シェリ、取り立てに行きます
「お…お呼びですか?ご主人様。」
ギシギシ痛む身体を押し、シェリィはバルフェアの書斎までやって来ていた。
「…来たか。」
バルフェアはそれだけ言うと立ち上がり、シェリィに向かって一枚の紙切れを投げる。
「患者が一人治療費を滞納している。約束の期限は今日までの筈だが、一向に連絡が無いんだ。少し調べてこい。羽振りが良さそうであればそのまま取立て、困窮している様であれば手伝ってやれ。」
「手伝うって、どうやって…」
「悪魔との取引は絶対だ。それだけ覚えていれば良い。」
バルフェアはそれだけ言うと、シェリィの脇を通り過ぎていった。
「…ん?お前、尻尾なんて生えてたか?」
「え?えっと…付けました…」
「そうか。」
バルフェアはそのまま、扉を通して別な空間へと消えていった。
「悪魔との取引は…絶対…」
主人の屋敷に無断で居候している怪しい悪魔と、シェリィは契約を結んでしまった。
「シェリ…大丈夫かな…」
攻撃予測を可能とする【戦闘用演算装置】。
魔力の制御を容易化できる水晶製の基盤、【クリスタルコントロールボード】。
副作用として猫耳と猫尾が生えてくる身体強化用パーツ、【ケットシーリキッド】。
そして自身や相手、更には周囲環境の状態を視覚情報として捉える事ができるようになる【アケロンの瞳】。
これが、初回セットと称してシェリィに施された改造の全てだった。
シェリィは足元の紙を拾い上げる。
そこには、治療費を滞納していると言う患者の住所が記載されていた。
「でも、ご主人様の命令も絶対だよね。」
シェリィはそれ以上深く考える事を辞め、背後のドアから外に繰り出した。
〜〜〜
悪魔の国の西の端にある森の中の、年季の入った大きな洋館。
そこが、シェリィが地図を頼りに辿り着いた場所だった。
「凄い!おとぎ話の中みたい!」
フラックスでできた龍の体から抜け出したシェリィは、スキップ混じりで館の正門の前までやってくる。
門は閉まっており、鎖と南京錠によって鍵もかけられている。
「ごめんください!誰か居ませんか?」
シェリィは大きな声で屋敷に向かって呼び掛ける。
バルフェアから課されたとても安全そうな依頼に、シェリィの心は弾んでいた。
「お留守かな?」
屋敷からの返答は無い。
なのでシェリィは、屋敷を囲う柵に沿って一周してみる事にした。
「わぁ…お庭も綺麗!」
屋敷の庭には薔薇が咲き誇り、爽やかな香りを放つハーブ畑があり、細部まで手入れが行き届いた庭園があり、息を呑むほど美しい大理石の噴水があった。
しかし、他の者の気配は無い。
「うーん…お留守みたいだし、今日はもう帰…ぐえっ!?」
帰ろうとした時、シェリィは屋敷の方に首輪に引かれた。
「でも!でも!お留守なら仕方な…」
ふとシェリィは、バルフェアの言葉を思い出す。
「…ううん。約束は絶対だもんね。」
一周回って正門の前に戻ってきたシェリィは、門を閉ざす南京錠に触れる。
指先から錠に向けてブラックフラックスが流れ込み、錠を鎖ごと融解させた。
「お邪魔しまーす…」
シェリィが軽く押すと、当然ながら門は呆気なく開いた。
(ほんとに大丈夫なの…?ご主人様…)
屋敷へ真っ直ぐと伸びる道を、シェリィはとぼとぼと歩く。
石畳の道には砂利一つ無く、裸足のシェリィでも苦無く歩けた。
「誰か居ませんか〜…」
シェリィは屋敷の扉の前まで来たが、その間にも誰も見当たらなかった。
流石に不法侵入は良く無いと思ったシェリィは、屋敷の前で踵を返し引き返そうとしたが、それを首輪が許さなかった。
「…」
扉の錠も溶かし、シェリィは屋敷に侵入する。
「ふわぁ…」
豪勢なシャンデリア。
美しい骨董品や絵画の数々。
通路に沿って敷かれた赤いカーペッドは、雲の上を歩んでいるかのような踏み心地だった。
首輪の導きに従い、シェリィは屋敷を進む。
階段を登り、暗い廊下を進み、辿り着いたのは寝室と思しき一室だった。
家具は全て壁際に寄せられ、部屋の真ん中には豚の血で描かれた大きな魔法陣があり、魔法陣の中心には一人の少女が居た。
少女は銀色の長い髪と褐色の肌をしており、白いワンピース一枚を身に着けており、目隠しを付けられ、両手は後ろに回された状態で荒縄で拘束され、ワイヤーで床と繋がった首輪によってその場で固定されていた。
「あ…」
それを見つけたシェリィは、ほぼ脊髄反射的に右手にフラックスの剣を形成する。
彼女を殺さなければ。
シェリィの精神は、強大な圧力を持ったそんな衝動によって支配されていた。
「……。」
虚ろな目のシェリィは、身の丈に合っていないフラックスの剣を引きずりながら、少女の元へと近付いて行く。
少女の袂へ辿り着き、シェリィにとってのみ一切の重量の無い剣を振り上げ、
「!」
ふと我に返ったシェリィの上で、剣は崩れ黒いタールへと戻った。
「しぇ…シェリ…何を…」
そんなシェリィの呟きによって、拘束された少女はそこに他の者が存在が居る事に気付く。
「そこに誰か居るんですか?」
「へ?あ…うん。居るよ。」
シェリィは少女の目隠しをとる。
すると、少女の銀色の瞳がシェリィを見つめる様になった。
「あの…貴女は?」
少女は問い掛ける。
「シェリは、シェリィって言うの。それ以外には何も無いよ。」
「シェリィ…?バルフェアじゃ、無いの?」
「バルフェア様はね、シェリィのご主人様なんだ。」
「ああ。そういう事ね。」
少女はそれだけ言うと、再び目を閉じる。
「早くして下さい。わたくしだって怖いんです。」
「え?何を?」
「…お兄様の治療の代償を取りに来たのでしょう?ほら、早くして下さい。」
目の前の少女は、バルフェアに生贄として差し出された者だった。
「い…嫌!シェリ、殺したく無い!」
シェリィは少女から離れようとしたが、空中に固定された首輪がそれを許さない。
「ご主人様…」
最早、シェリィに選択権は無い。
主人の代理人として、執り行うしか無かった。
「う…うう…」
シェリィは泣きながら、再びフラックスの剣を形成する。
シェリィの腕は自分の意思とは関係無く持ち上がる。
(そうだよね…ご主人様は悪魔だもんね…こう言う事にも…ちゃんと慣れなくちゃ…)
シェリィは微かに目を開ける。
平静を装う少女の呼吸は、緊張によって微かに荒くなっていた。
「…ごめんね…」
「大丈夫。貴女のせいじゃ無いって、ちゃんと解ってるから。」
フラックスの剣が振り下ろされる。
“バインッ!”
断ち切られたのは少女の血管では無く、少女をその場に固定していたワイヤーだった。
「うう…本当にごめ…あれ?」
“処刑”を終えたと想い込んだシェリィが最初に目にした物は、鮮血の海では無く、ワイヤーから解き放たれた少女の姿だった。
「え…あれ?」
体が自由に動く。
シェリィもまた、首輪の強制力から解放されていた。
「ねえ、あなた。どうしてわたくしを解放したの?」
少女は困惑する。
「シェリにも判んない…手が勝手に…」
〜〜〜
一方その頃。
勤務先の病院へと向かう馬車の中。
バルフェアは一人、読んでいた新聞も握り潰し、怒り心頭していた。
「ふざけるなよ…あの古狸が…」
生贄として差し出された少女には、二つの呪いが掛けられていた。
一つは、それを見た者に対して強力な殺害衝動を植え付けるまじない。
もう一つは、それを手に掛けた者に対してかけられる致死性の呪い。
どちらも、取り立てにやってきたバルフェアを殺す為の罠だった。
シェリィを行かせたのはただ面倒だっただけだったた、それが結果的にバルフェア自身の身を助ける結果となった。
「…解った。その挑戦、乗ろうではないか。」




