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シェリ、間違っちゃったかも…

屋敷の屋根裏部屋。

安物の寝床に寝転がり、シェリィは一人、考え事をしていた。


「ご主人様を殺せるくらい強くなんて…なれるのかな…」


バルフェアはシェリィに、ある命令を下した。

もしも自分が魔王となった暁にはお前が俺を殺し勇者となるんだ、と。

バルフェアが立てたのは、魔族が魔界へと帰還する為の計画。

敗走と言う大義名分を掲げ、魔族が魔界へと帰る為の計画だった。


「…でもご主人様が死んじゃうのは、やだな…」


魔族はかつて、この世の全てを手に入れんと地上へと侵攻し、それを成し得た。

然し、1日の半分が太陽に照らされた地上の環境は魔族にとって本来毒である。

しかもその症状は、不妊や短命化と言った目立たぬ物ばかり。

このまま地上に滞在し続ければ、いずれ魔族と言う種全体の危機へと繋がる。

そうなる前に魔族を地下へと帰らせるのが、バルフェアが数千年前に建てたこの計画の目的だった。

必要なのは魔王と勇者。

勇者が魔王を倒せば、魔物は地の底へと帰る。

それが、子供でも知っているこの世界の常識だった。


「…でも、どうやったら強くなれるんだろう…」


シェリィはベッドから起き上がり、割れたり曇ったりしている姿見の前に行く。

右目は美しい青色に、左目は黒い白目に赤い瞳の禍々しい物に変わっていた。


「ママから貰った身体…またちょっと減っちゃった…」


「おやおや。この時代にも、まーだ元身主義者が居たとは。」


「ふぇぅ!?」


シェリィは突然の背後からの声に驚く。

鏡には何も写っていなかったからだ。


「だ…誰…?」


シェリィは恐る恐る振り返り、ベッドに座るそれを見る。


黒いタキシード。

長身で手足も長い。

そしてその顔は、ふさふさな毛を蓄えた白猫の物だった。


「ひやああああ…あれ?ちょっと可愛いかも…」


「かわ!?ゴホンッ。お褒めに預かりましてどうも。わたくし、このお屋敷に勝手に住み着かせて貰っております、オリキグル・ド・デルヒュマン・ピグリーンズと申します。」


「お屋敷に勝手に…つまり…」


次の瞬間、シェリィは鏡の裏に隠れる。

その様相は怯えた小動物そのものだった。


「じゃあ、貴方もシェリのこと虐めるつもりなんでしょ!」


「虐める?とんでも御座いません。わたくしは貴女様に、素敵なご提案をさせて頂きたく馳せ参じた次第にございます。」


「…素敵な…提案…?」


「ええ。そうですとも。」


オリキグルがパチンと指を鳴らすと、その膝の上にスーツケースが現れる。


「さあ先ずは、わたくしめが古今東西より仕入れた選りすぐりの品々をどうぞご覧あれ!」


オリキグルはスーツケースを開く。

その中には、冷たい金属光沢を放つ工芸品の様な物が、所狭しと並べられていた。


「…?」


好奇心に抗えなかったシェリィは、その魔性の品々へと恐る恐る近付いて行く。

品は別物だったが、いつかの死体安置所でシェリィの点滴袋代わりになっていた物達と同じ雰囲気があった。


「あの…これは…」


「インプラントでございます。」


「いんぷらんと…?何かの植物なの?」


「まあ植物が由来の物も存在します。インプラントとは、魔物より剥ぎ取った素材を適合し易い様に加工した物にございます。貴女の身体にもその痕跡がありましたので、てっきり存じ上げておいでかと思いましたよ。」


「それで…これは結局何に使うの?」


「身体に埋め込むのです。」


「ひいぃ!」


シェリィは再び鏡の裏に隠れる。


「嫌だよそんなの!シェリ、そんな事したくない!」


「おっほっほっほっほ。そんなつぎはぎの体で言われましても、説得力がありませんなぁ。」


オリキグルの体が黒い霧となり消え、数瞬後にシェリィの目の前に再形成される。

その手には、小さな金属のインプラントが握られていた。

板状で、真上から見るそれは、古代エジプトの壁画においての瞳にも見えた。


「ひぃ!」


「先ずはおひとつ、試して下さいな。」


「だから、嫌ですって!」


「まあそう言わずに。怖いのは初めのうちだけですから。」


「いーやーでーすー!」


「強くなって、ご主人様の期待に応えたいんでしょう?」


「…!」


シェリィは、オリキグルの掌の上の金属に目を落とす。

金属に亀裂が入り瞳が現れ、その目がシェリィを見つめ返す。


「…これ、何ですか…?」


「【戦闘用予測演算装置】。この小さな塊の中には高度な知能が備わっており、これで敵の攻撃を予測したりする事ができます。」


オリキグルが後退すると、シェリィは誘い出される様にして鏡の裏から出てくる。


「貴女の身体は天より授かりし真っ新なキャンパス。この私の手で、素晴らしきアートを描いて差し上げましょう。」


「…あ。」


シェリィは立ち止まる。


「おや?どうかしましたか?」


「でもシェリ、お金なんて少しも持ってないよ…」


「おほほほほ。いえいえ。お気になさらずとも、奴隷として飼われている非力な人間の子供に、お代など期待しておりませんとも。」


オリキグルは、持っていた演算装置をスーツケースの中に放り投げる。


「初回サービスセットと称して、初回に限りあの中の物全て、貴女に差し上げます。お得意様になって頂く事を条件にね。」


「えっと、じゃあ次からは一体…」


「“お名前”を下さい。」


「え…?」


「ご存知の通り、この世界では偉業を成せば名前が手に入ります。事の良し悪しに関わらずね。【ブラックフラックス】【スーパーアブゾーブ】そして【白夜の聖装】の三つのスキルをお持ちの貴女であれば、今後とも沢山の名前を手に入れて行く事でしょう。魔族にとって名前とは序列に直結する大変重要な物なのですが、人間の貴女には無用の長物。であれば、もっと実用的な物に変わった方が良いでしょう?」


オリキグルは手を伸ばす。


「どうです?これこそお互いにとって損の無い、完全なるWIN-WINの取引。そう思いません?」


「………」


正直な所、シェリィ自身も名前は一つあればそれで十分だと考えていた。

名前がこの世界にとっていかに重要な物かなと、シェリィはまだ知らなかったのだ。


「うん…解ったよ。」


シェリィはオリキグルの手をとり、握手をする。

これにて悪魔との契約が成立した。


「素晴らしい!貴女の聡明な英断により今日!我々は新たなる門出を迎える事が出来ました!」


オリキグルはそう言うとポケットから一枚のハンカチを取り出し、それでシェリィの口と鼻を覆った。


「ふむぐっ!?」


シェリィの身体からは抵抗の為のブラックブラックスが滲み出てくるが、みるみるうちに身体に力が入らなくなって行く。


「ご心配なさらずに。毒草を煎じて作った麻酔薬です。」


倒れるシェリィを、オリキグルはそっと抱き抱え、ベッドに寝かせる。


「さあ。ゆっくり呼吸をして、夢の世界へと飛び立ちなさい。大丈夫ですから。そしたら後は、この私にお任せ下さい。約束しますよ。大事なビジネスパートナー、決して後悔はさせないと。」


オリキグルの言葉通り、シェリィはゆっくりと眠りに落ちて行く。


(…本当に…良いのかな…)


言い知れぬ不安と共に、シェリィは意識を手放した。


「お休みなさい。良い夢を。愛らしい程愚かなビジネスパートナーよ。」



〜〜〜



「…?」


シェリィは、湿った何かの上で目を覚ます。

それは、自分の血やリンパ液やその他様々な体液で濡れたベッドだった。


(う…体の中が痛い…身体中に刃物が入っているみたい…)


シェリィはベッドから起き上がる。

身体のあちこちの筋肉が痙攣し、フルマラソンでも走った後の様な、圧力のある重疲労感が身体を支配している。


(そうだ…鏡…)


シェリィはやっとの思いでベッドから這い出ると、よたよたと鏡の前まで移動した。


(…え?)


身体は汚れているものの一切の傷は無く、背術前と何ら変わりない様に見えた。

頭に小さなクッションの様な垂れた銀色の犬耳が一対あり、尾骶骨が延長する様にして白銀色のふわふわの犬の尻尾が生えている所を除けば。


(…シェリ…もう…人間じゃ無いんだ…)


姿見の下部には、一枚の置き手紙が差し込まれていた。


“高く売れそうな素敵なお名前、お待ちしております。”

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