28話
プール授業初日の放課後。
私が帰宅すると、玄関には累くんの靴が並んでいた。
もう帰ってきてたのか。
「おかえり、めごたん」
リビングのドアを開けると、ソファに座る累くんが、何でもない顔でこちらを見る。
「……ただいま」
そう言ってランドセルを下ろした瞬間。
「プール、寒くなかった?」
累くんは、私を真っ直ぐ見つめ、言った。
「え……」
「ほら、今日からプールって言ってたでしょ?」
「……うん?」
言ってたかなぁ……。
自分の発言を思い出そうとしていると、累くんが私に近づいてきた。
その目は真剣そのもの。
「え……お、お兄ちゃん??」
累くんの、顔は目と鼻の先。
慣れてきたとは言え、未来の国宝級アイドルが……私の推しが、この至近距離は反則……。
累くんの息づかいが、聞こえてくる。
すると、累くんは、私の顎をクイッと上げた。
これは、顎クイって奴!?!?
……キスする流れでは……!?
思わず目瞑ってしまう。
「お兄ちゃん!?さすがに兄妹はっー」
さすがに兄妹は、ダメ!
顔を真っ赤にしながら、そう言いかけた時。
「今日、まだ寒かったでしょ? 唇、少し紫になってる」
私は、ゆっくり瞬きをする。
「へ……?」
「まだ、プール授業は早いって先生に言ったのに……」
そう言いながら、累くんは、私から離れた。
そういうこと……。
思わず、全身の力が抜けてしまった。
「で、めごたん。今なにか言いかけた?」
「ふぇ!?……なんでもないよ!……わ、私、部屋に戻るから!!」
そう言って私は、ランドセルを片手に自分の部屋へ逃げた。
「めごたん……かわい」
そう累くんが呟いた声は、今の私には聞こえなかった。




