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シェリ、まだまだだね

トメカドイオ刑務所、第二階層。

そこは比較的軽い罪を犯した者が収監される場所で、独房では無く通常の牢屋が並んでいる。

そんな立ち並ぶ牢屋のうちの一つに、一人の老人が居た。


長い白髪。青い瞳。背丈は2m程。

その皺の多い穏やかそうな顔には弱々しさは一切無く、底知れぬ貫禄と威圧だけが放たれている。

一見すれば人間の様にも見えるが、耳が尖っていた。

白黒の囚人服は年季が入っており、背中の囚人番号は掠れて読めなくなっていた。

老人の名前はデュルーフェス。

この牢獄の最古株の一人で、看守や獄卒にも、彼の素性を知る者は居ない。

デュルーフェスは牢屋の中心に据えられたソファに腰掛け、本を読んでいる。

牢屋の中は積み上げられた本の山で埋め尽くされていた。

天井の隙間から、火の粉が一粒零れ落ちてくる。

火の粉がデュルーフェスの読んでいた本に当たると、本はたちまち燃え上がり、デュルーフェスの手の中で灰へと変わっていった。


「やれやれ…まだ読んでいたのがね…」


デュルーフェスは立ち上がり、自身を捕らえている錠前を握る。

牢の鍵は鉄屑と変わり果て、デュルーフェスの手からパラパラと崩れ落ちて行った。


「お呼びとあらば仕方あるまい。」


牢屋の扉を蹴破り、デュルーフェスは当然の様に牢を脱する。


「ぎゃあああああああ!」

「熱い!熱いぞ!何だこれはぁ!?」

「これは…力がみなぎってくるぞ…!」


デュルーフェスの背後では、他の受刑者達が炎に巻かれていた。

ある者は力に耐え切れずそのまま炭と変わり、またある者は炎を受け入れ、強大な力を手に入れ収容を脱した。


「おい爺さん。やけに落ち着いてる様だが、何か知ってんのか?」


収容を脱した魔族の男が、デュルーフェスに声をかける。


「約束の時が来たのですよ。もしよろしければ、貴方も我等が軍に来ませんか?せっかく炎に選ばれたのですから。」


「軍?お前、一体何言って…」


その時、デュルーフェスの目の前の天井がぶち破られ、上から少女型魔族が落ちてきた。


「いっててー…《魔煉瓦》ってこんなに脆かったですかー?」


紅い髪のツインテール。赤い瞳。あどけなさの残る、どこか腑抜けた愛らしい顔。

ズボンは白黒の囚人服だが、ダボダボである。

上には何も着ておらず、代わりに胸に、圧迫しない程度にサラシの巻いていた。

右手には、少女の背丈の四倍ほどある、炎を帯びた両刃の大斧を握っていた。


「《魔煉瓦》をこれ程容易く破壊するとは…待機中もきちんと鍛錬を積んでいた証拠ですね。」


「フェス爺?まだ生きてたんですね。」


少女は立ち上がると、斧を軽々と担ぎ直す。


「あ…あり得ねぇ…あの《魔煉瓦》が粉々…化け物だ…」


たまたま居合わせた魔族が、今目の前で起こった事象に驚愕する。


「ん?フェス爺、そのパープル筋肉ダルマは?」


「どうやら"大将"の炎に適合した様です。今はまだ弱いですが、見込みはあるかと。」


「ふーん。」


少女は、たまたま居合わせた魔族の男をまじまじと観察する。

紫色で、筋骨隆々の身体。頭からは小指程の大きさの角が二本生えている。その顔立ちはいかにも屈強な戦士と言う感じだが、魔族としての格はせいぜい中の下程度だろう。

強靭な肉体の割には然程覇気を感じない辺り、きっと実戦経験が薄いのだろう。ただそれは言い換えれば、そこがまだ見ぬ伸びしろだった。


「オイラはジュディ・ガルガズ・ユ・ホイート・イラ・ギボンブ・リョスカカってんだ。おめー名前は?」


「お…俺はコレウス。見ての通りのただの小悪魔、インプだ。」


「インプ!?マジでか!?おめーでっけーなー!インプって普通、二十センチあるかないかだろ?でもおめー…」


コレウスの身長は、3mに達していた。


「あはは!こりゃ大将も喜びそうだ!おめーも魔王軍来いよ!」


「いや…俺は…」


かつては盗賊団のを務めており、暴虐武人な性格でも知られていたコレウス。

しかし今は、自身よりも遥かに格上の魔族を前にして完全に委縮しきっていた。


(と言うかこの爺さんはどうして平然としてられる。昔からの知り合いとかか?)


実際の所は、寧ろデュルーフェスの方がジュディよりも格上であった。

フェス爺と言う呼び方も、位階に基本的に無頓着なジュディができる、デュルーフェスへの最大限の敬意の表れだった。


「…待て、今、魔王軍って言ったのか?」


「おう!」


「でも魔王軍って言えば、魔族の勝利の日に解散したんじゃ…」


「まあな!ただあれは、解散は解散でも一時解散ってやつだ!」


ジュディがそう言った時、上の方で新たな爆発が起こる。

その拍子に、建物が傾き始めた。


「うわっと!大将がお怒りだ!」


ジュディは付近にあった牢屋に向けて、大斧を構える。


「取り敢えずとっとと脱出しちゃうよ!《溶斬》!」


牢屋に向けてジュディは、巻き割の要領で斧を振り下ろす。

橙色に輝く縦方向の斬撃が発生し、鉄格子は一瞬で溶け、その向こうの壁に大きな縦長の隙間ができた。


「おや。前よりも射程が伸びましたな。」


「フェス爺が教えてくれた修行のお陰だよ。」


ジュディはそう言い残し、壁にできた赤熱する亀裂より外に飛び出していった。

デュルーフェスもそれに続く。


「俺達もあんたについてくぜ!ジュディの姉御ぉ!」


ジュディが明けた天井の穴から続々と囚人が下りてきて、まだ半分溶岩の縦長の出口から外に飛び出す。


「お…俺もだ!」


コレウスは覚悟を決めると、霧が立ち込める外へと続く出口に向け走る。


「俺も魔王軍に入れてくれええええええええ!」




~~~




「それにしても見た?あのドラゴニュートの顔。あなたの事を本物の怪異だと思ってたんじゃないの?」


「ごめんね。シェリ、真っ暗なんだ。」


「あ、そっか…ごめん…」


監獄への侵入に成功したシェリィ達は一回のエントランスを、収容房へと続くエレベーターを目指して歩いていた。

その時だった。


「ねえラーナちゃん。なんだか揺れてない?」


「え?」


牢獄が、傾き始めていた。


「ごめんね。ここ空気が薄いから、きっとただのシェリの思い過ごし…」


「嘘でしょ…本当に崩れてる!シェリィ!急いで逃げて!」


「え?ええ!?」


シェリィは大慌てでラーナスタンドを持ち上げると、180°回転してから駆け出す。

幸い、機材もラーナも然程重量は無かった。


「急いで!じゃ無いと、二人まとめてぺしゃんこだよ!」


「ひやあああ!えっと、こっちで合ってる?」


「大丈夫。そのまま真っ直ぐ進んで!」


背後から響く建物の倒壊音を聞きながら、シェリィはひたすら走った。

幸い、シェリィとラーナを繋ぐチューブはこれしきの事では抜けない造りになっていた。

シェリィが建物を出るが、上空から倒壊する建物が迫って来る。


「シェリィ!今度は右に!」


「わ…分かった!」


ゴツゴツとした砂利道を、シェリィは裸足で走った。

シェリィが建物の陰から抜けた数秒後に、牢獄は倒壊した。


「はぁ…はぁ…ぜー…ぜー…ねえラーナちゃん…もう大丈夫…?」


「まあ、一先ずは。」


倒れた牢獄が、岩山の山肌を滑って落ちて行く。

ラーナは周囲を見回してみたが、自分達以外に脱出してきた者は見当たらなかった。


「見つけたぞ!バルフェアああああああああ!!!」


否、遥か上空から、魔族の一団が二人の前に降ってきた。

その数はざっと数えて30柱程。

皆囚人服を着ていたが、皆どう見ても上級以上の魔族である。


「え?この近くに御主人様が居るの?ラーナちゃん。」


「ううん。見当たらない。」


二人がそうこうしている間に、一団の先頭に居た魔族の男がシェリィに向けて歩み出す。


血色で長く、そして軽くウェーブした髪。ワインレッド色の瞳。黒く、頭に沿うようにして生えた二本の角。燻んだ桃色の肌。一見すると薄っぺらく見えるその体躯にはしっかりと筋肉が付いている。その顔立ちは整っており、貴公子を思わせる。

ズボンは黒く、上には囚人服をジャケットの様に羽織っている。


「よお相棒。随分と待たせてくれたなぁ。先ずは一発殴らせ…」


男はシェリィの前で立ち止まると、鼻を二回鳴らす。


「あ?誰だテメェ。」


然しシェリィは反応しない。


「シェリィ、あなたの事だよ。」


「え?ああええっと、シェリはシェリィって言います。」


男はシェリィの首元まで顔を近付けると、鼻を鳴らす。


「お前、バルフェアって奴を知ってるか。」


「バルフェア様は、シェリィの御主人様です。」


「もしかしてだが、シドフォスを此処から連れ出せとか言われてきたんじゃねーだろーなー。」


「え?はい、そうですけど…」


「んだよチクショウがああああああああ!」


次の瞬間シェリィは、シドフォスに思い切り右の頬を殴られる。


「ふほぐ!?」


シェリィはスタンドごと吹っ飛ばされた。


「あの野郎…一体幾ら待たせたと思ってる…コマ使いなんかじゃなく、自分が顔を出すのがスジってもんじゃねーのかよおおおおお!なあああああああ!」


シドフォスの体が、彼の怒りに呼応し赤熱する。


「お…落ち着きなって大将!あの目隠しちゃんは悪く無いだろ!」


「るっせーぞジュディ!テメェもぶん殴られてえのか!」


「ダメだこりゃ…完全に暴走モードに入っちゃってる…」


シドフォスはジュディの制止も聞かず、シェリィの元へずかずかと歩いていく。


「うう…痛い…なんでシェリが…」


頬をさすりながらよろよろと立ち上がるシェリィ。

シドフォスは、そんなシェリィの首を片手で掴んで持ち上げる。


「ふぐえ!?」


「バルフェアは何処だ。生きて帰りたきゃ言え。」


「ご…ごじゅじんざまは…びょういんに…」


「あ?病院?」


シドフォスが手を離すと、シェリィは当然落下した。


「ゲホッゲホッ…ゴホッ…」


シェリィは苦しげな席をしながら、頭に酸素が戻るのを待つ。


「んだよ、あいつぁ病気なのか。だったらしゃーねーな。」


「違…ゲッホ…御主人様は…お医者さんで…」


スタンドの上からぶら下がりながら、ラーナは心の中で、“あーあ”と呟く。

幸いにもラーナは、心を殺された者の振りをする事でその場を難なく切り抜けていた。


「はぁ!?」


シドフォスの手が、再びシェリィの首を掴む。

先程よりも力が強く、更には体温によってシェリィの肌は焼けてしまっていた。


「ふうぐうううう!?」


「ゼッテー許さねーぞあの野郎…先ずは一旦お前が死ね。バルフェアは後で殺す。」


「なんで…なんでシェリが…」


「決まってんだろ…あいつの手下にしては随分と弱そうだからだよ!」


ジュウウっと音がして、シェリィの首から黒い煙が立ち上り始める。


「いたぶるには丁度良いからだよ…」


「ふぐぎゃあああ…ああ…」


一片の光も無い漆黒の中、シェリィは熱と窒息の苦しみを味わう。


(シェリ…まだ弱いのかな…)


シェリィの手足が痙攣を始め、意識はどんどんと薄れていく。


(シェリの身も守れないくらい…弱いのかな…)


パチリ、と、シェリィの暗闇に一筋の光が走る。


(じゃあ…強くならなきゃ…)


バチチ、と、シェリィの見る暗闇を二筋の光が横切る。


(もっともっと…誰もシェリの事を虐めれないくらいに!)


シェリィの身体が光りだす。


「《神光(しんこう)膨張》!」


次の瞬間、シェリィを中心に光の爆発が起こる。


「くあ!?何だこれ!?」


シドフォスは慌てて手を離すが、既に手遅れ。

シドフォスの右腕は爆発に巻き込まれ、跡形も無く焼き消えてしまった。


「はぁ…はぁ…聖魔力だと…?っざっけんじゃねえよマジて…」


シドフォスは間一髪で絶命を免れたが、その右腕は肩の辺りからごっそりと消し飛んでしまっていた。

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