って」
累くんの高校生活は、今日で終わった。
でも、人生の物語は終わらない。
累くんは、次の世界へ進む。
妹の私は、その一番近くで、それを見ている。
それだけで、十分なのだった。




